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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて


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有明の月の海 宮地浜
〈 空 そら sora 〉さんの ブログより




せっかくの 月見の季節なのに



博多の町は 秋雨 降ります



なんだか 一雨ごとに 寒くなりそうです




月齢 基礎 です



新月から始まり 満ちて 満月となり やがて 欠けていって



新月 に戻ると 1ヶ月 です



今日は 新月から 12番目の です



15番目 満月ですので 106日(金) まんまるお月さんです



一年の中で 一番 月がきれいだとされる日を〈中秋の名月〉といいます



一般に 〈十五夜お月さん〉と呼ばれていますが



だったら 6日の満月の日が その日だと思ってしまいそうですね



実は 旧暦の815 の事を 十五夜 と言いますので



今年は 104日(木) 中秋の名月 なんです



二番目に きれいなお月さんは 〈十三夜〉と言われています



旧暦の913 のことです 今年は 111日(水) です




月の名前は 毎日変わります 誰が付けたんでしょうね



三日月 上弦の月 など 月齢や が名前になったものがありますが



満月 からあとの 陰暦の 16日以後になると



夜が明けてからも まだ 西の空には 月が残っています



そんな 月を 有明の月 といいます





16日目



十六夜と書いて 〈いざよい〉と呼びます



いざよう とは ためらう 躊躇するという意味です



十五夜よりしばらく遅れて 月は 上る事から



月がためらっているように 見えたからでしょうか



17日目



立待月 (たちまちづき) と言います



日が沈んで 立ちながら待っていたら そんなにくたびれないうちに



月が上ってくるから そう 呼ばれています




18日目



居待月 (いまちづき) と言います



月の出を 立って待っていたら くたびれたので



座って待ったから そう呼ばれました




19日目



寝待月 (ねまちづき) と言います



月がなかなか出て来ないので その名の通り



寝ころんで 待ったから そう呼ばれました



20日目



更待月 (ふけまちづき)といいます



この頃になると 10時位になって やっと 月が上ります



夜がふけてようやく上ってくるので こう 呼ばれました





今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな


百人一首21 素性法師



: 『今から行くから』そう言ってくれた 貴方を



ずっと待っていたのに 貴方は来てくれません



九月の 有明の月 待つ事になってしまいました






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頑張って 萩餅 (おはぎ) を作りました



なのに お月様 は 出てくれません



天気予報 が 恨めしい 毎日です







by nonkei7332 | 2017-10-03 14:54 | | Comments(0)


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旧暦 を読むようになってから
月を読む ようになってから
ツクヨミに 惹かれてから

一年になりました


今日は 11月28日 ですが 旧暦でいうと 10月7日 です

〈月の出〉が 11時 41分
〈月の南中〉が 17時 21分
〈月の入り〉が 23時 07分
〈月齢〉が 5.6

「月齢」とは
月の満ち欠けの状態を知るための目安になる数字です
新月から何日経過したかを表していて
新月を0として 翌日が1 翌々日が 2 と 1日に1ずつ数を増やしていく
月齢の数値を見ることによって、月齢が7前後であれば上弦
15前後であれば満月 22前後であれば下弦
30に近い数字であれば次の新月が近いということを知ることができます
月齢の端数を四捨五入して1を足せば旧暦の日付とだいたい一致します

福岡では 天気が良ければ 夕方の 17時21分頃には 空の真上に
夕月(三日月〉が見えるでしょう



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《 夕月夜(ゆうづくよ) 心もしのに 白露 の 置くこの庭に こほろぎ鳴くも 》
万葉集 8巻1552

詠み人 : 湯原王(ゆはらのおおきみ) 天智天皇の皇子のひとり


訳 : 夕月夜に せつないほどに美しく 白露の降りた 庭の草木の陰で
こおろぎ が 鳴いています




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旧暦では 月の始まりは 『 新 月 』です
新月は「朔日」「大潮」とも呼ばれており 満月と同じで 太陽と月と地球が一直線になり
潮の満ち干を引き起こすような強力な 月の引力が 人間の体や精神にも なんらかの影響を与えます
新しい目標を立てたり 新しいことを始めるなら 新月の日が いいといいます

旧暦では 一年の始まりはというと 『 冬 至 』になります
1年のうちで 昼間が最も短いのが冬至です 新暦の12月22日か23日にあたります
太陽の力が最も 小さくなる日であるとともに
極限まで弱まった太陽のエネルギーがまるで復活するかのように
昼の長さが毎日どんどん長くなっていく スタートの日でもあるのです

このような太陽が復活するおめでたい日と 月が復活するおめでたい日がダブルで重なる日があります
その日を『 朔 旦 冬 至(さくたんとうじ)』といいます
「朔」は新月の意味「旦」は朝や夜明け つまり太陽が昇ってくるときという意味です
ところが新月から新月までの 月の満ち欠けひとめぐりのサイクルは29.5日なのに対して
冬至から冬至までのサイクルは365日と異なるため
両者が重なることは非常に少なく 19年に一度しかきません

