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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

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【 野分の旦 】(のわき の あした) とは

秋の暴風雨が過ぎ去った翌日の朝の様子。

台風一過の 朝の様子。 野分(のわき、のわけ)は秋の嵐を表す言葉です




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台風一過 の朝 (野分の旦) は

散歩するのが 私の決まり事になっている

荒ぶる神が鎮まったあとに 被災者の魂に鎮魂の祈りを捧げる

それは 祈りと感謝の儀式でもあるからだ

昨日は思っていたより 雨も風も 強くは無かったが

それでも 吹き戻しの風はかなり強く 窓をかなり揺らしていたようだ


禊を終えた 大地のように 空気は澄み切っていた




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椚 (くぬぎ)の木の下に どんぐりが沢山 落ちていた




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くぬぎ は 古くは 橡 (つるばみ)とよばれ

どんぐりの実やかさの煎汁(せんじゆう)で染色をする

黒に近い灰色 喪服の色のことを 橡色(つるばみいろ)という




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《 紅は うつろうものぞ 橡の なれにし衣に なおしかめやも 》

大伴家持(万葉集巻十八4109)



(訳) : 紅(くれない)で染めた衣はきれいですが

色があせやすいものです

橡(つるばみ)で染めた衣は地味でも

慣れ親しんでいるので やはり良いものですよ


(註釈) : 妻がいるのに若い女に心変わりした

部下を諭した歌だというが

家持のことを 知れば

自分を諭した歌といった方が 正しいかもしれない





『 源氏物語 』二十八帖「野分」光源氏36歳の秋の話


秋のある日 激しい 野分(台風)が都を吹き荒れた。

六条院の庭の草花も倒れ そこへ訪れた 夕霧(源氏の息子)は

混乱の中で 偶然 紫の上 (源氏の妻)の姿を垣間見て

その美貌に衝撃を受ける

その後祖母大宮の元へ見舞いに参上してからも

爛漫の桜のような

紫の上 の艶姿は夕霧の脳裏に焼きついて消えなかった。

野分の去った翌日 源氏は夕霧を連れて 宿下がり中の

秋好中宮を始めとする女君たちの見舞いに回った

玉鬘(夕顔の娘)の元を訪れた時

こっそりと覗き見た夕霧は玉鬘の美しさに見とれると共に

親子とは思えない振舞いを見せる源氏に驚き不審に思う





夕霧と玉鬘の話は「 藤 袴 」にもありましたね

当ブログ 《一願成就》にも関連の記事があり



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藤袴の花










by nonkei7332 | 2014-10-14 15:55 | 日記 | Comments(4)

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《 くもひとつ なき秋空に ひこうきぐも 》



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1964年 東京オリンピック
私が 中学生になった年だった
あれから もう 50年が過ぎたなんて
まだ 風呂を石炭で沸かしていた頃だから
夕方になると 町じゅうに
石炭のツンとした匂いが立ち込めていた
200円を手にして 西鉄で天神まで行き
〈センターシネマ 〉で 映画を見て
帰りに〈 因幡うどん〉が 食べれた頃でした
テレビでは 加山雄三が歌っていたし
ビートルズを聞くと 何故か 不良になると言われた頃でした

2020年 東京オリンピック
わずか 6年後の事なのに
どんな 世の中になっているのか想像がつかない
変わりゆく速度が測れない



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誕生日の花がありました
10月10日は 『ケイトウ』でした
花言葉は 『 色あせぬ恋 』






by nonkei7332 | 2014-10-10 11:25 | 日記 | Comments(2)


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一日早いが 誕生日 おめでとう
そして 家族も恙無く 元気にしているということに
ただただ かたじけなく 思っています
1980年10月10日 こんな私達を選んで
この世にうまれてくれた 君に 感謝しています
あれから 34年 たくさんの 思い出が重なって 涙に変わります
この写真を覚えてますか
天拝山の麓にある 武藏寺 の境内ですね
藤棚の下の こぼれ陽のなかで 君達は 天使のように 輝いていました
そして今 私の目の前には そんな君達の子供達の写真が 同じように
天使の顔をして 私を見ています
いつもは そばに居ないから 話したいことは 山程あるのですが
今日は 今 私が受けている “ レッスン ” の話をします
その レッスンとは 「死のレッスン」です
縁起でもないと 怒っているかもしれませんが
大事なことなので まあ 聞いて下さい

