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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて



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〈山峡飛雪〉 東山魁夷




父の夢を見ました


寡黙な父が ブツブツと独り言を言いながら


畑の土を 撫でていました


芋を掘るわけでもなく


種を蒔いているわけでもないのです




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〈白い朝〉 東山魁夷




『 ところで 父さん 幾つになったの 』


『 父親の年もわからないほど 頭が回らんのか バカチンガ 』


『 生きていりゃ 105歳 だなぁ 』


『 そういう お前は 幾つになった 』


『 ・・・・』


『 父さん そっちは 寂しくないか 』



『 〈二十億光年の孤独〉とか言って くしゃみしていた 詩人がいたろ 』


『 ・・・・』


『 そいつに比べりゃ 〈百年の孤独〉なんて まだ ちょろいもんさ 』




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〈冬華〉 東山魁夷



畑の傍らには 欠けた皿があって



何かが 動いていました


それは ミミズ でした


父は ミミズを探していたのです


きっと 釣りにいく準備をしていたのでしょうか


嬉しそうな 顔をして


風花の舞う 冬の空を ながめていました






「二十億光年の孤独」・・・谷川俊太郎 (第一詩集)





by nonkei7332 | 2016-12-13 09:56 | | Comments(0)


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久しぶりに 夢の話をしましょうか

韓国の友人から

『胎夢』(てもん) という夢の話を聞いた事があります

韓国では 女性が妊娠すると その本人だけでなく 家族も

予知夢 をみるといわれています夢に出てくる 動物や食べ物で

生まれてくる 子供の性別や将来がわかるといいます

韓流ドラマには よく 『夢を買う』という場面が出てきます

夢は 韓国では 売買の対象なんです

誰かが いい夢を見たとすると その夢を買うと言って

夢を見た人に 夢を買った人がご馳走をするといいます

お隣の国には 夢の話が一杯なんですね




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「明恵上人樹上坐禅像」一部





先日は 『京都 高山寺と明恵上人 – 特別公開 鳥獣戯画』

に行ってきました

前回は 鳥獣戯画 の話をしましたが 実は 本当に見たかったのは

高山寺 に残る 明恵上人 の真筆 の 数々 でした

『 明 恵 』(みょうえ) (1173~1232)

という 僧侶は 鎌倉時代の 人です

法然や道元や親鸞や日蓮といった メジャーな 教祖達とは違って

教科書には 出てこない ですが

いろんな意味で 異彩を放った 華厳密教の名僧です

私は ある理由で この人を知っていました

そのある理由とは 19歳から 亡くなる 60歳 まで

《夢の日記》を 書き続けた人だという事でした

おそらく 古今東西 こんな人は 滅多にいるもんじゃありません

明恵が 書き遺した 日記を 『 夢 記 』(ゆめのき)といいます

この 明恵筆による「夢記」実は 福岡市美術館に 一部 所蔵されていて

以前 常設展で 見た事があります (福岡市美術館 現在休館中)

今回は 高山寺に 所蔵されている「夢記」も 公開されていました



実は 私も 少年の頃から 《夢の日記》を書いていました

その事を ブログの記事で書いた事がありました

( 2014年3月31日 「飛ぶ夢はしばらく見ない」)

夢は 私たちの 内側にある 時空を超えた 大いなる 魂の記憶です

日々の生活に何が起きているのか

直面する問題には どう対処すればいいのか

夢は 多くの情報を 私たちにもたらしてくれます



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河合隼雄 さん


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心理学者の 河合隼雄 (かわいはやお)(1928〜2007)は

名著 「明恵 夢に生きる」

明恵の残した 夢記を 見事に 分析するだけでなく

明恵の生い立ちから 亡くなるまでの間の 生き様を 見事に

私たちに 披露してくれました




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白洲正子 さん



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もう一人 明恵 に はまった 文化人がいました

随筆家の 白州正子 (しらすまさこ) (1910〜1998) です

著書 「明恵上人」の中で 明恵にまつわる 名言を残しています



『 明恵の夢は 夢ではない、覚めている時の生活の延長であり、

そういう意味では、やはり過去の記憶と呼べるかもしれません。

ただ、心理学者と違う所は、彼の夢は生きていることです。

研究の材料ではなく、信仰を深めるための原動力なのであって、

夢と日常の生活が、不思議な形でまじり合い、からみ合って行く様は

複雑な唐傘文様でも見るようです。』



明恵にとって 信仰の原点は 釈迦への回帰でした

インド行きを二度も計画するのですが

夢の中に 春日明神が出てきて 渡航を止めるように諭したとか

住吉大明神が出てきたりもします

同じ時代の 日蓮も 八幡大菩薩 や 天照大神 を取り込みますが

神仏習合した 鎌倉仏教の特異性は 興味深い テーマです

明恵は 日蓮と同じように 後年 他力本願だと 念仏信仰を非難します

華厳経を依教とした 明恵 に対して 法華経を依教にした 日蓮

二人の 高僧 の比較も私には 面白い テーマです



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明恵上人 は 歌人としても 有名です

とくに 月 を詠んだ歌が多くあり

「月の歌人」ともいわれました

代表作 が 赤い月を詠んだ この歌です


《 あかあかやあかあかあかやあかあかや あかあかあかやあかあかや月 》






by nonkei7332 | 2016-10-29 11:33 | | Comments(0)



