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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて


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山法師




わが盛りいたく降ちぬ 雲に飛ぶ薬はむとも また変若ちめやも》


万葉集5847


私の盛りの時はもうとっくに過ぎてしまった


雲の上にまで飛べるという薬を飲んで仙人になったとて


もう一度もとの若さに戻ることなどあるものか




天平2年(730年)正月


大伴旅人九州一円の役人らを自分の公邸に招き


「梅花の宴」を催しています


2年前 太宰帥として 赴任した早々に


妻を亡くしその失意からもようやく


落ち着きを取り戻した頃だったのでしょうか




旅 人 の 梅 2014315の 記事です


https://hisamitsu.exblog.jp/22266064/




旅人の63年の生涯でしたが


最期の夢 とも言えるがありました




『 旅 人 の 恋 』 201485の 記事です


https://hisamitsu.exblog.jp/23099658/




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裕二さんは 著書《大伴氏の正体》でこう言っています


『 大伴氏は悲劇的な一族だ


七世紀後半以降 藤原氏が一党独裁体制を固めていくが


ほとんどの旧豪族が追い落とされ 没落していく中


大伴氏は最後に残った 名門一族となってしまった』




『 旅 人 の ルーツ 』 201517の 記事です


https://hisamitsu.exblog.jp/23978761/





万葉集に残された大伴旅人の歌は 56首 ですが


太宰府以前の歌は 2だけでほとんどが


太宰府赴任から都にもどって亡くなるまでの



3年間の歌です


筑紫万葉歌人中心人物として


その名は永遠にこの都に 残るのでしょう



『 旅 人 の 初 春 』 2017110の 記事です


https://hisamitsu.exblog.jp/26546276/




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芝桜





# by nonkei7332 | 2019-05-03 00:00 | 旅人 | Comments(0)

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《 磯良の海 》



〈平成〉から〈令和〉へと


元号が変わるのを機として


中断していたブログを再スタートをすることにしました。



事のおこりは 姉の一言。


『 生きているのか 死んでいるのか はっきりしなさいよ 』



走り続ける 体力もありませんでしたし


止まって ゆっくり水も飲みたかったし


滲み出た汗快い風乾かしてもみたかったし


そんななのです



再び 走り出す日を


旅人が梅をながめて 令月(何事をするにもよい月)と歌い


その名が元号となるスタートの日


その日を選びました



そもそも 元号が変わる理由については


いろいろ言われています


天皇が崩御されたにせよ


譲位されたにせよ


厄災が起こったにせよ


ひとびとは「きっかけ」を求めたものかもしれません




元号が変わるといえば


思い出すのが 私の父の事です



生きていれば 今年107


父は 191210月 の生まれです


この年の7明治天皇 が 崩御され


明治から大正へと


元号が変わった年でした


父の名は「正治」といいます


大正の〈正〉と明治の〈治〉を取ってつけられたと聞きました


新しい時代を 強く生き抜いてと両親がつけたのでしょうか


大正昭和という 激動の時代を生き抜いた人でした



このブログ《磯良の海》となずけた日から


私は 一人の語部(かたりべ)として


死んでいった者達への


〈鎮魂〉と〈弔い〉を


テーマにしてきましたが


それは残された日々を どう生きるのかという


自分自身の テーマ でもありました


大病を乗り越え 生き残った者としての過去の蓄積ではなく


やがて来る死者として 死後の自分の目線で


何を遺せるのか 何を繋ぐことができるか


そんな 物語 を生きていこうと思っています



平成の世を 惜しむかのように


翠雨(すいう)の日が 続きます


野にも 山にも 若葉が茂る季節


新たな時代 が 始まります



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大好きな 西行 の歌です


《 何事も 変わりのみ行く世の中に 同じ影にてすめる月かな 》       





父に関する 記事です


https://hisamitsu.exblog.jp/22757973/


https://hisamitsu.exblog.jp/22771897/





# by nonkei7332 | 2019-05-01 00:00 | 日記 | Comments(2)



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太宰府天満宮 と 飛梅




最初の質問です



全国で12000社もあると言われる 天満宮 天神社 菅原神社



老松神社 などの 天神系の神社で 祀られている神様は



いったい 誰でしょうか




難しい 質問なので ヒントをいくつか言います



その人は いつのまにか 学問の神さまと呼ばれました



頭が良かったのかどうかは 誰も知りません



ほんとは 厄病神 だったのですが



疫病神だと 詣る人が少ないので 賽銭欲しさにどこかの神社が



ここの神様 拝むと頭が良くなるよ言ったところ これが 大流行り



みんな こぞって 学問の神様にしたといいます




その人は 平安時代の政治家でした



右大臣 まで出世した人でした 当時の 官職は



一番上が 太政大臣 その次が 左大臣 その次が 右大臣でした



太政大臣は空席が多かったので 実質のトップは左大臣