私が 一番最初に 死を意識したのは いつだったのか
それは まだ小学生の頃だったでしょうか ある日私は
父が死んだ夢を見ました 目が覚めても 悲しくて やがていつかは
父も死ぬんだと思うだけで 涙がでたのを 覚えています
あれが〈 LESSON1〉でした

そして 〈LESSON2〉は 君達が生まれた時です
なにがあっても たとえ死んでも こいつらは守るぞという
不思議な思いが ありました
このことは君たちにも経験があるでしょうが
私はこの時 幽かではありますが ある種の死を意識したんです
君達が 生まれるのと同時に
私の中で 何かが 死んだのを 感じていました

そして〈LESSON3〉は 私が 脳疾患で 倒れた時です
あの時 私は はっきりと 人はこうやって死んで行くんだと
救急車の中で感じていました 痛みも 執着もなく
ただ そこには 真っ白な世界があるだけでした
臨死体験とまではないにしても すぐ隣に 死があって
あれ以降 今でも あの時の感覚は 身体のどこかで おぼえています

そして〈LESSON4〉は 父と母の死でした
二人とも苦しむことなく 家族に看取られての 穏やかな 臨終でした
悲しみは 「ごめんなさい」という言葉と
「ありがとう」という言葉の リフレインでした
私が学んだことは 親が居なくなったので
もう 私は子供ではなくなったということ と
そして 今度は いよいよ 自分達の番だなという事でした

それから 何度か 友人の死などにも立ち会いました
LESSON は 今でも 続いているのです
死は恐怖でした でも 何回も LESSON をうけるたびに
死はみじかなものに なっていきました
私の身体のなかでも 髪の毛が私を離れ
何処かへ散歩に行って そのまま帰ってこなかったり
目が見ずらくなったり 歯が抜けたりといった 加齢に伴う 老いも
ある意味では 死への LESSON でもあるのです
最近では 日常の中に たくさんの 死 が転がっています
多くの死の LESSON を受けながら 残された時間を 輝きながら生きて行く
そして LESSON の成果が試される 本番では
ウキウキしながら にこやかに笑って
『 それではみんな ありがとう 行ってきます 』
といって 死んでいきたい
そんなことを 考えています
安心しましたか
そのために 気分良く死ぬために それまでに 何をすべきかが
私の今の 最大の課題なのです

最後に 決して受けたくない 「死のLESSON」が一つだけあります
それは 君達が 私より先に 死 を経験することです
願わくば 私と 同じような カリキュラム〈LESSON3を除く)で
この LESSON をうけて くれればと 思っています
それが 一番の 親孝行だと 思ってください

朝夕 寒くなります 身体を大事に。
正月は 三人でまた いい酒を飲みましょう。。


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by nonkei7332 | 2014-10-09 11:04 | 日記 | Comments(0)



《 美は 乱調にあり 》

私の 記憶の淵に 苛酷な運命に翻弄されながらも
人生を生き抜いた 三人の女性がいる


柳 原 白 蓮

中 島 歌 子

伊 藤 野 枝

今は亡き 女神達 なのです



NHK朝ドラ 「花子とアン」が終わった
村岡花子の生涯の友になる 蓮子 こと


柳 原 白 蓮 (1885年~1967年) その人である


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華族の妾の子として生まれ
華族の娘と育つが 14歳で結婚 15歳で出産
20歳で子供を渡す条件で離婚をし
出戻りの肩身の狭い日々を送る
25歳の時 52歳の九州の炭鉱王の元に再婚し
世間の注目を浴びながら 歌人として名声を得るが
7歳年下の社会運動家の学生と恋に堕ち
離婚 そして 三度目の結婚
やがて 戦争で長男をなくし 失意の日々を送るも
晩年は平和運動の活動をしながら
昭和36年 81歳の生涯を
最愛の主人に看取られながら閉じている
深き恋に生きた 美しい人だった


