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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて




六日の菖蒲(あやめ)_b0325317_10304150.jpeg


この記事は 2017年5月6日の記事を 

リライト したものです。








六日のあやめ 』という があります



ここでいう 六日というのは



56 のことです



時機に遅れて役に立たないこと 》をいいます



55日の 端牛の節供 用いる 菖蒲(あやめ)は



六日では もう 間に合わないという意味です





六日の菖蒲(あやめ)_b0325317_10371600.jpeg





端午の節供 〈菖蒲の節供〉ともいいます



菖蒲 厄祓い に使うのです



この国では 季節の変わり目に 五節供 』といって



厄祓いの行事をおこなってきました





人日(じんじつ) ・・ 17 七草の節供



上巳(じょうし) ・・  33 桃の節句



端午(たんご) ・・ 55 菖蒲の節供



七夕(たなばた) ・・ 77 笹の節供



重陽(ちょうよう) ・・ 99 菊の節供





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端午の節供



男の子の祭りという イメージが定着していますが



じつは 古代では 女の子の祭りだったのです



あまり知られていませんね




田植え月である 5月になると



「五月忌み」という行事をしていました



田植えは 早乙女(若い清らかな女性)がするものとされ



田植えの前に 一定の日々で 心身を清める 「物忌み」をしていました



(よもぎ)や菖蒲で屋根を葺いた小屋に一晩籠って 穢れを祓ったのです




その後、武士の時代になると



「菖蒲」が 武を尚(たっとぶ)「尚武」や「勝負」に通じることから



いつの間にか



男の子のおまつりに変わってしまったのでした







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菖蒲の花をみていると




やはり この花は 女の子の イメージです



「六日のあやめ」の 主人公は 女の子なのです








そんな 若い女の子の 不安な想いを



さだまさし 名曲 六日のあやめ 』で 詠いました












# by nonkei7332 | 2022-05-05 10:55 | | Trackback | Comments(0)



八十八夜_b0325317_18563065.jpeg
瑞穂舞  宗像神社奉納







風の言葉に 彩(いろ)濃く木々は増し



糸遊(かげろう)の名残りか 夢から醒めながら



五月女(さおとめ)は 想いを夜に繋ぐ



夏も近づく 八十八夜



韓紅(からくれない)に 染まった 空に



天女は 異国の禍(わざわい) を 踏歌に舞い



私はと言えば 想いの数だけ



ひたすらに 花を摘み 花に摘まれ 



茶花に 身をあずくる 五月の午後



切なくて 切なくて



愛しくて 愛しくて



何かに 倚りかかることもなく



背筋をのばして 茶を啜る




















# by nonkei7332 | 2022-05-02 19:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)


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昨日まで雨 明日からも雨



不思議と今日(22日)はいい天気です。



福岡市の緑のコーディネーター 60



熊本までの 楽しいバスツアーでした



限られた時間でしたので



水辺エリア(江津湖周り動植物園)



街なかエリア(熊本城花畑広場)