その 19年に一度の目出度い 「朔旦冬至」が 今年の 12月22日 です




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壱岐の月讀神社




私ごとでは ありますが
19年後 〈2033年〉 つぎの 「朔旦冬至」に向けて
新たな スタートをきる日にしようと 決めています
不思議な事に
一つ前の 〈1995年〉 もう一つ前の 〈1976年〉の
「朔旦冬至」の年を 振り返ってみると
私を取り巻く環境が 大きく変わっていった
スタートの 年だったのです
(個人情報なので 詳しくは触れません)

誰にでも言える 大きな指標があります
達成できるかどうかはわかりません
でも 必ず 達成しなくてはいけない 指標です
目標(ゴール)ではありません

それは

『 2033年 までは 必ず 生きている ということです 』



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秋空に映える 紅き ブーゲンビレアの花


by nonkei7332 | 2014-11-28 12:10 | | Comments(0)

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十五夜は、一年で最も月が美しいとされる

次いで美しいのが 十三夜(旧暦の9月13日)

今年は 10月6日月曜 にあたる


実は 今年は暦の関係で、


171年ぶりに『 後(のち)の十三夜 』なるものが


11月5日に出現する


旧暦は約3年ごとに 閏月(うるうづき)を挿入して


暦を調整する仕組みで


今年の場合は 9月の後に 閏9月 が入る。


このため暦の上では9月13日が 2回 あることになる






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《 雲きえし 秋のなかばの空よりも 月は今宵ぞ 名におへりける 》

西行 / 山家集


(訳) : 十五日の月(秋のなかばの空) よりも

晩秋の十三夜の方が 名に相応しく素晴らしい




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ベランダに咲いた ブーゲンビリアの花





 
十三夜の月が


照らす海の道を


船の影が横切ってく


君の愛していた


鉢植えの花は


今年も綺麗に咲いたよ



( さだまさし / 十三夜 ) より



 


by nonkei7332 | 2014-10-04 14:59 | さだまさし | Comments(0)

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今日(8日)は 中秋の名月 である
名月だから まんまるお月さん と 思いきや
実は 今日の月は まんまるではない
何故かというと
旧暦の1ヶ月は 月の満ち欠けの周期で 平均すると29.4日となる
しかし、暦は1日単位で数えるから そこに 誤差ができ
満月と暦の上での「中秋の名月」に1〜2日のずれが生じてしまう
まんまるお月さん(満月)は 明日(9日)なのだ

話は変わるが
昔から お月さんで 『ウサギが餅をついている』と聞かされてきた
ほかにも 世界中には いくつかの 月影の伝承 があるが

宮古列島の 多良間島 には 月には
『天秤棒をかついだ 男がいる』
という話がある



太古の昔 月と太陽は夫婦だった
妻である 月の光は 夫の 太陽の光よりはるかに強く明るいものであった。
夫は羨望のあまり 夜歩む人間には目をくらますような光は不必要だという口実で
少し 光を自分に譲るよう しばしば 月に願ってみたが
しかし 妻は夫の願いを聞き入れなかった
そこで夫は 妻が外出した時に 急に後ろから忍び寄り
月を地上に突き落としてしまったのだ
盛装をしていた月はぬかるみに落ちてしまい全身 汚れてしまった。
この時 一人の農夫が水の入った二つの桶を天秤棒にさげて通りかかった
農夫は泥の中で必死にもがいている月の姿をみて 泥の中から出してやり
桶の水で綺麗に洗ってあげた
それから 月は蒼穹に上って世界を照らそうとしたが
この時以来 明るく輝ける光を失ってしまつた。
月はお礼として 農夫を月に招き この農夫は今もなお 月に留まっていて
満月の夜には 二つの天秤棒をさげて運ぶ姿が はっきりと見えるという



もうひとつ 中国から日本に伝わった 『桂男の話』という古い 伝承がある


西河出身の男は 姓は呉、名は剛といった
呉剛は 月に住む前には 天界を飛翔していたが 仙術を学んだ罪で 月にある
月宮殿という 大宮殿で 500丈(約1500メートル)もの高さの 桂木を
切り続ける 罰を受けていた
(斧をふるって桂に伐りつけると 伐るそばからその伐り口がふさがってしまう)
呉剛 を 桂男 といい 満月の夜には 桂男が斧をふるっている姿がみえるという



中国神話の桂(中国の桂は木犀のこと)は月に生えている木とされ
桂男は月の世界に住んでいる伝説上の男になっていく 日本では 物語や
歌のなかで かつらお と詠まれ やがては 神話の「月読命」と 「桂男」は
同一視 されるようになる

今日は 中秋の名月 だから 月の住人となった
〈天秤棒をかついだ農夫〉と〈桂男〉について 話をしぼってみる

京都祇園祭山鉾のひとつに月鉾 』がある(下の写真)
《 月鉾の由来 = 月鉾は、文献によりますと、応仁の乱以前よりあり、
その昔は「 桂男鉾 」と呼ばれていました、鉾頭に“新月”をいただき、
天王座には“月読尊”を祀っていることから、
その後“月鉾”と呼ばれるようになりました 》