《 ひるの夢 あかつきの夢 夜の夢 さめての夢に 命細りぬ 》
白蓮 の歌


去年の直木賞 受賞作品
朝井まかて著 『 恋歌 』(れんか) には
明治の歌人
中 島 歌 子 (1845年~1903年)b0325317_19435178.jpg
激しい恋と 壮絶な半生が綴られている
江戸の大店の娘として何不自由なく育った
歌子は やがて 若い武士と恋におちる
相手は水戸藩士 天狗党の志士であった
武家の妻として 懸命に生きるが
時は動乱の世であった
「天狗党の乱」で夫は自害し
歌子も 賊徒の家族として 投獄される
やがて 世の中が変わり
夫への恋慕も復讐も隠して
歌人としていきる 歌子
和歌と書を教える私塾「萩の舎」を立ち上げ
明治時代の上流 中級階級の子女を多く集め
成功する
樋口一葉 は 15歳で 歌子に入門し
歌と古典を学ぶ 歌子は後進を
一葉に 託すつもりであったが
一葉 26歳の時に 肺結核に冒され
亡くなったために それも 叶わず におわる
日本女子大の和歌の教授に請われるが 病気のために辞退
歌子 61歳にて 死去
家族には 恵まれはしなかったが
多くの門弟に見守れながら
波乱の生涯を終えたという

『 君にこそ 恋しきふしは 習いつれ さらば 忘るることも おしえよ 』


(訳)
人を恋することを 私はあなたから習った
だったら 恋心を断ち切り忘れることも あなたが教えてよ

中島歌子の辞世の句だと言われている




瀬戸内寂聴の 小説
『美は乱調にあり』の主人公
伊 藤 野 枝 (1895年~1923年)b0325317_19423241.jpg
福岡の西区今宿で生まれた。
七人兄弟の三番目 長女である
貧しい暮らしながらも 東京へのあこがれを募らせ
東京にいる叔父に
「ひとかどの人物となって必ず恩返しをする」と
手紙を再三 送りつけ 叔父の元での生活がはじまる
猛勉強の結果 上野高等女学校に一年飛び級で合格
優秀な成績で卒業する
一度 帰郷して親の決めた形だけの結婚はするが
八日で逃げ出し すぐに上京し
前より 想いを寄せて居た
英語教師 辻 潤 と同棲する
そのことで
辻は教職を追われることとなってうしまうが
野枝と辻の結婚生活が始まる
辻 潤のもと、野枝は社会問題に感心を深め、
平塚らいてふの主宰する 青鞜社 にも顔を出すようになる。
当時の“新しい女”といわれた人物たちに刺激を受け、
野枝自身、堕胎、売買春、貞操などの問題に取り組み
多くの小説や評論、翻訳を発表していくようになる
この間 二人の男の子を出産している
その後 辻潤と離別。
家族と仕事を捨て、
アナキズム運動の中心人物であった 大杉栄 と同棲する
大杉には内妻の堀保子のほかに
東京日々新聞記者・神近市子という愛人もおり
ここに野枝が参入して奇妙な四角関係がはじまる
市子が葉山の日蔭茶屋という旅館で 大杉を刺すという
「日蔭茶屋事件」が起こったり 内妻の堀もが 大杉が別れると
多角関係の勝利者となった 野枝は
長女を出産 「魔子」となずける
官憲に監視される 生活ながら
大杉との生活は充実し『労働運動』を二人で創刊
その後 女の子を三人 男の子を一人 五人の子供を産んだ
野枝は 関東大震災後 大杉栄とともに、憲兵大尉の甘粕正彦に連れ去られ
憲兵隊構内で扼殺される
野枝の遺体は 畳表で巻かれ 古井戸に投げ捨てられたという
「甘粕事件」である
このとき野枝、28歳

『 吹けよ、ふけよ、嵐よ、あらしよ 』
野枝の言葉より


三人三様の人生でした
身震いがするほど かつて 感動したのを思い出しました


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最近の歌人の中では 何と言っても 俵 万智 さんが好きですね


「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ


抱かれるきっかけ ずるき我にして「あなたが決めてください」と言う


おしまいにするはずだった恋なのに しりきれとんぼに しっぽがはえる





by nonkei7332 | 2014-10-02 18:04 | 日記 | Comments(2)


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朝陽の中で微笑んで

金のヴェールのむこうから

夜明けの霧が溶けはじめ

ざわめく街が 夢をさます

( 荒井由美 / 朝陽の中で微笑んで ) より



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神よ

変えることのできるものについて

それを変えるだけの 勇気を われらに与えたまえ

変えることのできないものについては

それを受けいれるだけの 冷静さを 与えたまえ

そして

変えることのできるものと

変えることのできないものとを

識別する知恵を与えたまえ

( ニーバーの祈り ) より







by nonkei7332 | 2014-09-29 10:55 | 日記 | Comments(0)