夢 の 話 を ふたつ してみましょう。

ただ 私がみた 夢の話では ありません。



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ひとつは


《 夏 目 漱 石 》が自分が見た夢を

十話 綴った『 夢十話 』という 短編小説 の 話。

最近 「夢幻能」の演目をたくさん 読んでいたせいだろうか

一話ごとに 能の舞台を重ねながら 追体験して


みながら 二三度 読んで 遊んでみたが かなり 面白かった

特に 《 一話 》と 《 三話 》には 共通するテーマがある




《 第一夜 》 【 あらすじ 】


『 こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐っていると、

仰向に寝た女が静かな声でもう死にますと云う‥‥‥』


死を看取った女に

「百年経ったら 会いにくるから 待っていて」


と自分は頼まれる。

女の墓の横で待ち始めた自分は、

赤い日が東から昇り、西へ沈むのを何度も見る。

そのうちに女に騙されたのではないかと自分は疑い始める。

その自分の前に、一輪の真白な百合が 咲くのを見る

いつの間にか百年が過ぎていた。




《 第三夜 》 【 あらすじ 】


『 こんな夢を見た。六つになる子供を負ってる。


たしかに自分の子である。…』


田圃道を子供をおぶって歩いている。

子供は盲目である。

あぜ道を行くうち、子供は周囲の状況を次々と当て始め、

恐ろしくなった自分は子供を放り出して逃げることを考える。

道はいつしか山道へと入り、


やがて一本の杉の木の前に辿りついた。

子供が言う、

「 御前が ここで おれを殺したのは

今からちょうど百年前の文化五年の辰年だったね 」

その言葉を聞いて 自分は かつて 一人の盲目を殺した

人殺しだったのかと気がついた

すると 背中の子が 急に石地蔵のように重くなった。



共通のテーマは 「百年」である


二つとも 幻想的で 怪奇的な 話だが

第三話に出てくる (文化五年) は1809年

漱石がこの短編集を書いた1909年 の 百年前になる そして

第一話の夢を見たのが


この短編集を書いた 1909年 だとすれば

百年を過ぎた 今 あの百合の花は

今日 この時間 何処かに咲いていてもおかしくない

百年の 過去と未来を 夢の中で 逍遥する 漱石 は

百年後の 今の世の中に いったい 何を見ていたのだろうか。






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もうひとつの夢の話は

今から 25年前 漱石の 「 夢十話 」をモチーフにして

《 黒 澤 明 》 『 夢 』という 日米合作の映画をつくった 話。

この映画 八つの話がオムニバス形式になっていて

八つの話は 黒澤明がみた 夢 が元になっているという

その中のひとつに『 赤富士 』という夢の話がある





《 赤冨士 》 【 あらすじ 】


大音響と紅蓮に染まった空の下、大勢の人々が逃げ惑っている。

私は何があったのかわからない。

足下では、疲れ切った女性と子供が座り込んで泣いている。

原子力発電所が爆発したという。

愕然として見れば、赤く染まった富士山が大噴火を起こしている。

赤い色は、新技術で致死性の放射性物質を、

目で見えるようにしたものだった。

発電所の責任者や、着色技術を開発した科学者が絶望して自殺した後も、

私は押し寄せる赤い霧を必死に素手で払いのけ続けた…。



黒澤 が見た夢ほど 怖い夢はない

この映画 公開されたのが 1990年

そして 2011年 東日本大震災での 福島原発事故。

今年の 御嶽山噴火。

決して繋がってはいけない

繋がってしまった 夢 がそこには あるからだ。


私は 夢幻能の世界で

『 異界 』と 『 現在 』を 繋ぐ 『 ワキ 』なる存在があることを知った

漱石 も 黒澤 も ワキ人 として

夢の向こうにある 異界の扉を 開けてくれたのだろう




《 遠くのもの 》を 祈ろう


100年 いや 1000年 遠ければ 遠い ほど


その 祈りは 深く 拡がっていくはずだ







by nonkei7332 | 2014-11-22 22:58 | | Comments(0)


