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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

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白い花束 を あなたに贈ります

散歩をしながら 写した 白い花達を

YouTube にまとめてみました

BGM は 私の 大好きな歌


マイクロジャクソン の 《SMILE》です








《 SMILE 》


Smile though your heart is aching

Smile even though it’s breaking

When there are clouds in the sky, you’ll get by

If you smile through your fear and sorrow

Smile and maybe tomorrow

You’ll see the sun come shining through for you


Light up your face with gladness

Hide every trace of sadness

Although a tear may be ever so near

That’s the time you must keep on trying


Smile, what's the use of crying?

You'll find that life is still worthwhile

If you just smile



微笑んでごらん たとえ 心が 病んでも

微笑んでごらん たとえ 心が ひきさかれても

たとえ 空が雲に覆われていても

大丈夫 きみなら越えられる

微笑んでごらん 悲しくても 怖くても

微笑んでごらん 明日にはきっと

君のために また太陽が輝きだすから

 
今ある喜びで 笑顔を 輝かせてごらん

全ての 悲しみの跡も 消えてしまうから

涙が 近くに 迫ってきたら

そんな時こそ がんばるんだよ


微笑んでごらん 涙にくれそうな時でも

人生 まだまだ 捨てたもんじゃないと わかるから

君が微笑みを忘れないなら






by nonkei7332 | 2017-02-24 10:30 | | Comments(0)




アイヌ 文化財団




なにを ないているの


この はなしが ききたくて

ないて いるのなら

きかせて あげましょう


それはね


くものそらを

とおりぬけて

ほしのそらを

とおりぬけて


その むこうの

ほんとうのそらを

とおりぬけて


きれいな おがわが

ながれる けしきが

ずうっと ひろがって


かわを のぼれば


かたほうには

ぎんの カシワのはやし

ぎんの ヨモギのはら

ぎんの いしが

あるのです


かたほうには

きんの ナラのはやし

きんの ヨモギのはら

きんの いしが

あるのです


あたり いちめんが

ぴかぴかと ひかっていて


かわを さかのぼって

もっと ずうっと いく と


きんの いえ

おおきな いえが たっている


いえの かたほうには

あれた そらの えが

かかれて いて


いえの かたほうには

はれた そらの えが

かかれていて


その いえに

いのちを つくる かみさまが


60の ゆりかごを

かみざに つるし

60の ゆりかごを

しもざに つるし


かみざの ほうに

ふりむいては

60の ゆりかごを

いっせいに ゆらす


しもざの ほうに

ふりむいては

60の ゆりかごを

いっせいに ゆらす


そうすると

その あかちゃんたちが

なく こえが


この せかいに

せかいの うえに

ふってきて

そこから うまれるのが

ねむり というもの なのです


あなたは それを ききたくて

ないて いるのだから


わたしが きかせて あげるのですよ





アイヌの 『 60のゆりかご 』という 子守唄です

ゆりかごを揺らしていた 天空の女神は

ラマッカラカムイ(魂を司る神) といいます

〈ラマッ〉とは 霊魂のことです

この世界に誕生する前の人間の霊魂は

天界のラマッカラカムイ の元にあって

そこで諸々の活動に必要な霊魂をそろえて

成形された後に地上に降りてくるとされます


ラマッカラカムイ は

白山菊理媛 (水天宮) みたいです

目をつぶって聴いていると

母の子守唄

遠い記憶が蘇ってきます










by nonkei7332 | 2017-02-23 13:05 | 日記 | Comments(0)