秋の風に誘われるように


二年ぶりに 香椎宮を 歩いた


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御神木「綾杉」のそばの立て札に 歌が二首


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『 ちはやふる 香椎の宮の 綾杉は 神の みそぎに たてるなりけり 』


「新古今和歌集」詠み人知らず


『 秋立や 千早ぶる 世の杉ありて 』


(明治29年 夏目漱石が松山から熊本五高へ赴任途中 香椎宮に寄った時に 詠んだ歌)


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「ちはやふる」「千早ぶる」とは


「神」に続けるための枕詞である


千早(ちはや・襅)とは


日本において古来より神事の際に用いられた衣装で、


主に女性が着た(Wikipediaより)





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香椎かもめ大橋 から 博多湾をみる



帰り道 なぜか 宮沢賢治の詩を口ずさんでいた


みんな むかしから の きやうだい なのだから


けつして ひとりを いのつてはいけない


(青森挽歌)より







by nonkei7332 | 2014-09-20 21:16 | 古代史 | Comments(2)

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次の季節の予感もなく

長い梅雨のあとに 夏を通り越して

秋が来てしまいました

スサノオ の 荒ぶる魂 〈荒魂 : あらたま〉

は いつになったら 収まるのやら

〈そのくらいで よかろうもん〉と 祈るしかないようだ

箱崎の八幡さんの 〈幸魂 : さきたま〉でも

お櫛田さんの 〈奇魂 : くしたま〉 でも ダメなら

もう あの方に 頼むしかない

今年は 月見団子のほかに 「とおりもん」 もお供えしますから

なにとぞ 月読命(つきよみのみこと)の 〈和魂 : にぎたま〉のお力を

十五夜は 明後日 晴れてくれればいいのだが


私にできることといえば

薄(ススキ)のかわりに 秋の花をと思っていたら

ベランダに 待望の秋の花が 一輪 咲きました



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〈上 撫子(なでしこ)の花 〉

〈下 芙蓉(ふよう)の花 〉


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撫子の花 が 咲きました

芙蓉の花 は 枯れたのに

あなたが とても 無口になった 秋に


(さだまさし : 追伸 )より


旧暦の 八月十五日が 「十五夜」

旧暦の 九月十三日が 「十三夜」

「十三夜」は 後の月とよばれ 十五夜のつぎに美しいといわれている

(今年は 十月六日)

宮中では、古くから月見の宴が催される

八月の十五夜を芋名月(芋を供える)に対し

九月の十三夜は枝豆や栗を供えるので

豆名月 や 栗名月 とも呼ばれる

ひねくれ者の私は

「十五夜」より「十三夜」のほうに 愛着をかんじるのだが

何故だかは わからない



人恋しと 泣けば 十三夜

月は おぼろ 淡い 色具合

雲は 月を隠さぬ様に やさしく 流れ

丸い月には 流れる雲が

ちぎれた雲が よくにあう

風がさわぐ 今 や 冬隣り

逃げる様に 渡り鳥がゆく

列に ついてゆけない者に また来る春が

あるかどうかは 誰もしらない

ただひたすらの 風まかせ


(井上陽水 : 神無月にかこまれて)より



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〈 見わたせば 向ひの野辺の なでしこの 散らまく惜しも 雨な降りそね 〉

万葉集10巻1570


訳 : 見わたすと 向こうの野辺に なでしこが咲いています

散ってしまったら 悲しいですね

雨よ 降らないで ‼︎






by nonkei7332 | 2014-09-06 15:55 | | Comments(0)


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〈 白き秋 微睡(まどろみ)のなか 法師蝉 〉 ヒサミツ



今年 初めて ツクツクボウシが鳴いている
送り火のあとも 例年になく 雨が続く
広島では 爆雨で山が崩れ
多くの人が亡くなっているという
この街でも 去年は 暑かった
8月の20日間 晴れの日が 18日
35度以上の猛暑日が 17日もあった
今年はというと この 20日間 なんと 雨の日が 12日
35度以上の猛暑日は 一日もないのだ

去年も異常だったが
今年もまた 異常な天気なのだ

この星(地球)は何かが 狂っている
この国(日本)は意味も無く 隣国といがみ合い
中東の戦火は 多くの子供達の生命を奪っている
西アフリカでは エボラ熱の恐怖に 怯えている