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冬隣 とでも言うのでしょうか

急に 寒くなりました

こんな時は ユックリ 湯に浸かり暖かい羽毛に包まれて

夢幻 の 世界で遊ぶにかぎるのですが

《 能 》の本をみていたら

『 邯鄲 』という 夢幻能 の演目がありました

中国の唐時代の伝奇小説「 枕中記 」からの説話です




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邯鄲面




《 邯鄲(かんたん) の枕 》


昔、中国の蜀という国に、盧生(ろせい) という男が住んでいました。

彼は、日々ただ漠然と暮らしていたのですが、

あるとき、楚の国の 羊飛山に偉いお坊さんがいると聞き

どう生きるべきか尋ねてみようと 思い立ち、旅に出ます。

羊飛山への道すがら、盧生 は 邯鄲 という町で 宿を取りました

その宿で 女主人に勧められて 粟のご飯が炊ける までの間

「邯鄲の枕」という不思議な枕で一眠りすることにしました。

邯鄲の枕は以前、女主人がある仙術使いから貰ったもので、

未来につ いて悟りを得られるという いわくつきの枕でした。

さて、盧生が寝ていると、誰かが呼びに来ました。

それは楚の国の 皇帝の勅使で、

盧生に帝位を譲るために遣わされたと言うのです。

盧生は思いがけない申し出に不審がりながらも、玉の輿に乗り、

宮殿へ 行きました。

その宮殿の様子と言ったら、壮大で豪華絢爛、

驚くほど 素晴らしく、

極楽か天宮かと思われるほどでした

盧生が皇帝になって栄華をほしいままにし、

五十年が過ぎました

宮殿では、在位五十年の祝宴が催されます

寿命を長らえる酒が献上 され、舞人が祝賀の舞を舞うと、

盧生も興にのり、みずから舞い始め ました。

すると昼夜、春夏秋冬が目まぐるしく移り変わる様子が眼前 に展開され、

盧生が面白く楽しんでいると、

やがて途切れ途切れにな り、一切が消え失せます。

気づけば宿の女主人が、粟ご飯が炊けたと 起こしに来ていて、

盧生は目覚めます。

皇帝在位五十年は夢の中の出来事だったのです。

五十年の栄華も一睡の夢であり、

粟ご飯が炊ける間の一炊の夢で した。

盧生はそこでこの世はすべて

夢のようにはかないものだという 悟りを得ます。

そしてこの邯鄲の枕こそ、自分の求めていた人生の師 であったと感謝して、

望みをかなえて帰途につくのでした。






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世阿弥像



《 秘すれば花なり 秘せずば花なるべからず 》

世阿弥 の言葉


夢幻能の世界を大成させた 世阿弥 にとって

「花」こそが

生涯を賭けて追及した 美学 でした

永享6年(1434年)72歳の 世阿弥 は

突然、都からの追放を言い渡され

その後 81歳で 配流の地 佐渡 で

「花追い人」と呼ばれた

波乱な生涯をとじます



同じ頃 永享9年 (1437年)

京都 四条に住む

若き 木偶師 小堀甚左衛門正直 は

博多 櫛田神社に 招聘され

京都から 博多へと 下向します


二人とも

〈 筑紫傀儡の民 〉の末裔 だったのでしょうか






by nonkei7332 | 2014-11-14 18:19 | | Comments(0)

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アサキマダラ





《 胡蝶の夢 》とは

中国の戦国時代

道教の始祖とされる人物の 荘子(荘周) の 説話である



昔の話だが

わたし 荘周は 夢の中で 胡蝶 となった

喜々として 胡蝶になりきっていた

自分でも楽しくて 心ゆくばかりに

ひらひらと舞っていた

荘周であることは 全く念頭になかった

はっと目が覚めると

これはしたり、荘周ではないか

ところで 荘周である私が 夢の中で胡蝶となったのか

自分は実は胡蝶であって いま夢を見て荘周となっているのか

いずれが本当か私にはわからない

荘周と胡蝶とには確かに 形の上では区別があるはずだ

しかし 主体としての自分には変わりは無く

これが 物の変化 というものである




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《 蝶の夢をみた 青い蝶になって 海を渡っていた 》



夢を見た前日に

藤袴の花に集まる アサキマダラ の写真を見て

すっかり魅了されていたからにちがいない

アサキマダラ は

2011年10月10日に 和歌山県から放たれて

83日後に 約2,500 km 離れた

香港で捕獲されたというから 驚きだ

さっそく「夢」のシンボル辞典を開いて

「青い蝶」を調べて見た


( 青い色は精神性 霊性を表す )

( 蝶は 今までより高度な表現形式への生まれ変わり。

エネルギーの変化。

その美しさは、あらゆる浮き沈みを経験してきたので、

成長過程に信頼を置いたことから表れました。

新しい気づきに勝利したことを表しています。)


不思議な夢には 違いなかった



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月から見た 地球




不思議といえば

知人のブログにこんな 凄い 記事をみつけた



今 私たちは地球という星に

壮大な魔法をかけて 遊びに来た 仲間なんだろうなと

夜空をみながら思いました

〈地球ツアー〉

存分に楽しみましょうね


〈地球ツアー〉をしている 私達と

そんな 夢想 をしている 私達は

はたして どちらが ほんとの 私達なのだろうか?