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「人生フルーツ」公式サイト より





ブログ仲間の ぬのきち さんが

『人生フルーツ』という


話題の映画の記事を書かれていました

私は 始めて聞いた映画だったので ネットで調べてみると

素敵な 老夫婦のドキュメンタリー映画でした

テレビ用に作られた番組だったようですが 劇場版に変えたそうで

全国のミニシアターを中心に 静かなブームになっているそうです


津端修一さん90歳、英子さん87歳

〈 風と雑木林と建築家夫婦の物語 〉と題されていました








修一さんは

2015年6月2日 畑の草むしりをされた後

昼寝に行かれたまま起きられることはなかったそうです

残念なことに 予告編しか見てませんので

うまく 感想を記事にできませんが

英子さんの 可愛い笑顔と 修一さんの言葉が印象的でした

『 彼女は 僕にとって 最高のガールフレンド 』

必ず 見てみたい映画ですね



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こんな 私にも ガールフレンド がいます

もう 何年になるのでしょうか はっきりとした 期間はわかりません

毎朝 いつもの 時刻に 赤い自転車に乗って その娘はあらわれます

『おはよう いい天気だね 今日も仕事 頑張ってね』と僕が言うと

『はーい 頑張りまーす』と 大きな元気な声が返ってきます

雨の日も 暑い日も 雪の日も 彼女との 短い会話は 続いています

『近くに住んでいるの』と 聞いたことがありました

『 最近 一人住まい始めたんです たいへんです 』返事が返ってきました

彼女に関して 僕が知っていることといえば その事だけ

どんな仕事をしているのかも いくつになるのかも 知りません

ましてや 名前も 知りません

ただ はっきりしていることは

彼女が 朝起きて 最初に声をかける相手が 私だということ

(ひょとすると 違うかもしれないけど) です

2、3日 顔を見ないと 風邪でも引いたかなと心配している 私がいます

私が 怪我して入院した時などは かなり 心配してくれたようでした

14日の朝 『これ 食べてください』と言って

僕の手に チョコレート を置いてくれました

彼女の背中に ありがとうね と 声をかけました

僕の 名前も知らない かわいい ガールフレンドの話でした。







by nonkei7332 | 2017-02-16 10:50 | 日記 | Comments(2)


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安 田 勝 竜 (やすだ しょうりゅう)


1980年生まれ 福岡県直方市出身

3歳の頃より 祖母に 民謡 と 三味線を習う

17歳で 津軽三味線 と出会い

その後 澤田流 家元 澤田勝秋氏 に 師事

神技ともいえる太棹三味線 の ばちさばき と

澄んだ声で 歌う 民謡とで 福岡 を 中心に 多くの ファンをもつ

現在は 作曲で 独自の曲作りにも挑戦

ピアノ や バイオリン などの 和洋混合の ユニットグループ

《 95 strings 》を 立ち上げ その 演奏は 必見で

新たな 音楽シーン の 創作者 として

近年 注目を浴びている 若手音楽家の一人です





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95 strings (キュウゴストリングス)


