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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

夫 婦 岩 (めおといわ)

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筑前二見ヶ浦夫婦岩



写真は 糸島桜井二見ヶ浦 の 夫婦岩 です。



私にとって〈海〉と言えば この二見ヶ浦〈海〉なのです



この 二見ヶ浦の海は のお気に入りの海でした



60年前家族で何度も行ったことのある 思い出の海 なのです



遠い記憶を辿ると




私達は かなりの時間 西鉄バス に乗って



終点の 西ノ浦 という 海沿いの小さな町で降りました



それから トボトボと海岸線を歩き スイカ畑の間の



農道を過ぎると 視界に〈日本の渚百選〉に選ばれる程



綺麗な 白砂の海岸線 に着きました



当時は まだ 今のような 海岸道路も無く



ビーチリゾート しゃれた CAFE などありません



今ある 白い鳥居 もありませんでした



海岸から 約150メートルの 海中に



あの夫婦岩 屹立していました



当時はまだ 多くの人に知られていない



穴場スポット だったのでしょうか 人も少なく



我が家が ビーチを 独占していました



父と兄 は 夫婦岩まで泳いで



潜っては 銛(もり) 魚をとっていました



煮付けにすると美味しい ベラ という 綺麗な魚でした



夫婦岩まで泳げない 姉と私 は海岸の磯で



びな と呼ばれる 小さな巻貝 をとってました



茹でて食べると 美味しい貝でした



なぜか 鮮明にその思い出は



私の中で 数少ない海の記憶 として残っているのでした




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筑前二見ヶ浦の夕陽



さて 遠い想い出はこのくらいにして



この夫婦岩 いったい 誰と誰とを祀った岩なのか



その 迫ってみました



実は鳥居があるようにこの浜の近くに



〈桜井神社〉があります





桜井神社(赤マーク) と 二見ヶ浦




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桜井神社 楼門





社伝によると 二見ヶ浦夫婦岩は 桜井神社の 宇良宮 として



伊奘諾(イザナギ)伊弉冊(イザナミ)を祀るとされています



桜井神社由緒によると 寛永9年(1632年)




黒田藩二代藩主 黒田忠之 の 創建です



祭神は 警固三神(神直日神・大直日神・八十枉津日神)



黒田忠之が 創建した 警固神社(福岡市中央区) と同じ祭神ですので



同じように 桜井神社も



忠之が 黒田藩の守護神社 としたのでしょう



ただ由緒には 本来の祭神は 与止姫大明神 だと書かれています



「豊姫ゆたひめ」「淀姫よどひめ」などと呼ばれ



佐賀大和町の川上神社 那珂川山田の伏見神社 などの祭神と同じ



あの神功皇后の妹とされる 謎の女神 です。



さて 桜井神社の境内には もう一つの 謎の宮 が祀られています



実は この地は 古代の古墳跡 で 慶長15年(1610年)豪雨により




古墳の入り口の 岩が開いて霊験あらたかな神様が現れたとされ



「岩戸宮」と呼ばれています 祭神は「大綿積神(わたつみしん)」



あの 志賀海神社の祭神 『安曇磯良』です。






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岩戸宮





ここで 百嶋系図 をご覧ください




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安曇磯良 と 豊姫 は 夫婦とされています



と言うことは 桜井神社の 本来の祭神 は 安曇磯良 豊姫であり



二見ヶ浦夫婦岩 の 夫婦とは 伊奘諾・伊弉冊ではなく



安曇磯良 豊姫 夫婦神 だったのではないでしょうか





私がこのブログを《磯良の海》としたのは



安曇磯良を祀る 志賀島の海 を イメージして付けたのですが



60年前の あの 二見ヶ浦との出会いこそが



〈私〉と〈安曇磯良〉の 《 磯良の海 》との



はじめての 出会い だったのだよと



夫婦岩 は その 不思議な謎 を 教えてくれたのでした








《補足》私も行ったことがある 全国的に知られている


伊勢市の二見ヶ浦夫婦岩がありますが あの夫婦岩は


筑前二見ヶ浦をモデルとしたウツシだと思っています。





by nonkei7332 | 2019-07-07 08:44 | 古代史 | Comments(0)