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じつは 京都には残っていなかった 「桂男鉾」が
徳島県の 「 宍喰祇園祭の大山鉾 」
いにしえの面影を残している事を知った(下の写真)


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ちまたで言われる 美男子の桂男というより
色黒の厳めしい 海人の風貌である
天秤棒を前後に担いでいる その姿は
海神 安曇磯良が 潮盈珠・潮乾珠 の二つの珠を担いでいる姿に見えるといえば
私の妄想になるのだろうか

〈桂男〉〈秦氏〉〈月読命〉〈安曇磯良〉
この流れに 〈少彦名命〉が繋がれば かぜん 面白くなるのだが ⁉︎

いい天気です
今夜はいい月が 見れそうですね
お月見のお団子 どうしよう 😦



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by nonkei7332 | 2014-09-08 14:23 | | Comments(0)


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〈 天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ 〉
(万葉集七巻:1068)

歌聖(柿本人麻呂)の歌です
「天を詠む」と題詞にあるので 空 を詠んだ歌です

[ 海のように 広い空に雲が波立ち、月の舟が
星の林に 見え隠れしながら 漂っているのが見えます ]


私が見た 朝の海(磯良の海)は
青空が海に映り まるで 天の海 でした
波模様が 沙漠の風紋のように拡がり
月の舟は
波の(雲の)切れ間に見え隠れしながら
どこかに 行ってしまったのでしょうか
まるで「月の沙漠」の唄が
聞こえてきそうな 景色の中を
私の魂は 「 月 読 」に 繋がっていきました



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「 月の沙漠 」
 
 月の沙漠を はるばると 旅の駱駝 (らくだ)が 行きました
 金と銀との 鞍 (くら)置いて 二つならんで 行きました

 金の鞍には 銀の甕(かめ) 銀の鞍には 金の甕(かめ)
 二つの甕は それぞれに 紐(ひも)で結んで ありました

 先の鞍には 王子さま 後の鞍には お姫さま
 乗った二人は おそろいの 白い上着を 着てました

 広い沙漠を ひとすじに 二人はどこへ 行くのでしょう
 朧(おぼろ)にけぶる 月の夜を 対の駱駝は とぼとぼと

  砂丘を 越えて 行きました
  黙って 越えて 行きました




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遠い古(いにしえ)の海を
はるばると越えてやってきた
王子と姫の物語も
「 月 読 」は 見守っていたのでしょう

明日は
満月です。








by nonkei7332 | 2014-07-11 12:00 | | Comments(2)


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最近 気になる 神様といえば
『お月様』こと
月読命(つきよみのみこと)ツキヨミ である
『古事記』では
イザナギが黄泉国から逃げ帰って禊ぎをした時に
右目から生まれたのが ツキヨミで
左の目から生まれたのがアマテラス
鼻から生まれたのがスサノオで
共に重大な三神(三柱の貴子)といわれている
ところが 神話の世界をよくよく見てみると
ツキヨミは
アマテラスやスサノオのように
華々しい 活躍をすることもないのだ
いわゆる 主役ではないのだ
神社の数も驚くほど少ない
アマテラスやスサノオを祀る神社は数万も数十万もあるのに
ツキヨミを祀った神社はわずか 八十社しかない
どう考えても 何かがおかしい

あちらこちらに見え隠れするが
決して表舞台には現れてはこない ツキヨミ
神の世界の裏社会をしきる
ゴットファーザーみたいな 不気味な力を持った存在なのだ

月の満ち欠けや運行をみながら
古人は暦を作った
いにしえの世から 人々は 月を読みながら 季節を知っては農作物を作り
月を読みながら 潮の満ち干を知っては 海に漕ぎ出していったのだろう
まさしく ツキヨミ は神そのものだ

童謡に 『海』という歌がある

〈 海は広いな 大きいな 月がのぼるし 陽がしずむ 〉
〈 海にお舟を浮かばせて 行ってみたいな よその国 〉

目を閉じて 遠い記憶をたどれば 見えてくる
いにしえの 磯良の海
私の中に 神様がいて もしそれに 順列があるとすれば
やっぱり 歌のとおり になるのかな

一番は 海(海神)
二番は 月(ツキヨミ)
三番は 陽(アマテラス)

今日は 旧暦の四月二十三日

今日は 二十四節句の 『小満』
【 陽気が良くなって 万物が次第に長じて天地に満ち始めることから
小満と言われます ようやく暑さも加わり 麦の穂が育ち
山野の草木が実をつけ始め 紅花が盛んに咲き乱れます
梅の実がなり 西日本では 走り梅雨がみられる頃
田植えの準備を始める頃でもあります 】

今日は 下弦の月 (二十二日月 )
陰暦で毎月22~23日に出る月で明け方に見える半月。
ちょうど日の出時に南中し、弦を下にして沈むので、
下弦と呼ばれる

新月まで あと八日だ。



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by nonkei7332 | 2014-05-21 10:12 | | Comments(0)

by ヒサミツ