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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

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如月(きさらぎ)とは 2月のことです



望月 とは 満月 のことです



今日は 331 旧暦でいえば 215 です



そして 今日は 満月 の日です



如月 望月 とは 今日 のことです




願わくは 花の下にて 春死なむ その 如月の望月のころ




通釈


願わくば 桜の花の咲く樹の下で 春に死にたい



それも 釈迦の入滅された 如月(二月)の満月の日に




このブログで 何度も出てきます



西行法師 の辞世の歌 とされる歌です




今夜は 満月を観ながらの 夜桜花見 です



西行を偲びながら 酒に花に月に 酔いしれようと思います




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西行像 MOA美術館蔵




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待賢門院像 法金剛院




待賢門院 とは 西行の生涯を翻弄したとされる


片恋の相手であった


鳥羽天皇の中宮


待賢門院璋子(たまこ)の事です






by nonkei7332 | 2018-03-31 13:39 | | Comments(0)

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花をつかさどる神のことを



《 花 神 》と言うそうです



寒かった冬でしたけど



どうやら 花神が この町にも降りてきてくれたようです



色とりどりの花達に囲まれて



たっぷりと 神の仕業(しわざ)に 酔いしれています





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色見えで うつろふものは世の中の 人の心の花にぞありける


古今和歌集 巻第15恋歌5 小野小町



〈私訳〉


花の色があせていくのは 目には見えるのに



恋心の移ろいは 見えないものなんですね




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花神 生涯 身を委ねた 偉人 がいます



一人は 世阿弥 』です



彼は 600年前 申楽に音曲・作曲面で改革を行い



能楽の基礎を確立した 〈観阿弥〉の 子供で 父からは



能役者としての英才教育を そして 将軍足利義満の庇護を受け



今日の 舞台芸術としての 大成した人物です



彼は 能楽 の奥義を 『風姿花伝』として 後世に遺しました



秘すれば 花なり



https://hisamitsu.exblog.jp/24422486/ 「 風姿花伝」について ①






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もう一人の 偉人 西行 』です



生涯を 桜の精 に翻弄され 死に逝く 時も 桜の下でと願った



〈桜人〉でした。




https://hisamitsu.exblog.jp/25511934/ 生得の歌人 (西行法師)






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春よこい 早くこいと願った


つかのまの 春 です







by nonkei7332 | 2018-03-29 14:13 | | Comments(0)


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あれから もう 7 なんですね



この国の人だけでなく 世界中に激震が走った日。




22,000人という 人々から 命を奪ったあの日。




meltdown という恐怖 に慄いたあの日。




為すすべを持たない 非力な人間という存在を



改めて知らされた日だったのかも知れません




富とか栄華とか 科学万能とかに 侵されて来た




むしろ それこそが 唯一の希望であり




信じ得る 唯一の神だと 洗脳されて来た 私達が




転教という 踏み絵を目の前に拡げられた 7年前だったのです




〈畏敬の念〉という言葉があります




この言葉は この国の 太古からの神(no god)への




自然への 祈りの形でした




畏み(かしこみ)敬う(うやまう)祈りです




畏みは 恐み とも 書かれます




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思い返せば 7年前 私の身にも




激震 が走っていました




311 病院のベットの上でした




脳梗塞による 半身不随 という 車椅子生活の日々




来る日も来る日も 動かぬ 手と足を右手でさすりながら




リハビリ病棟の窓から 春の嵐 を見ながら




これからの自分の行く末を 案じておりました




あれから 7 私にとっては 奇跡といってもいいほど




今では 不自由なく 生活ができるほどにさせていただきました




その折々の日々のことを このブログ にも書きました




ファミリーヒストリーを追いかけながら




古代史仲間との出会い



神仏習合を追いかけて比叡山延暦寺 での 発見



そして 地域ボランティアを通しての 日々。




世の中も 私自身も 激震のあとの 7年の季節は




あっという間に過ぎていきました




ここ1ヶ月 ブログの記事が 滞り 何人かの人から




心配のお便りをいただきました




すみません 元気にしております。




色々と 自分の中で 整理することがありました




桜が 咲く頃には また 取り留めもない中に




新しい をお見せすることができそうです





ノートの中から




最澄が延暦寺で 若い天台僧に向けていった言葉を見つけました




径寸(けいすん)十枚 これ国宝に非ず




一隅を照らす これ則ち国宝なり』



径寸とは 金銀財宝)




いつも 〈一隅を照らす〉私でありたいと 思っています








by nonkei7332 | 2018-03-11 15:49 | 日記 | Comments(0)