離島の小中学生に楽しい音楽に触れてもらいたいとの想いから

企画された離島公演で出会った 3人の演奏家

太棹三味線 の 安田勝竜

ヴァイオリン の 藤松純子

ピアノ の 夏川由紀乃

によって結成されました

その名の由来は、三味線の弦の数の 3 ヴァイオリンの弦の数の 4

ピアノの鍵盤の数の 88 これを合わせた数の『95』

『95』を『キュウゴ(救護)』と読むことで、

人の心の支えになりうる音楽を共に目指しているそうです

力強さと繊細さを兼ね備えた三味線の音色、

華やかさと憂いとをあわせもつヴァイオリン、

そして優しく時に大胆なピアノとで、

独自の世界を自由に歌いあげています

クラシックからポピュラーまでジャンルを問わず、

現在、ライブ ディナーショー コンサート の他に

九州各地の学校公演にも力を入れています


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行きつけの 居酒屋 で よく会う 若者がいました

カウンターの隣に座って 何度か話を聞くうちに

彼が 私の息子と同じ歳の 1980年生まれであること

お店では みんなから 師匠 と呼ばれていた理由が

三味線演奏を生業とする 音楽家 だという事を知りました

程なくして お店の常連客だけを 対象にした

ミニコンサートが お店のはからいで おこなわれました

三味線演奏は テレビなんかで 聞いた事はあるのですが

生演奏は 初めてですし それも 狭いお店です

彼と私の距離は 2メートル という近さでした

彼のジャンルは いわゆる 津軽三味線 といわれる 太棹三味線です

有名な 津軽三味線の定番曲 である

『津軽じょんから節』『津軽よされ節』を 続けて弾いてくれました

震えがくるほどの迫力で しばらくの間 興奮状態でした

それから その興奮を 癒すように 弾き語りで

博多民謡『黒田節』を歌ってくれました

透き通った それでいて 深みのある 綺麗な声でした

アンコール で 熊本 の 『田原坂』


みんなで 〈シャカホイ シャカホイ〉の合いの手を入れました



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昨年6月に完成した 東区千早の 〈なみきスクエア〉の

オープンセレモニー を始め 地域行事などにも 95strings として

積極的に参加 しています

3月11日 には 大野城市まどかぴあ での ティータイムコンサートです

後わずか チケット あるみたいです お好きな方は 急いで下さい


そんな中 私の住む町の公民館での 高齢者サロンにも

3月 勝竜君 は 来てくれます

小さな会場ですが おばあちゃん大好きな 勝竜君

3strings ですが どんな パフォーマンスを見せてくれるのか

今から 楽しみにしています


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北九州の イベントにて







安田勝竜 及び 95strings のイベント情報は
定期的に 記事にして 紹介していきます









by nonkei7332 | 2017-02-06 14:45 | 日記 | Comments(0)


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福寿草




遊ぶものは神である。

神のみが、遊ぶことができた。

遊は絶対の自由と、ゆたかな想像の世界である。

それは神の世界に外ならない。

この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。

神とともにというよりも、神によりてというべきかもしれない。

祝祭においてのみ許される荘厳の虚偽と、秩序をこえた狂気とは、

神に近づき、神とともにあることの証しであり、

またその限られた場における祭祀者の特権である


遊とは動くことである。

常には 動かざるものが 動くときに、

はじめて遊は意味的な行為となる。

動かざるものは神である。


白川静著『文字逍遙』より




久しぶりの 雨の朝になった

遊び心を 雪にまで 凍らせてくれるのなら

子供達の目覚めは もっと 神に近づいただろうに

微睡みの中で 香り強き 蕗の芽は 土に潜り

時雨の 浜では 男達の 千垢離 の白装束に

祈りは 熱く凍りついていく

〈動かざるものは 神 なのか〉

今朝の儀式に


一月の空は あまりにも 闇すぎるのだ

昨日までの あの 煌びやかな

〈かそのあかとき〉も 〈たそのくれとき〉も

白き神 の降臨を 寿ぐ 予感だと信じていたのは

私一人 だけだったのだろうか

睦月 の 空に

《動かざるものは 神なのか》










一月に写した空を (You Tube) に 集めてみました
Music
〈The Shadow of Your Smile〉
By : Kenny・G







by nonkei7332 | 2017-01-20 10:18 | 日記 | Comments(0)


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この冬 一番の寒気だといいます

穏やかな 年明けだったんですけどね

毎朝 子供達の 交通誘導 のボランティアを始めて

四度目の冬を迎えています

夏の暑さと 冬の寒さ どちらが辛いかといえば やはり 冬です

風の強い 氷点下の路上に 一時間も立ち尽くすと 骨の髄まで 凍ります

そんな日は 戻ってから 沸かしておいた 風呂にユックリ 浸かります


辛い事もありますが

ここまで 続けてこれた訳は 150人の笑顔です

毎朝 およそ150名の人達に

「おはようございます」と 大きな声で 朝の挨拶をします

小学生 幼稚園児 が 120人 あとは 通勤でお会いする 地域の人たち30人

最初は 返事なしの一方通行も多かったのですが

今では 笑顔付きの 返事が返ってきます

子供達も 4年間も 毎朝みているので

その変化や 成長ぶりがよくわかります

気がついたことは 先生達とも情報は共有します

子供達の名前を ほぼ 全員知っている事は

私の 微かな 誇りでもあります



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嬉しいことに 去年の夏に立ち上げた

子供達の居場所作りの ボランティアも

半年経って 地域の皆さんの協力で 軌道に乗りました



今朝 校長先生から

『 26日は 4年生の 《1/2 成人式》なので 』


と 誘いをうけました

今の 4年生は 1年生の頃から知っている子供達なので

私 にとっても 思い入れも 強い子供達ばかりです

どんな 顔をして この日を迎えるのか 今から楽しみです

この子達 が いてくれたから


今の元気な私がいると言っても 過言ではありません

10歳 の この子達が 20歳の成人式を迎えるまでは

私も この場所に立っていたいと 密かに 思っています



《1/2の成人式》その日 10才になった 君たちに

私は 心の中で こう 伝えます


『 65歳 の ありがとう 』











by nonkei7332 | 2017-01-11 20:17 | 日記 | Comments(2)


