八代神社(妙見宮)
八代神社(妙見宮)に行きました。
妙見(北極星)を祀る神社として
どうしても 押さえておかなくてはならない 神社です
主(ぬし)の神の系譜をたどる上でも
白族、渡来の地として 八代の地は古代史の出発点だと
私の中で位置付けているからです。
本来であれば 毎年11 月に行われる 妙見祭に合わせてと
思っていたのですが 今年は中止になった為に
今回 じっくりと みて回りました
正面の鳥居をくぐると 神門の横に
『八代神社(妙見宮)の亀蛇の石碑の由来記』があって
こう書かれています
目深・手長・足早の三神に変し、遣唐使の寄港地明州(寧波)の津より
「亀蛇」(玄武)に駕して、当国八代郷八千把村竹原の津に来朝せり。
祭神は 天御中主命 と 国常立尊 です
国常立尊は 大幡主命 の事ですので
ここでは 主(ぬし)の神(白族)の揃い組です
ただ 神殿の千木は男千木ですので
主祭神は 大幡主命(櫛田神社の主祭神、奴国王)なのでしょう。
一般には 天御中主命は(白山姫、菊理姫)の事で
妙見神として、また、水天宮の水神としても祀られていますが
ここでは、妙見神として祀られているのは
大幡主命 なのかもしれません
神紋は二つあります
ひとつは 九曜星紋で 妙見神の紋であり
もうひとつは 二つ引両紋で 龍の紋です
龍の紋と云えば 神仏習合後 八大龍王として
八代では 広く信仰を集めていますが
暴れ川の球磨川が龍王なんでしょうね
主の神の系譜で言えば 龍王は 豊玉主こと 豊玉彦です
白族の三羽烏が八代にも揃っていました
白族は 八代から 北へ移動して筑後を経て
背振山 伊都国 奴国 に落ち着き
倭国の中心として 君臨していきます
妙見宮には 東側山手に気になる末社がありました
霊符神社です その由緒には 百済の聖明王の第三王子
琳聖王子がこの地に妙見神として降臨したとあります
この 琳聖王子渡来説が八代だけでなく
山口の防府にもあって 大内家はその子孫だとされています
『 百済の王子 琳聖王子』拙ブログより
https://hisamitsu.exblog.jp/23662781/
どちらかが 後付けしているのでしょうが
これも難しい問題ですね
それは謎としておきましょう
妙見宮の謎 妙見神は亀蛇に乗って 海を渡ってきたんですよね
あれは 船頭に亀蛇の飾りがついた 大型の帆船に乗って
渡ってきたんだと言われていますが
亀蛇って あれはどうみても 河童ですよね。
おそらく 何度も 訪ねるであろうこの地に
私の血脈も 流れ着いているのです
八代初日 遅くまで
八代に住む 長男と久しぶりの美味しい酒を飲みました