今で言うところの総理大臣です



ですから 右大臣は 副総理 みたいなもんでしょうか



私の大好きな 韓流ドラマ 時代劇 にも 同じような官職が出てきます



領議政 左議政 右議政 です よく似てますね



話が横道に外れましたが とにかく 偉い人だったのです



天皇にも 可愛がられていた 文人系の学者でした





さてさて 今も昔も 政治家には 必ず その人を推す バック



今で言うところの圧力団体 票田がついています



あまり 知られていませんが この人のバックは



全国の 土木金属系のネットワークでした



土師氏(はじし) と呼ばれていました



この謎の氏族 歴史から 消された 謎の氏族のひとつですが



というより 本当は消されたのではなく



自分たちで 名前を変えたと言った方がいいのかもしれません





平安京を興した 桓武天皇 の母親は 高野新笠という人です



この方の母親は 土師真妹と言って



土師氏の毛受腹(もずばら)の出身だと言われています



あの 仁徳天皇陵がある 百舌鳥古墳群 を造った人達です



あれだけの古墳群を造るだけの 動員力 土木技術と製鉄技術を



持った強力な権力を持った人達だったのです



そんな 土師氏 でしたが



仏教が伝わり 古墳造営や葬送儀礼がなくなると



氏族の 存在そのものが希薄になっていきます



そこで 土師氏の頭領であった 土師古人 桓武天皇に



改姓を願い出ます 許された 姓が 菅原氏 秋篠氏 大江氏 などです



墓守りから 文人への 大いなる イメージチェンジでした




後世 右大臣まで出世した その人の名前が ここで 出てきます



菅原家4 菅原道真 》です



最初の質問に戻ります



そうです 多くの 天神系神社に祀られている 祭神は



菅原道真 だというのが 誰でも知っている 通説ですが



通説は ひとつの仮説でもあるのですから



敢えて 歴史のタイムカプセルに乗ってみたいと思います



その 暴論 に入る前に 土師氏 の祖神 と言われる



野見宿禰(のみのすくね) という 神様の謎に次回 触れてみましょう




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太宰府天満宮 境内





# by nonkei7332 | 2018-08-17 10:19 | 菅公・太宰府 | Comments(1)


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南福岡代表 沖学園高校 初勝利





夏の甲子園が 100回大会だと話題になっています



高校球児だった私が 夏の大会に臨んだのが



実は 1968 50回大会でした



県立の進学校だったので 部員数も 十数名しかおらず



一回戦敗退でしたが 夏の記憶は 鮮烈です



50回の記念大会だったからでしょうか



地方大会でも 平和台野球場での入場行進もありました。



今はなき 香椎球場 (香椎花園の駐車場付近) での試合でした



私には 二人の息子がいますが



親の心子知らず 彼らは 野球には眼もくれず



ひたすら サッカー やってくれました



『キャプテン翼』の前には



私が買ってあげた グラブもバットも 無用の長物と化したのでした





昭和から 平成 そして 新たな年号の未来へと



時の流れは 甲子園という 一つの〈 祭り 〉を繋いでいます



いくつかの 名シーンが 日本人の記憶として 残っていくのでしょう



何故なのか 子供達の 無心に白球を追う 姿に 涙します



それは 50年前の 私の中の センチメンタル ではないようです



この国に生まれたすべての人の中に眠る



魂の記憶 のように 私には 思えてなりません





日本人として 消したくても消せない 夏の日の 記憶



73年前 夏の記憶です



考えてみれば 2000年のこの国 歴史の中で



最も 穢れに満ちた 100年だったのかもしれません



私たちは 穢れを祓う 鎮魂の為の〈 祭り 〉を 絶やしてはいけません



遠い この 美しい 豊穣の国を築いてくれた



祖神 への 感謝 の〈 祈り 〉を 忘れてはいけないのです




100年目の夏



鎮魂の夏








# by nonkei7332 | 2018-08-07 08:29 | 日記 | Comments(1)

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空蝉の殻は木ごとにとどむれど たまのゆくへを見ぬぞかなしき


  古今集 448



〈通解〉


蝉のぬけがらは 木と共に残っているけど



魂はどこに行ったのかわからないのが 哀しい





写真は 蝉の脱け殻ではありません



地上に現れて 羽化 をするために 松の木に 登ってきたところです



おそらく 日が沈むと 羽化を始め



明日の朝には 蝉となって 飛んで行っているでしょう



そして その後には 空蝉が残っているでしょう




蝉は 卵から 孵化すると 地中に潜り 5年近く そこで生きています



やがて 地上に登ってきて 羽化して 成虫になるのですが



蝉となって 生きているのが 10日ぐらいなのです



その間 鳴き続けて 交尾して メスは 卵を産んで死んで生きます



オスの中には 交尾もできず そのまま 亡骸となるのが



4割ぐらい いるそうです




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ギラギラとした は何を考えているのでしょうか



残された 生への悦び なのでしょうか


どこか 緊張して 哀しい目をしているようにも思えます



上手く 羽化 できるだろうか



上手く 鳴けるだろうか



はたして 交尾の相手と巡り会えるだろうか



不安と 期待とが 交差した そんな まなざし です




最後の大勝負の決勝戦のまえにした 準決勝



そうです 《セミファイナル》なのです




鳴く蝉の命の限り鳴く声は 夏のみそらにひびき泌みけり


岡本かの子






# by nonkei7332 | 2018-07-23 12:47 | 日記 | Comments(0)