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白山連峰




NHKBSプレミアム

『 八百万の神がすむ山河~村治佳織・白洲正子祈りの道を往く』

(初回放送:2011年)の再放送を見ました


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白洲正子



白洲正子 (しらすまさこ)

1910-1998 昭和・平成時代の随筆家

明治43年1月7日生まれ。伯爵樺山愛輔の次女。

夫は 吉田茂の側近で活躍した 白洲次郎。

女人禁制の能舞台に演者としてはじめてたつ。

昭和18年「お能」を刊行し

「能面」「かくれ里」で 読売文学賞を二度受賞

古美術 古典文学 紀行 など 幅広い分野で活躍。

平成10年12月26日死去。88歳。東京出身。



この一年 多くの書籍を読みましたが

誰の本が一番多かったかといえば

〈白洲正子〉の本 だったかもしれません

絞って選んだというより いく先々で 白洲正子に 出くわした

というのが 正しい答えなんです

テーマでいえば 最初は〈能・謡曲〉で出逢いました

それから〈西行〉〈明恵上人〉〈河合隼雄〉〈神仏習合〉

と 続きました


肌触りがいい文章を書かれる方です




この番組は 白洲さんが 歩いた

神の宿る日本の山河 〈美濃〉・〈越前〉・〈吉野〉・〈河内〉を

ギターリスト《村治佳織》さんが 辿る旅でした


白山とは 一つの山の名前ではないのです

加賀・越前・美濃 にまたがる

最高峰の 御前峰(2,702m)・剣ヶ峰(2,677m) ・大汝峰 (2,684m) の

「白山三峰」を中心とした 連峰を 白山と呼びます

白洲さんは 『かくれ里』『十一面観音巡礼』で

白山信仰を開いた 泰澄上人 の跡をたどりました


『 泰澄大師 は 山岳信仰の創始者で

神仏習合の元祖であるといっていい

私は この思想が 日本のすべての文化にわたる 母体だと思っている

明日には 白山の日の出を拝み

夕べには 落日に染まる日本海を眺めたに違いない

十一面観音が現れたのは そういった 瞬間ではなかったか 』




緑 : 越知山
赤 : 平泉白山神社
黒 : 白山




泰澄 は 越智山で 修行を積み ここで 十一面観音を夢見

早く来るべしと お告げを受けたといいます

途中 〈平泉寺白山神社〉により 真東に鎮座する

白山山頂をめざしたのが 泰澄36歳の春でした

御前峰の池のほとりで

十一面観音に化身した 白山の神に出会うのでした


白洲さんは 本の中で こう書かれています


『 周知のとおり 〈本地垂迹〉とは

仏が 仮に神の姿に現じて 衆生を済度するという考え方だが

それは仏教の方からいうことで、日本人の本来の心情からいえば、

逆に神が仏にのりうつって影向したと解すべきであろう。

その方が自然であるし、実際にもそういう過程を経て発達した。

泰澄の場合でいえば、

白山信仰の長い伝統があったから、仏教が無理なく吸収され、

神仏は極めて自然に合体することを得たのである 』


そして


『 神仏混淆の思想では、天竺の仏が衆生を済度するために、

かりに神の形に現じて、垂迹したことになっているが、

事実はそれと反対で、仏教を広めるには、

神の助けを必要としたのではないだろうか。

その差は紙一重でも、意味は大いに違う。

言葉をかえていうなら、

日本の神を経糸に、仏教を横糸にして織りあげたのが、

いわゆる本地垂迹説であった。

ただ相手が黙して語らぬ木や石であったため、


証明することは不可能だが、

日本の自然が私に、そういうことを物語る 』



神仏習合について 私自身 今ひとつ解りにくかったことを

すっきりと 解決してくれたのでした




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百嶋神社系図 一部



白山神社は 日本各地に 2,700社余り鎮座しています

ほとんどの祭神は 菊理媛神(白山比咩大神)・

伊邪那美尊(イザナギ)・伊邪那美尊(イザナミ) の三柱です


主祭神の 菊理媛(白山姫) は くぐり姫 ともいわれます

《百嶋神社考古学》では この白山姫 は

造化三神のひとり 天御中主(アメノナカヌシ)とします

水天宮の神 でもあります

主(ぬし)の神の母であり 大幡主・豊玉彦(ヤタガラス)・大国主・事代主

と続く 白族の祖でもあります

そして 白山姫の 婿は 金海伽耶の 〈金越智〉です

記紀では 〈ウマシアシカビヒコチ〉と呼ばれている神で

越智族の頭領です

越智族の男と 白族の姫の 恋物語が ここにはあります

越智山 と 白山神社 そして 白山頂上を 地図で結ぶと

東西一直線に 繋がっているといいます




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村治佳織さん




村治佳織 (むらじかおり)