の二ヶ所を 散策しました






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久しぶりの 熊本城


熊本地震 以来ですから もう 6年 です


花々の 似合う 


素敵な街なかに変わっていました






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もう一度 ゆっくり 



来てみたくなりました



会期は 5月22日までです










# by nonkei7332 | 2022-04-23 12:19 | | Trackback | Comments(1)



風信子(ヒヤシンス) ②_b0325317_22562234.jpeg
ヒヤシンス






《この内容は 2018年 5月12日の 



『M 先生に』という ブログ記事です》






風信子(ヒヤシンス) ②_b0325317_22545406.jpeg



人の出逢いとは 不思議なものですね



多くのブログの中から 私の記事を見つけていただいた事



そして コメントをいただいた事 嬉しく思います



何が 私達を 繋げてくれたのでしょうね







先生からいただいた コメントです




4年も前に書いた文章にコメントを寄せられて驚かれるでしょう




「ヒヤシンス」で検索していて,たまたま見つけました。



ポッキン君,ひょっとして早熟の文学少年で



立原道造のファンだったのではないでしょうか。



彼が生前に残したたった2つの詩集には『風信子叢書』という



サブタイトルというかシリーズ名がついていました。



ちなみに,東京オリンピックの年,



わたしは9歳,小学校3年生で,



まだ立原道造にであってはいませんでした。』







淡い 少年時代の記憶をたどっての 私の思い出でした



1964 正確に言うと 54年前



私が 小学校の6年生の時の 思い出です



ポッキンという 数少ない わたしの友達との



ある日の出来事を記事にしたのでしたが



先生は 〈立原道造〉 という 夭折した若き詩人 の事を



ポッキン は知っていたのでしょうか という



投げかけを していただいたのですが



その答えは 私には わかりません



わかっていることは ポッキンが 花が大好きだったこと



その年 クラスで 〈ヒヤシンス〉 と〈クロッカス〉



水栽培をして 教室の窓際に 色とりどりの 花々が並んでいた事です





本来であれば コメント 返事で お答えするところですが



ポッキン についての話 には その時に書けなかった



悲しい 思い出が ありましたので



思い切って 記事にさせて頂いたことをお許しください





私達が 通っていたのは 福岡市南区の M小学校です



西鉄の井尻駅 の近く 今でこそ 住宅地が並ぶ 街ですが



当時は まだ 田んぼや 小川がある 田舎町 でした



ヒヤシンス のことがあった年の 晩秋だったでしょうか



教室の ポッキン 机には 花が飾られていました



担任の先生から 告げられたのは 衝撃の ポッキン の死 の報せでした



ポッキンの死は 自殺 でした



西鉄電車の線路脇に 靴が並べられていたと聞きました



私が ということに最初に向かいあった経験でしたので



その時のことは 鮮明に覚えているのです



お葬式に行った時に 泣き叫ぶ ポッキンの お母さんの姿に



ただ 悲しみだけの 泪を 流していた 私がそこにはいました



数少ない友達でしたので ポッキンの家には何度か遊びに行きました



ポッキン には お父さんがいませんでした



ポッキン 数年前に亡くなった 消防士だった父の話を



写真と賞状を 見せて 誇らしげに 話してくれたのを 覚えています



大好きな お父さんだったのでしょうね



その後 母親が 再婚され 新しい父親が できたと聞きました



ポッキン のとても短い 12年の人生に 何があったのか



私は 多くを語ることに 口を閉ざしてきました





ギリシャ神話 ヒヤシンス の話 をしました



ポッキン 物語かもしれませんね



そして ヒヤシンス の花言葉 悲しみ 〉だということを知ったのも



夭折の詩人 立原道造と 風信子(ヒヤシンス) の事を知ったのも



ずっと後のことだったのです






風信子(ヒヤシンス) ②_b0325317_09425075.jpeg
立原道造






夢見たものは‥‥》   立原道造




夢見たものは ひとつの幸福



ねがつたものは ひとつの愛



山なみのあちらにも しづかな村がある



明るい日曜日の 青い空がある





日傘をさした 田舎の娘らが



着かざつて 唄をうたつてゐる



大きなまるい輪をかいて



田舎の娘らが 踊ををどつてゐる





告げて うたつてゐるのは



青い翼の一羽の 小鳥



低い枝で うたつてゐる





夢みたものは ひとつの愛



ねがつたものは ひとつの幸福



それらはすべてここに ある と






















# by nonkei7332 | 2022-04-16 09:48 | | Trackback | Comments(0)



風信子(ヒヤシンス) ①_b0325317_22535418.jpeg
ヒヤシンス





8年前の今日




このブログに こんな記事を書いていました




遠い遠い記憶の隅に 鮮やかによみがえる




風信子(ヒヤシンス)の物語です





風信子(ヒヤシンス) ①_b0325317_22545406.jpeg





ちょうど 50年前



東京オリンピックがあった年



私が 小学校卒業の時の話だ



木造校舎の二階の教室だった



窓際の前から 三番目が私の席で ひとつ前の席が



ヒロシの席だった



ヒロシのあだ名は〈ポッキン〉



いまにも折れそうな位 痩せていたから



みんなからそう呼ばれていた



いつも ニコニコしていて 優しい無口な男の子だった



ある日 ヒロシはノートいっぱいに





〈 風 信 子 〉という字を書いていた



私が 誰の名前?』と聞くと



ヒロシは『 ちがう 』と言って 急いで ノートを閉じた



私は 前の黒板までいって 大きな字で 〈風信子〉と書いた



その時 担任の先生が 教室に入ってきたのだ



席につきなさい 』の一言で



字を消すのもできず そのまま席についた私に



これは なんの名前ですか 』と先生は私に聞いた



それは ヒロシ君の好きな女の子の名前だと思います 』と



とっさに 私は答えると 皆んながどっと笑った



どうして そう思うの?





先生は重ねて私に聞いた



だって ヒロシ君がノートにびっしり書いていたからです



またしても どよめきが 教室中に響いた



静かに 』 先生はそう言って



ニコニコしながら ヒロシに言った



ヒロシ君 可愛い名前ね



ヒロシは 真っ赤な顔をして立ち上がると



違います 』と答えた それが 精一杯だった



先生は 黒板に向かい 私が書いた 白墨の字の横に



黄色いチョークで ヒヤシンス と 書いて



この名前は 人の名前ではなくて 花の名前です



ヒロシ君 よく知ってたね




先生は ヒロシにむかって言った



ヒロシは 真っ赤な顔を また真っ紅にして 下を向いていた



私は ヒロシの背中を突ついて



『 ポッキン ゴメン 』というと



ポッキンは 下を向いたまま



小さく 頷いた





風信子(ヒヤシンス) ①_b0325317_22554955.jpeg


風信子(ヒヤシンス) ①_b0325317_22562234.jpeg




遠い昔のギリシャの話



ヒュアキントスは



スパルタ生まれの美しい少年だった。



アポローンと 西風の神ゼピュロスの二人は競って



ヒュアキントスの気を惹こうとしたが、



彼はアポローンとばかり仲良くしていた。



ある日、仲良く円盤投げを楽しんでいた時、



アポローンの投げた円盤がヒュアキュントスの頭に当たり、



ヒュアキントスは 死んでしまった。



西風の神ゼピュロスが 



二人の仲睦まじい様子を空から見て嫉妬し、



円盤の飛ぶ方向を西風で狂わせてしまったからだった



アポローンは嘆き悲しみ 溢れ出た少年の真っ赤な血の中から、



赤い花が咲いた



人々は この赤い花を少年の名にちなんで



ヒュアキントス(ヒアシンス)と呼ぶようになったと言う。









# by nonkei7332 | 2022-04-15 00:30 | | Trackback | Comments(2)