こっぽり 風浪宮
「こっぽり」とは
筑後弁で 〈ゆっくりくつろぐ〉という意味だとか
土曜日 研究会の中で 《風浪宮》が話題になりました
今週は 忙しい毎日だったので それじゃあ 日曜日は
大川市 に行って コッポリするぞと決めました
天神から西鉄電車で特急で大善寺、そこから乗り換えて
四つ目の駅が 八丁牟田駅 です。
ウモウケイトウ が 迎えてくれました
駅の真前に 天満神社 がありました。
のんびりと 散歩、かなり広い境内でした
この地には 天満宮・天満神社が多くあります。
菅原道真が 安曇の九州皇統の血をひく人物だったからでしょうか。
駅のそばに 大木町の図書情報センターがあります
コッポリの聖地ですね、こっぽーっとギャラリー では
小さな小さな美術館 『二人展』があっていました。
ご夫婦で絵を描くなんていいですね
こっぽーっとホール では 音楽祭があっていました。
実は 整理券が必要だったのですが、
館員さんに「遠くから来ました」と 駄々をこねて
一枚わけて頂きました。
子供達の吹奏楽、チェロ独奏
そして シャンソン、合唱団など 多彩な演目でした。
気分は こっぽり 。 いよいよ 風浪宮へ
磯良を名乗る 私が 安曇磯良を知る上で
欠かせない神社だと言われている場所なのに
何故か 足が向かなかった理由を探しに来たんです。
七五三の親子連れが多い中 いつものように
由緒 神紋 神木 建築様式 境内社 などをみて回ります
神紋は「州浜紋」安曇磯良の神紋です、三つの丸は 太陽・月・星です
由緒書はあんまり気にしません、
おそらく後世、何度も書き換えられているんでしょう
神木は 樹齢二千年の 「白鷺の大楠」いいですね。
神功皇后が風浪の旅からこの地に帰った時
白鷺が現れ この木にとまったとされ
安曇磯良の化身とされる 神木でした
本殿裏の禁足地にある 謎の社 風浪神社の扁額が掛かっていました
何が隠されているんでしょうね、
おそらく聞いても教えてくれないでしょう
境内社には 「松風」「岩藤」といったいった稲荷社が多いです
物部の影が見えます。
薬師社、何でしょうね 事代主でしょうか。
コッポリさん が 見えました。
幸神社 謎の神社です、元々は 荒神社だともいわれている神社です
荒神とは誰なのか 素戔嗚なのか 庚申の猿田彦 なのか、
実は 倭国大乱を収めた 九州皇統 孝霊天皇 だという説があります。
外苑・大川公園 を コッポリ しました。
手前 右側にある 磯良丸神社
幼稚園の敷地内にあるので 鍵が締まっていて 近寄れません
写真だけ撮しました。 幼稚園経営を優先しているんでしょう。
初めての風浪宮 志賀海神社 との接点を探しに来たのですが
残念ながら 今ひとつでした、
おそらく この宮の 本来の 祭神は
高良玉垂命(開化天皇) と 神功皇后(開化天皇妃)
九州皇統 孝霊天皇・孝元天皇 も 見え隠れされていました
さて 安曇磯良 はといえば
後世の 神功皇后伝説 に紐付けされただけの
お飾りでしたと言ってしまえば 地元の方に怒られますでしょうね
〈神功皇后伝説〉 皇后の真実の姿を消し
卑弥呼 や 開化天皇 や 安曇磯良 までも
正史から 隠そうとした 畿内藤原朝廷の陰謀だと
そろそろ 気づいてもいい頃かもしれませんね
コッポリの一日 楽しい一日でした。