1978年4月14日日本のギターリスト 東京都出身

3歳から ギターを習い


1994年に 日本フィルハーモニー交響楽団と共演し


1995年イタリア国立放送交響楽団の日本ツアーにソリストとして同行

翌年には村松賞を受賞

第19回日本ゴールドディスク大賞

クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー(洋楽)を受賞

女性ギタリスト 日本ギタリストとして

世界で活躍する一流ギタープレイヤーと名高い





番組の中で 白山の麓での
ギター演奏 です










by nonkei7332 | 2016-12-20 14:49 | 古代史 | Comments(0)


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百舌鳥





〈百舌鳥〉と書いて もず と読みます

『モズが枯木で鳴いている』という 唄がありましたね

あれは唱歌だったのでしょうか 反戦歌だったのでしょうか

百舌鳥は いろんな鳥の鳴き真似をするそうです

だから 百も 舌を持ってる鳥で モズ というそうです

モズ は〈はやにえ〉という習性をもっています

捕獲した昆虫などを 枝に刺して 保存します

子供の頃 近くの藪の中で 枝に刺さった 干からびたカエルを

何度も見たことがあります あれは モズの仕業だったのです

クチバシは 鷹のようです 見た目より獰猛な鳥なのでしょう

秋も深まると 縄張りを争う モズの甲高い声が聞こえて来ます

〈モズの高鳴き〉といいます








さて 古代において 百舌鳥と呼ばれた氏族がいたというのが

今回のテーマなのです

そっくり それが 地名として残っている所があります

大阪 の泉州国 堺市です 地下鉄御堂筋線の終点 〈なかもず〉でしたね

堺市には 百舌鳥○○町という町名が今も多くあります

ここは 有名な 仁徳天皇陵 をはじめ 多くの 天皇陵を抱える

百舌鳥古墳群・古市古墳群 があります いわゆる 陵墓の町なのです

ほとんどの陵墓は 畿内(山城、大和、摂津、河内、和泉)にあります

例外は 75代の崇徳天皇陵は香川県坂出市

そして 81代の安徳天皇陵の山口県下関市 だけです

全ての 陵墓は 宮内庁管轄ですので 聖域にされています

触れてはいけないものとして 蓋をされています

封建社会でもない 民主主義の 現在でも まるで

明かされると まずい事でも あるのでしょうか

まったくの 時代錯誤 です



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仁徳天皇陵



話を 古代に戻します

途轍もないも大きさの 陵墓を作った人々がいました

百舌鳥 と呼ばれた人々でした 鳥をトーテムとした氏族です

古墳造営や葬送儀礼に関わり 土木技術を持ち 鍛治の技術をも

兼ね備えた 渡来氏族だったのです

一般には 土師氏 (はじし) と呼ばれている謎の氏族です

書記の中では 土師氏の出自は 出雲です

神話に出てくる 天穂日命(アメノホヒ)の14世である 野見宿禰 が

垂仁天皇の頃に それまで行われていた 殉死の 風習に代わる

埴輪の制を案出した功績により 土師氏 と呼ばれたとされています




出雲は九州だった


大国主も事代主も 倭国王 大幡主の下で

九州王朝を支えたという 百嶋考古学 をベースに

百舌鳥 という 氏族を追って見ます



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土師老松神社



香春町の古い史跡図に 〈百舌鳥原金山跡〉という名前がありました

香春町 田川市 飯塚市 桂川町 という 遠賀川流域には

百舌鳥氏 こと 土師氏 の里があったようです

上流の桂川町に 《土師老松神社》という神社があります

古くは 桂川一帯は 土師郷 といい この宮は〈土師宮〉と呼ばれていました

その後 土師氏の子孫とされる 菅原道真を合祀して老松神社 と名を変え

土師庄十二ヶ村の 総鎮守として隆盛を極めた 古宮です

祭神は 大国主命・大物主神・事代主命・菅原道真 です

主(ぬし)の神の勢揃いです 土師氏とは 出雲繋がりでしょうか


神社の由緒をみてみると


《 人皇11代垂仁天皇の時 出雲の國の造 野見宿禰が 埴輪を造りて 

殉死の者の代わりにしたという功を賞して 土師臣の姓を賜い 

又諸国に於て鍛地(かじち)を賜うや 当庄をも其の一つに加え

宿禰に与えられた されば出雲より 土師連来たりて当庄を住み

出雲杵築の大社に鎮座の大国主命(大己貴命)を神代の時 

