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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて



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今年も 荒ぶる神 容赦なく



この国を 諌めたように思えます



前線が北へ去り



夏越しの祓いの山笠が終わると



この町には 身も焦がすような



灼熱の季節がやってくるのです





祭りとは 民俗学者の折口信夫 こう言っています



祭りは、禊ぎに伴ふ夏神楽から出て居る。



神楽は鎮魂のために行ふものであつた。



禊ぎの後の潔まつた身の内に、



外来の威霊を堅く結び止めようとする儀式である




冬の凍る夜に限つた楽舞(あそび)が、



夏にも行はれるやうになつたのである。』




今年の町内の 夏まつりの会議で



「今年は 炭坑節もいいけど フォークダンスでもやってみたら」



半分冗談みたいに言った私の意見が取り上げられて



フォークダンスを踊る羽目になりました



「オクラホマミキサー」懐かしいメロディが



素足で 土の上を踊った 記憶が蘇ってきます



小学校の頃 好きな女の子が ちかずいて来るとドキドキしましたね



「オクラホマミキサー」は歌の名前ではないそうです



オクラホマで踊られた ミキサーというダンスの名前だそうで



楽曲の名前は「藁の中の七面鳥」といいます





古代 まだ 文字がなかった頃 人々は まつりの日に



鎮守の杜(集会所)に集まって 歌を歌いました



〈相聞歌〉です 男と女の 掛け合いの歌でした



中国の少数民族でも オーストラリアの先住民族アボリジニでも



今も 続いているそうです 『歌垣』と呼ばれています



半島でも 日本でも その名残がいくつか 残っています



というより 盆踊りも 神楽も 相撲も 元をただせば



この『歌垣』が起源かもしれませんね





さてさて 夏まつりのフォークダンス



私の心をときめかせてくれるような



ステキな 女性は現れてくれるでしょうかね





オクラホマミキサー の練習風景










# by nonkei7332 | 2018-07-21 13:34 | 日記 | Comments(0)


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てるてる坊主





6月 は 水 の季節です



遠い昔から 人々は この時期の雨に一喜一憂したものです



降らなければ 田に水を引けない



降りすぎると 田が流されてしまう



また 夏越の祓といって 一年の穢れを祓う 神事も行われます



水無月に夏越しの祓いするひとは千と世の命延ぶ



と歌われています




ここで 登場するのが ヒトガタ です



ヒトガタ とは 人形(にんぎょう)のことです



人形 と呼ばれるようになったのは 鎌倉時代 以降だといわれています



最も古い ヒトガタ 紙で作った 人の形をした




お札のようなものでした



夏の鎮守の杜 での 神事(呪術)に使われました






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呪術者は 罪や穢れや災いを祓い清める為に



まず 人々は このヒトガタに 触れることにより



穢れを背負はして 全て移してしまいます



移してしまう対象のことを 形代(かたしろ)とか



撫物(なでもの)とも言います



そして 穢れを移した ヒトガタ (撫で物)を 川に流し



新しい 霊魂の再生を祈るという 神事 だったのです



ヒトガタ神事 やがて いろんな形で 繋がり現代でも



風習や 祭りの形態として残っています



人形は ひなまつりの雛人形 をはじめ 人形と名のつくものは



起源を辿れば ヒトガタ につながります。コケシ もそうです。



てるてる坊主 もそうです。てるてる坊主は



「明日天気になあれ」と言って 雨が止むのを祈る人形ですが



起源を辿れば 真逆で 祈雨の為のヒトガタだったのです



雨が降ると 白い顔の部分に 目を入れて 川に流したようです



ヒトガタ神事 を祭りで 繋いでいる 代表は 「博多祇園山笠」



《夏越の祓い》については この記事を見て下さい



https://hisamitsu.exblog.jp/25917874/ 《夏越しの祓い》



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博多祇園山笠



山笠の 7つの町衆を 〈流〉(ながれ)といいます (土居流 千代流)



あれは 私は 川のことだと思います



〈人形を川に流す〉からきたものでしょう



町の一年の穢れを 山笠人形に移して それを 川に流す



それから 勢い水 (きおいみず) というのがあります



舁き手のからだを冷やす為とか 山笠が滑りやすくする為に



水をかけるといいますが 本当は 町中の穢れを水に流す為に



水をかけるというのが本当の意味だと思います






ヒトガタ より もっと古い人形があるとすれば



それは 「埴輪」(はにわ)でしょうか



次回 埴輪について考えてみます






# by nonkei7332 | 2018-06-23 10:15 | 古代史 | Comments(0)


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点滴で 生命を繋いでいます



消化器疾患 がゆへに 治療的に 絶食が必要とされる為



もう100時間程 食べ物を口にしていないのですが



不思議に空腹感がありません



人は 食欲が無くなって 水を口にしなくなると 乾涸びて死ぬといいます



『アステマリン3MG輸液』



いわゆる ブドウ糖点滴というやつです



生命を繋ぐ水です



身体のあちらこちらで 金属疲労が起きてるようです



ストレス疲労でしょうか 、ちょっと無理したようですね




何をする事もなく



ポトリ、ポトリと落ちる点滴を見ながら



あれこれと いろんなことを 辿ってみるのですが



ところどころ途切れた記憶が失速していて



大事な部分のパズルが見つからず 物語になってくれません



いちいち 消えていく記憶に感傷的になっていたら



脳(海馬)も 乾涸びてしまいますから



ここは 去る者は追わず



消えていく記憶の何万倍もの記憶が 私からの合図を待って



静かに自分の出番がくるまで 眠っているのでしょうから



ここは 焦らずに じっくりと



ひとつひとつの 記憶の糸を



手繰り寄せる作業さえやっていけばいいのです



残された時間は 誰にもわからないのですからね



乾涸びて死ぬる事が 理想とする私には



今回の入院は いい経験をさせてもらっています




連日の雨 この雨がやむと



夏祓へからうまれた 博多の祇園山笠 始まります



〈ヒトガタ〉の細工師達の 魂が 蘇ります。



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# by nonkei7332 | 2018-06-08 19:25 | 日記 | Comments(6)


