ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

<   2018年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧




b0325317_09283363.jpeg
太宰府天満宮 と 飛梅




最初の質問です



全国で12000社もあると言われる 天満宮 天神社 菅原神社



老松神社 などの 天神系の神社で 祀られている神様は



いったい 誰でしょうか




難しい 質問なので ヒントをいくつか言います



その人は いつのまにか 学問の神さまと呼ばれました



頭が良かったのかどうかは 誰も知りません



ほんとは 厄病神 だったのですが



疫病神だと 詣る人が少ないので 賽銭欲しさにどこかの神社が



ここの神様 拝むと頭が良くなるよ言ったところ これが 大流行り



みんな こぞって 学問の神様にしたといいます




その人は 平安時代の政治家でした



右大臣 まで出世した人でした 当時の 官職は



一番上が 太政大臣 その次が 左大臣 その次が 右大臣でした



太政大臣は空席が多かったので 実質のトップは左大臣



今で言うところの総理大臣です



ですから 右大臣は 副総理 みたいなもんでしょうか



私の大好きな 韓流ドラマ 時代劇 にも 同じような官職が出てきます



領議政 左議政 右議政 です よく似てますね



話が横道に外れましたが とにかく 偉い人だったのです



天皇にも 可愛がられていた 文人系の学者でした





さてさて 今も昔も 政治家には 必ず その人を推す バック



今で言うところの圧力団体 票田がついています



あまり 知られていませんが この人のバックは



全国の 土木金属系のネットワークでした



土師氏(はじし) と呼ばれていました



この謎の氏族 歴史から 消された 謎の氏族のひとつですが



というより 本当は消されたのではなく



自分たちで 名前を変えたと言った方がいいのかもしれません





平安京を興した 桓武天皇 の母親は 高野新笠という人です



この方の母親は 土師真妹と言って



土師氏の毛受腹(もずばら)の出身だと言われています



あの 仁徳天皇陵がある 百舌鳥古墳群 を造った人達です



あれだけの古墳群を造るだけの 動員力 土木技術と製鉄技術を



持った強力な権力を持った人達だったのです



そんな 土師氏 でしたが



仏教が伝わり 古墳造営や葬送儀礼がなくなると



氏族の 存在そのものが希薄になっていきます



そこで 土師氏の頭領であった 土師古人 桓武天皇に



改姓を願い出ます 許された 姓が 菅原氏 秋篠氏 大江氏 などです



墓守りから 文人への 大いなる イメージチェンジでした




後世 右大臣まで出世した その人の名前が ここで 出てきます



菅原家4 菅原道真 》です



最初の質問に戻ります



そうです 多くの 天神系神社に祀られている 祭神は



菅原道真 だというのが 誰でも知っている 通説ですが



通説は ひとつの仮説でもあるのですから



敢えて 歴史のタイムカプセルに乗ってみたいと思います



その 暴論 に入る前に 土師氏 の祖神 と言われる



野見宿禰(のみのすくね) という 神様の謎に次回 触れてみましょう




b0325317_09300192.jpeg
太宰府天満宮 境内





by nonkei7332 | 2018-08-17 10:19 | 菅公・太宰府 | Comments(0)


b0325317_07321723.jpeg
南福岡代表 沖学園高校 初勝利





夏の甲子園が 100回大会だと話題になっています



高校球児だった私が 夏の大会に臨んだのが



実は 1968 50回大会でした



県立の進学校だったので 部員数も 十数名しかおらず



一回戦敗退でしたが 夏の記憶は 鮮烈です



50回の記念大会だったからでしょうか



地方大会でも 平和台野球場での入場行進もありました。



今はなき 香椎球場 (香椎花園の駐車場付近) での試合でした



私には 二人の息子がいますが



親の心子知らず 彼らは 野球には眼もくれず



ひたすら サッカー やってくれました



『キャプテン翼』の前には



私が買ってあげた グラブもバットも 無用の長物と化したのでした





昭和から 平成 そして 新たな年号の未来へと



時の流れは 甲子園という 一つの〈 祭り 〉を繋いでいます



いくつかの 名シーンが 日本人の記憶として 残っていくのでしょう



何故なのか 子供達の 無心に白球を追う 姿に 涙します



それは 50年前の 私の中の センチメンタル ではないようです



この国に生まれたすべての人の中に眠る



魂の記憶 のように 私には 思えてなりません





日本人として 消したくても消せない 夏の日の 記憶



73年前 夏の記憶です



考えてみれば 2000年のこの国 歴史の中で



最も 穢れに満ちた 100年だったのかもしれません



私たちは 穢れを祓う 鎮魂の為の〈 祭り 〉を 絶やしてはいけません



遠い この 美しい 豊穣の国を築いてくれた



祖神 への 感謝 の〈 祈り 〉を 忘れてはいけないのです




100年目の夏



鎮魂の夏








by nonkei7332 | 2018-08-07 08:29 | 日記 | Comments(2)