暫くこの地に 勧請して 土師宮と称し齊き祀る 

これ当社の始まりなりと。》




土師氏の祖である 〈野見宿禰〉を追いかけて見ます

垂仁天皇の頃 埴輪の神 相撲の神 として 称えられていますが

古事記には 天穂日命の子は 武夷鳥命(たけひなどり)だと書かれています

この 武夷鳥命(たけひなどり) こそが 野見宿禰 なのです


百嶋説では アメノホヒ は 豊玉彦(ヤタガラス) だとしますので


豊玉彦(ヤタガラス) → 野見宿禰(タケヒナドリ) → 土師氏(モズ)


よく見ると ひとつのトーテムで 繋がっているのがわかります

それは 鳥(とり) です


八咫烏(ヤタガラス) → 武夷鳥(タケヒナドリ) → 百舌鳥(モズ)


百舌鳥と呼ばれた人々は

主(ぬし)の血を引く 豊玉彦の手足となって

九州王朝を支える 技術者集団 だったのでした

やがて 九州王朝が滅び 畿内へと 権力が移っていきます

百舌鳥と呼ばれた人々の苦悩がここから始まったようです



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私 は 明日 泉州に行きます

ちょっと 寒くなってきました






by nonkei7332 | 2016-11-23 17:58 | 古代史 | Comments(0)


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《九州国立博物館》を 訪ねました

特別展 『京都 高山寺と明恵上人–特別公開 鳥獣戯画』

誰でもが知っている 国宝の 「鳥獣人物戯画」

京都高山寺に伝わる 紙本墨画の絵巻物です

レプリカではなく 本物が見られるというので 出かけました

鳥獣戯画の構成は、甲・乙・丙・丁の 4巻にわかれているのを知りました

誰でもが知っている ウサギとカエルとサルの 絵は〈甲〉です

〈乙〉は 馬や牛などの 生活の中でみじかにいる動物達や

虎 や 像 の他に 麒麟 や 獅子などの

中国の架空の動物の絵が描かれています

〈丙〉は 人々の 遊びの絵です

将棋をさしてる絵 や にらめっこしている絵

後半は ウサギやカエルが遊んでいる絵もあります

〈丁〉は 人々の遊びや 法要や宮中行事などが描かれていました


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特に 〈甲〉の擬人絵 は 最古の漫画と言われているように

アニメ大国 日本の原点を見るようでした

いったい 誰が 何の目的で 描かれたものなのか


謎多き 国宝なのです

時を超えて 異次元の世界の入り口を通り抜けると

いつか 見た 夢の記憶 のなかに 私は たたずんでいたのでした




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今 最も巷の 話題を独占している 映画といえば

新海 誠 の アニメ映画 『君の名は』です

拙ブログ 2016・6・1 「六月(みなずき)」では

新海 誠 監督の 前回の作品「言の葉の庭」を 動画で紹介しましたが

今回も 彼は 素晴らしい アニメ映画を 作ってくれました

間違いなく 今年最高の ヒット映画になると思います

素晴らしい 風景の 映像描写 は 心を洗います

二人の 高校生 タキ と ミツハ 夢の中で出逢い


そして入れ替わります


そしていろんな出来事 物語 があって


8年後 お互いに 思い出せない 相手の名前を探しながら

ある日 街で出逢います

涙のラストシーン 二人が同時に かけた言葉が


『 君の名は 』でした



ミツハ と 妹と おばあちゃんと三人で

氏神さまの御神体を訪ねるシーンがあります

実は ミツハ の家系は代々 神職だったようです

おばあちゃんは 氏神様を 古い言葉で

《結び》と呼んだんだと 話し そして 神様の力について 話します



糸を繋げることも 結び

人を繋げる事も 結び

時間が流れる事も 結び

時間の流れそのものが 神様の技(わざ) なんや



物語は 彗星の出現 という 恐怖の出来事が 人々を襲います

時間と空間の歪みを つくった 原因は

結びを軽んじてきた 現代人 なのではないか

今一度 〈結び〉という 神を思い起こすのだ

新海 誠 は 問いかけているようでした



世界最古の漫画と言われる 「鳥獣戯人画」

世界最新のアニメ映画 新海 誠 の 「君の名は」


面白い 出逢い の一週間 でした














by nonkei7332 | 2016-10-22 16:41 | 日記 | Comments(0)