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風信子(ヒヤシンス)




人の出逢いとは 不思議なものですね



多くのブログの中から 私の記事を見つけていただいた事



そして コメントをいただいた事 嬉しく思います



何が 私達を 繋げてくれたのでしょうね




風信子(ヒヤシンス)



2014 4 私の こんな 記事でした






https://hisamitsu.exblog.jp/22448123/ (タップして下さい)





この記事に 先生からいただいた コメントです




4年も前に書いた文章にコメントを寄せられて驚かれるでしょう




「ヒヤシンス」で検索していて,たまたま見つけました。



ポッキン君,ひょっとして早熟の文学少年で



立原道造のファンだったのではないでしょうか。



彼が生前に残したたった2つの詩集には『風信子叢書』という



サブタイトルというかシリーズ名がついていました。



ちなみに,東京オリンピックの年,



わたしは9歳,小学校3年生で,



まだ立原道造にであってはいませんでした。』





淡い 少年時代の記憶をたどっての 私の思い出でした



1964 正確に言うと 54年前



私が 小学校の6年生の時の 思い出です



ポッキンという 数少ない わたしの友達との



ある日の出来事を記事にしたのでしたが



先生は 〈立原道造〉 という 夭折した若き詩人 の事を



ポッキン は知っていたのでしょうか という



投げかけを していただいたのですが



その答えは 私には わかりません



わかっていることは ポッキンが 花が大好きだったこと



その年 クラスで 〈ヒヤシンス〉 と〈クロッカス〉



水栽培をして 教室の窓際に 色とりどりの 花々が並んでいた事です





本来であれば コメント 返事で お答えするところですが



ポッキン についての話 には その時に書けなかった



悲しい 思い出が ありましたので



思い切って 記事にさせて頂いたことをお許しください





私達が 通っていたのは 福岡市南区の M小学校です



西鉄の井尻駅 の近く 今でこそ 住宅地が並ぶ 街ですが



当時は まだ 田んぼや 小川がある 田舎町 でした



ヒヤシンス のことがあった年の 晩秋だったでしょうか



教室の ポッキン 机には 花が飾られていました



担任の先生から 告げられたのは 衝撃の ポッキン の死 の報せでした



ポッキンの死は 自殺 でした



西鉄電車の線路脇に 靴が並べられていたと聞きました



私が ということに最初に向かいあった経験でしたので



その時のことは 鮮明に覚えているのです



お葬式に行った時に 泣き叫ぶ ポッキンの お母さんの姿に



ただ 悲しみだけの 泪を 流していた 私がそこにはいました



数少ない友達でしたので ポッキンの家には何度か遊びに行きました



ポッキン には お父さんがいませんでした



ポッキン 数年前に亡くなった 消防士だった父の話を



写真と賞状を 見せて 誇らしげに 話してくれたのを 覚えています



大好きな お父さんだったのでしょうね



その後 母親が 再婚され 新しい父親が できたと聞きました



ポッキン のとても短い 12年の人生に 何があったのか



私は 多くを語ることに 口を閉ざしてきました





ギリシャ神話 ヒヤシンス の話 をしました



ポッキン 物語かもしれませんね



そして ヒヤシンス の花言葉 悲しみ 〉だということを知ったのも



夭折の詩人 立原道造と 風信子(ヒヤシンス) の事を知ったのも



ずっと後のことだったのです





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立原道造




夢見たものは‥‥》


立原道造




夢見たものは ひとつの幸福



ねがつたものは ひとつの愛



山なみのあちらにも しづかな村がある



明るい日曜日の 青い空がある





日傘をさした 田舎の娘らが



着かざつて 唄をうたつてゐる



大きなまるい輪をかいて



田舎の娘らが 踊ををどつてゐる





告げて うたつてゐるのは



青い翼の一羽の 小鳥



低い枝で うたつてゐる





夢みたものは ひとつの愛



ねがつたものは ひとつの幸福



それらはすべてここに ある と











# by nonkei7332 | 2018-05-12 07:29 | 日記 | Comments(0)



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芍薬(しゃくやく)



(花の王〉と呼ばれる 牡丹 が終わると



バトンタッチしたかのように 芍薬 が花を開げています



〈花の宰相 〉と言われています



とは 味のいいという意味だそうで



文字どうり その根 を乾燥して 鎮痛剤 として



重宝されたようです。



前にも書きましたが



牡丹は です 芍薬は です



美しい女性のいでたちを



『立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花』



と言われていますね





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石楠花(しゃくなげ)




芍薬とよく似ていますね



でも 石楠花 ツツジ科の花です







# by nonkei7332 | 2018-04-28 14:45 | | Comments(0)

by ヒサミツ