この星は 限りなく美しく 優しさに満ちあふれている
その星で 全ての生き物達は 限りある生を活きていて
太陽も 月も 星たちも 雨も 土も
何億年も 変わること無く そこに 在る
なのに 人間達は 驕り高ぶり
我が物顔で この星に君臨しようとしている
全ては その祟りなのだ
決して 越してはならぬ 結界を
土足で ふみこえてきた 祟りなのだ

この星の 総ての生きるもの達に 感謝の 祈りを
総ての 神に 感謝と懺悔の 祈りを
総ての 父と母に 感謝の 祈りを

これから この星で生きていく
総ての 子供達のために !


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by nonkei7332 | 2014-08-21 13:25 | 日記 | Comments(2)

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送り火の朝

去年の暑さが 嘘のような日々

窓から入り込んでくる風は

涼しさではなく もはや 冷たさなのだ


訣れたいすべての魂に

あの 白い秋が紛れ込んできている




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兄は 母の夢を三日も見たと言って

不孝を嘆き 痛めた腰をさすっている

姉は 軽鴨の子供達が 親の元から飛び立っていったよと

残された親鴨の行く末を案じている

私はというと

綴られた 夢のノオトを眺めながら

管公が呪ったのは 陥れた俗人の魂ではなく

自らの血に流れる 墓守の血統だったのだ などと

そんな 事を 飽きもせず 考えている

白い秋への準備は終わった

蒼い春を思い出すほど

私の海馬は鍛えられてはいないし

あとは 朱い夏 の記憶をいかにして 失うかだ



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海辺を歩く 子供達の後ろ姿が 私の全て


私の祈りは これ以上 何を死ねばいいのか

苛酷に耐えた肉体も 極限を超えた孤独も

底までみせた優しさも

この世の生贄としてすべてを捧げてきたではないか


海神(わたつみ)よ

供に 幾世も 竹籠に揺られながら

母の歌を聴いてきた 私達ではなかったのか

怨霊でも 霊神でもない

私の 笹やかな 祈りを わかってはくれないか


送り火の朝

波の音は 父の鼻歌のように 快く

母の寝息のように

海は凪いでいる



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by nonkei7332 | 2014-08-16 11:07 | 日記 | Comments(2)

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目覚めは おおよそ6時と決まっている
この季節の日の出は 5時30分 前後なので
蝉の 合唱が始まる時間だ
合唱なのか 合掌なのかは 蝉に聞いてくれ

目が覚めてまず最初にすることは
さっきまで見ていた 夢 を思い出す作業だ
もういちど 眠りの中へ戻り
見ていた夢を頭の中で整理する
脳の中の 海馬 の扉はなかなか開いてくれない時もあるが
強引に その結界をこじ開けるのだ
小学生の作文みたいな ストーリーが組み上がると
それを IPAD に 打ち込む
あらかじめ 私の IPAD には 夢日記 のアプリがあり
私の全ての時間と空間を超えた
記憶と記録が この日記につまっていて
門外不出 の 機密文書 である

それが終わると ベットの上で ストレッチ を始める
身体じゅうの関節を ひとつひとつ 時間をかけて 伸ばしていく
特に 股関節のインナーマッスルには 時間をかける
15分のストレッチが終わると 血圧を測り
常温の水をコップ一杯飲む

これで やっと ベットから 離れることができるのだ
寝室とリビングのカーテンを開ける
ベランダをのぞき 花達に おはよう とあいさつをする
台所に行き ティファールで お湯を沸かす
その間に トイレに行き 体重を測り
歯を磨き 顔を洗う
台所に戻って 沸かしたお湯でコーヒーをドリップする
ソファーに座って 熱いブラックコーヒーをのみながら
IPAD で ニュースと天気予報を確認する

ここまでが ほとんど 毎日 変わることがない
私の朝の風景である b0325317_08382867.jpg


独り住まいの 老人が 呆けないためには
「教育」と「教養」が 必要だという
・(今日行く)ところがあるか?
・(今日用)があるか?


あいにく 今日の私には 行く所も用もないから
呆けまっしぐらということなのだろうが
今日は 立秋だ
小さい秋でも見つけに
外に出ようかと考えてみた














by nonkei7332 | 2014-08-07 08:44 | 日記 | Comments(2)

by ヒサミツ