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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

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冬を耐えるということは 春を待つというなんですね



〈耐冬花〉(たいとうか) 椿 (つばき)の別名です



痛みにも似た 冷たさ にじっと耐えています





連日の寒波に 街は 凍りつき



積もることはないにしても



晴れた空の 間から 何処からともなく



小雪 落ちてきます



この雪のことを 〈風花〉(かざはな) 詠んだのは誰なんでしょうか




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今年の〈梅〉は まだ咲いていません



寒さのせいでしょう 去年は 二月になると満開だったのに



ひたすら 蕾のままで 冬を耐えているのでしょうか




梅の花振り覆ふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ


万葉集101833 作者不明



〈私訳〉


雪のつもった梅の花を あなたにお持ちしようとするのですが



いつも 雪は溶けてしまいます はかないものですね




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紅い 冬牡丹が 真っ白な雪の中で 鮮やかですね



冬牡丹の姿は 耐えているというより



毅然と微動だにもせずに そこに咲いているという



存在感があります




そのあたり ほのとぬくしや 寒ぼたん


高浜虚子





《 冬牡丹 》


http://hisamitsu.exblog.jp/24099745/






by nonkei7332 | 2018-01-27 15:47 | | Comments(2)


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7時21分 東天





6時半に目が覚めました



身震いするほどの 寒さでもなく いつものように



熱い 緑茶を口に運びながら 外をのぞくと



朝もやが かかった 日の出前の薄明るい空が見えます



空の明るさが 星明かりよりも明るいくらいの 時刻を



「天文薄明」というそうですが



日の出前の 1時間位でしょうか



今日の 日の出を調べると 721分。



ダウンジャケットを 引っ掛け タブレットを持って 外に出ました



目的地は 私がいつも 朝陽を拝む ベストスポット



平日なら 旗を振って 子供達の元気な声に応えている時間ですが



今日は 土曜日 町は いつもより 静かです



721 東の空を 見ると まだ太陽は 見えません



慌てて タブレットで 『日の出の定義』を検索しました



「太陽の上辺が地平線(または水平線)に一致する時刻」とあります



やっぱりそうか そうだよな と納得。



東に そびえる 山の稜線から 太陽が 登るまで 待機と決めてから



待つこと 18 739






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7時39分 東天




若杉山(681m) 辺りからでしょうか



朝陽が 姿を見せてくれました。



久しぶり 二拝二拍手一拝 。そして 大きく 深呼吸。



アマテラス 霊気を体の隅々まで頂きました





世の中は 暗い話ばかりです



でも やがて 上る 太陽を迎えるまでの



「天文薄明」なんだと思えば



この痛みにも みんな 耐えられるのに。



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2016年 12月30日 6時50分 東天







by nonkei7332 | 2018-01-20 12:20 | 日記 | Comments(0)


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青森県西津軽郡深浦金ヶ沢 の 日本最古と言われる 大銀杏

樹齢 1000年 樹高 40メートル 幹回 20メートル





この漢字 《公孫樹》を 〈いちょう〉と読める人は少ないでしょうね



普通は 〈銀杏〉と書きます



食用にされている は(ぎんなん〉誰もが知っています



各地にある 銀杏並木 晩秋の街並みには 欠かせない風景です



一般には この 成長するのに長い時間がかかります



祖父が植えると その樹に実がなるのは



孫の世代になってからという事で



《公孫樹》と言う字が つけられたといいます





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銀杏並木




30年前位でしょうか



散歩がてらに自転車に乗って 那珂川町の中ノ島公園まで行きました



那珂川の砂地になった中洲で 三枚葉の銀杏の若芽を見つけました



10センチくらいの苗木でした



上流の銀杏の樹になった実が 流されてきて根ずいたのでしょう



まるで 私に見つけて欲しかったのような 思いにかられ



うちに帰って 小さな鉢に植えた置いたのです




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イチョウの苗木



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あの苗木が 成長しました

2015年 の イチョウの苗木



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こんなにも 大きくなった

今年 正月 の イチョウの 苗木






銀杏は 中国原産の樹木です



ではいつ頃日本に渡ってきたのでしょう



通説では 銀杏の木は仏教伝来とともに日本にきたといわれています



仏教公伝 538年ですが 本当のことは誰もわかりません



418年に 仏教は九州王朝に伝来した』という説もあります



実は 中国の魏呉蜀の三国時代に 漢族の公孫氏という豪族がいて



公孫氏三代(度(たく)・康(こう)・淵(えん))が 50年にわたって



遼東半島以北を治めていました 〈公孫康〉の 時期には



倭国を内属していた時期もあり その後 〈公孫淵〉は 燕王を名乗り



魏から自立しますが 238 魏の反撃で 滅亡してしまいます



魏志倭人伝に拠れば



公孫氏滅亡の翌年 239 倭国の使節が 魏から



《親魏倭王の金印》(別名 卑弥呼の金印) を授かっているのです



(志賀島で見つかった 金印 とは 別の金印です)