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八代市 鏡町にある 印鑰神社 に行ってきました

印鑰(いんにゃく) という名前は

この地に 八代郡司という役所があって

朝廷から渡された 印 と 租米が集められる倉の 鑰(かぎ) が

神社に納めてあったからだといわれています


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創建は 建久九年(1198年)

肥後の国球磨の地頭 相良三郎名頼 が 弟の八郎為頼に

八代の北三里「鏡ヶ池」の近くに神社を造営させたとされます

祭神は 蘇我石川宿禰

武内宿禰 の 第三子 です 蘇我氏の祖です

第一子の 波多八代宿禰 も 名前からして 八代の領主だったのでしょうか

仲哀天皇のころ 筑紫凶徒を鎮めるために この地に下向し

この地で 亡くなったと 神社の由緒に書かれていました

巨きなクスノキが境内にそびえ立っています

古代はこの辺りの 鎮守の杜だったのでしょう


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神社に側に 八代郡倉跡 の案内文がありました

地名に 条里制の面影が残っています

まるで ここに かつて 王朝があったのごとき内容です

驚きは 「小早川文書」に 徳渕津に 正倉院 があったとの一文です

( 現在残っているのは 東大寺の正倉院だけが 唯一だと思われがちですが

当時は各地に幾つかあったようです)

〈徳渕津〉とは 球磨川の河口支流 前川付近にある 古代から 発展し

大陸貿易の拠点となっていた 港 なのですが 中世には

〈博多津〉とともに 朝鮮遣使 や 渡明船 の 拠点港だったようです

天文14年(1545)には 勅使として 大内義隆 もこの地を訪れています


徳渕 には 有名な 『河童渡来の碑』があります



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「本朝俗諺志」という江戸時代の書物に こんなに書かれています

『 中国の黄河にいた河童が一族郎党引き連れ八代にやって来て

球磨川に住み着くようになった その後 一族は繁栄して

その数九千匹になったので その頭領を九千坊と呼ぶようになった

その河童どものいたずらが激しく人々をこまらせた

加藤清正はこれを怒り 九州中の猿に命令してこれを攻めさせた

これには河童も降参して 久留米の有馬公の許しを得て

筑後川に移り住み水天宮の使いをするようになった 』


河童 は 古代中国 魏呉蜀の三国時代に 呉から渡ってきた 渡来人

その 渡来地が八代だったようです

そもそも 八代という地名の由来は いくつかあるようですが

『 海からの 神迎えの信仰 が盛んな土地で

巫女が火を焚き常世の国から


神様を迎える儀式が真夜中に行われていた

この神々が往還するところに「社」があり

この「やしろ」から「八代」となった 』

と言われています



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鏡が池




話は戻って 印鑰神社 には 春の大祭(4月7日) に

『 鮒取り神事 』が今も行われています

神社由緒には

『 蘇我石川宿禰が 凶徒平定の為この地に来られた時

悪天候で海が荒れ魚が捕れず地元の若者が「鏡ヶ池」に飛び込み

鮒を献上し石川宿禰をもてなしたと言う故事にならい毎年4月7日

褌一つの若者が池に飛び込み手づかみに鮒を捕り御神前に供え

見物人にも投げ上げる行事は今日も賑わいを伝え継いでいる 』

と書いてありました





私の長男は この地に縁があって この神事にも 何度も参加したようです

動画をよく見ましたが 彼の姿は見つかりませんでした




〈 蘇我氏 と 熊襲 〉〈 河童伝説 と 水天宮 〉

興味は尽きない 八代 ですね

次回は いよいよ 〈 八代妙見宮 と 妙見の謎 〉です







by nonkei7332 | 2016-07-28 12:30 | 古代史 | Comments(0)