月明かりの海を 青い蝶 になって

胡の国へ飛んでいく 私の夢は はてしなく 拡がる






by nonkei7332 | 2014-10-19 08:16 | | Comments(2)

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満月の夜

大きな 火柱と 空に浮かんだ 大きな鳥の夢をみた

生活の何処かが 急に変化するという 暗示だと


夢の向こうにある 異次元の空間に

ほんとうの 私がいる

今 ここにいる私は その影

日常は いくつかのこの世での課題をクリアする為の

レッスンであって 教室なのだと

〈夢の本〉は教えてくれた


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探しものは 何ですか

見つけにくいものですか

カバンの中も つくえの中も

探したけれど 見つからないのに

まだまだ 探す気ですか

それより 僕と踊りませんか

夢の中へ 夢の中へ

行ってみたいと思いませんか

ウーウー ウーウー
ウーウー サア



〈夢の中へ〉 何度も歌ってきた

井上陽水のこの歌が

全く違う歌に 聞こえてくる


そういえば

何十年もの間

仕事の中に

探しものを見つけようとしてきた 私だったが

〈カバン〉の中には 何も無かった


何十年もの間

たくさんの本の中に

探しものを見つけようとしてきた 私だったが

〈机〉の中には 何も無かった


探しものは 見つかりましたか

まだまだ 探す気なら

どうしても見つけたいのなら

夢の中へ いってみると

見つかるかもしれないよ


そんな歌だったのだ



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ゆりかごの 夢に

黄色い月 が かかるよ

ねんねこ ねんねこ ねんねこよ



〈 月 読 〉の女神が

やさしく 教えてくれた






by nonkei7332 | 2014-06-17 09:36 | | Comments(0)



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『 飛ぶ夢をしばらく見ない』

脚本家の 山田太一 さん が本格的に小説を書いた第一作として

二作目の〈山本周五郎賞〉を授賞した『異人たちとの夏』や

三作目の『遠くの声を探して』と合わして

山田太一のファンタジー三部作として良く読まれている小説だ

夢という異次元空間への旅 そんな内容だったと思う






問題は 〈飛ぶ夢〉そう 空を飛ぶ夢の話をしようと思う


人は 夢を見る

私も人並みに夢をみるのだが

少年の頃の私は枕元にノートとペンを置いて

毎朝 夢の日記をつけているような

夢 大好き少年の変わった子供だった

じつはその頃から 空を飛ぶ夢を それも頻繁に見ていた

あのスーパーマンのように地面を蹴って空を飛んだり

宙に浮かんで 空を泳いだり あるときは自分だけではなく

人と手を握って 一緒に空を飛ぶ事もできる

実に爽快で不思議な夢をみることの出来る少年だった


ある日の事

私は夢が覚めないまま ランドセルを背負って

田んぼの畦道を歩いていた

不意に 走り始めた私は 大空に向かって 地面を蹴ったのだ

その瞬間 夢が覚めた

私の頬は 嫌という程 大地とキスをした

学校の保健室の先生が

「何をしていたの?」と聞かれた

「空を飛ぼうと思って でも 飛べなくて・・」というと

先生は 笑いころげていたが

私は 恥ずかしさと悲しさで 失意の底にいた



誰でもそんな夢を見るんだと思って 

何人かの友達に聞いてみたが

変人みたいに思われてからは 

それ以来 飛ぶ夢のことは 人に話すことは止めた

それでも 長い間 飛ぶ夢は見続けていた



ある日 画家の シャガール の絵を見た

彼の絵の多くは 空を飛んでいる絵ばかりだったのだ

シャガールも おそらく 飛ぶ夢を見ていたんだろうと思った

山田太一の小説もみんな読んだが 彼もまた

飛ぶ夢を見ていたにちがいない

どうやら 変人は 私だけでは ないのだと

密かに思っていた


2010年12月31日

なんの 祟り だったのだろうか

私の頭の中で 思いもしない 大津波が起こり

私の左手と左足の動きをとめた

風花が舞う 街の中を 救急車に揺られながら

私は間違いなくあの空を飛ぶ夢を見ていた


あの日から 三年の月日がすぎた


不思議だが あの日から

・・〈飛ぶ夢をしばらくみない〉


はたして 変人を 卒業したのか

それとも 大事なものを 無くしてしまったのかは

私にも わからない。




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by nonkei7332 | 2014-03-31 17:57 | | Comments(0)