ということは 公孫氏 と 倭国は



それなりの繋がりがあったとしても おかしくありません



〈晋書〉には 倭の女王卑弥呼の事が書かれており



出自は公孫氏だったという 解釈もあるくらいです



さて 話を 公孫樹 に戻します



公孫樹 公孫氏の名前からそう呼ばれるようになった



そんな説は どこにもありません



文献に ないからだけで 誰も知らないだけかも知れません




これから 全て根拠のない 私の妄想です



公孫樹 を日本に 根付かせたのは 実は 卑弥呼だった』



卑弥呼 滅亡した 先祖を偲んで 背振山麓に 公孫樹を植えた



卑弥呼の墓は 背振山麓にあり 「親魏倭王の金印」も そこに眠っている』




1800年まえの 誰も知らない 公孫樹 の謎。



30年前に 私が 見つけた 背振山麓 那珂川で見つけた 公孫樹 の苗木



私の 海馬(脳) の中で 過去と未来が 繋がったみたいです



眼を閉じれば



1000年後 私の子孫の 子供達が



大樹と育った あの苗木の 公孫樹の 楽しそうに 遊んでいる


そんな声が聞こえてきます





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中国陝西省の西安の南東にある終南山の仏教寺にある

樹齢1400年 の 公孫樹の大木








by nonkei7332 | 2018-01-09 18:41 | 古代史 | Comments(0)

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ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー



( 1775年 1851年 )イギリスロマン主義 風景画の巨匠です




ターナー 69歳の時の この 絵画 タイトルは



雨、蒸気、速力 、グレート・ウェスタン鉄道 》と言います



通称 ターナーの 汽罐車 といわれています





20年前 この絵との 出会いのエピソードです



テレビから NISSAN SKYLINE CM が流れていました



別に 車が欲しかったわけでもなく



女優の田美智子が 好きだったわけもなかったのですが



バックに流れる 山下達郎 の歌が とても いいのです



すぐに CD SHOP 探しに行きました



『山下達郎のスカイラインのCMで流れている歌ありますか』



〈ターナーの汽罐車〉ですね ありますよ』



歌の名前を聞いて ちょっと戸惑いましたが



間違いなく聞きたかった シングルカットされた CD でした





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山下達郎の軽快な 8ビートの曲で 歌詞の中に こんな一節が



虹色のシャンペインを



かたむける君の 見つめる絵は ターナー



おぼろげな 汽罐車が走る 音も立てず




この時 初めて ターナー という 画家の存在を知りました



そして 本屋に行って 画集の中から この絵を見つけました



おぼろげな 汽罐車



なるほど 幻想的な 雨の中を走る 汽罐車の絵



これが ターナー との出会い でした




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21歳 『海の漁師たち』




ターナー は この絵で 画壇の地位を不動のものにします



27歳で 王立アカデミーの正会員 そして



32歳で 王立アカデミー美術学校の教授となりました





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28歳 『カレの埠頭』 船出の準備をするフランスの漁師







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43歳 『ドルドレヒト』 凪で止まった定期船








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53歳 『レグルス』 レグルス将軍の歴史画






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67歳 『 平和 – 水葬 』






ターナーは生涯「光」を捉えようとしました



後世 「光の画家」といわれます



76 亡くなりますが 彼は その最期に



太陽は神だ!』



と叫んで 息を引き取ったといわれています






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リニューアルされた 北九州市立美術館



リニュアル・オープン記念



英国最大の巨匠 ターナー 風景の詩 』



が開催されています



113 23 です





明日 ターナー の 神 会いに行ってきます







by nonkei7332 | 2018-01-05 15:10 | 日記 | Comments(0)


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一つ松 幾代か 経ぬる吹く風の音の清きは 年深みかも


万葉集 61042 市原王



私訳〉


一本の老松よ あなた いったい どの位の歳月を見て来たのですか



吹く風の音が 清らかなのは 長い歳月を見て来たからなのでしょうね




千木の長 と呼ばれる〈松〉の木です



日本人の魂が宿る 神木 なのでしょう



年の始めには 多くの 神事が行われますが



そこでは はいつも 神の使いとしての存在があります



年男 やる重要な仕事として《 御松迎え 》がありました



山に入って松の木の枝を伐ってくることでした



歳神を迎える 門松 をつくるためでしたが 地方の家々では



門松を作る前にはこの松を 納屋や馬屋の入口や 台所に棚をつくり



神酒などを供えました



ところによっては そのものを 神棚に 祀り 御松様 として



供え物を並べたようです そのものが 歳神 だったのです



その松の姿は 《 三 階 松 》です





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鏡板の松





能舞台の 鏡板の松 〈三階松〉です



橋掛かりの白洲には



一ノ松、ニノ松、三ノ松 と三本の松が植わっています



能舞台に 描かれた 松の姿。



世阿弥の魂の中には 何が視えていたのでしょうか





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今宮神社 の社紋



三階松 社紋とする 神社が 各地にあります



その中でも 私が 印象に残る 神社は



高良下宮社



宮地嶽神社



今宮神社(京都紫野)




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三階松紋




三階松紋 は九州皇統王朝の紋 だといわれています



故百嶋由一郎先生も 三階松 については



『 九州王朝でも 第7代孝霊、第8代孝元、第9代開化として



表現された 紀氏系の正統皇統九州王朝の大王の流れである 』



といわれています




この三代の天皇の御名には 〈日本根子彦〉という



同じ名前がつけられているのです




孝霊天皇=日本根子彦太瓊尊(おおやまとねこひこふとにのみこと)




孝元天皇=日本根子彦国牽尊(おおやまとねこひこくにくるのみこと)




開化天皇=日本根子彦大日日尊(わかやまとねこひこおおひひのみこと)






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国東 奈多八幡宮 の 松





隠された 真実の歴史を 〈松〉は教えてくれています










by nonkei7332 | 2018-01-03 12:30 | 古代史 | Comments(0)

by ヒサミツ