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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

タグ:万葉集 ( 34 ) タグの人気記事



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磐之媛稜 に咲く カキツバタ
写真 MOMO




《 秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 いつへの方に 我が恋やまむ 》
万葉集2巻88 磐之媛皇后

《私訳》
秋の稲穂に 朝霧が立ち込めています
霧は やがていつの間にか 消えてしまいますが
あなたへの 想いは 消えることはありません



磐之媛(いわいのひめ) は 16代 仁徳天皇 の皇后になられた方です
父は 葛城氏の始祖といわれる 葛城襲津彦
ということは 祖父 は あの 武内宿禰 になります
筑紫の基山付近を根拠地にしていた 紀氏葛城氏 の 姫 だったのです
葛城氏 と 天皇家 との繋がりは 深いものがありました
16代仁徳天皇 から 24代仁賢天皇まで ほとんどの 天皇が
葛城氏の娘を 后妃か 母としているからです
本来 何不自由もない 磐之媛 なのに
この歌は どうして こんなに 哀しいのでしょうか

実は 韓流ドラマにも 負けず劣らない
天皇の 後継者争い が そこにはあったのでした
15代応神天皇には 三人の後継者候補の皇子がいました

長兄であった 大山守皇子(おおやまもりのみこ)
そして 大鷦鷯皇子(おおささぎのみこ) (後の仁徳天皇)
そして 年少だった 菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)

三人の中で 抜きん出ていたのが いちばん弟であった 稚郎子 でした
稚郎子 は 古代豪族 和珥氏 の血を引く 皇子であり
王朝の中で大きな勢力を持っていました
天皇は 皇太子に 稚郎子を選び 大山守には 山川林野の管掌を任せ
大鷦鷯 には 皇太子の補佐を命じました
その翌年 応神天皇が 崩御すると 不満を抱いていた 大山守 は
稚郎子 を討つべく 兵を動かし 謀反をおこしたのでした
しかし 大鷦鷯 の通報によって そのことを知った 稚郎子は
謀反を治め 大山守を 亡き者にします しかし 何があったのか
兄である 大鷦鷯 こそ皇位を継ぐべきだと言って 即位しませんでした
大鷦鷯 のほうも 亡父の決めたことを破るのは 道に反すると譲りません
こうして 三年もの間 天皇不在の世の中が続いたのでした
そして 遂に 稚郎子は 苦悩の末に 自殺をしてしまいます
( 激しい後継者争いに 追われた稚郎子が死を選んだという説もあります)
臨終の床に駆けつけた 大鷦鷯 に 稚郎子は
「 妹の 八田皇女 (やたのひめみこ) のことを 妃に 」という遺言をのこします
こうした 背景があって 大鷦鷯皇子 は 16代仁徳天皇 となります

天皇と磐之媛 を取り巻く 環境は 決して安定したものではありませんでした
天皇を支えた 葛城氏 と 亡き稚郎子皇子 を支えた 豪族和珥氏の勢力は
水面下で 対立していたのでした
やがて 天皇は 亡き稚郎子の遺言どおり 八田皇女 を妃として 宮廷に迎えます
磐之媛は そのことを 旅先で知りますが そのまま 宮廷には戻らず
紀国 葛城の里の宮に 引きこもってしまいます
これ以上 混乱を避けようとした 磐之媛 の想いは
天皇も理解したのでしょう
それでも 何度も 戻るように 葛城の里に 使いを送りますが
磐之媛 は それを 頑なに 断るのでした 唯一の救いは
磐之媛の長男である 去来穂別皇子(いざほわけのみこ)(後の履中天皇) が
皇太子となった事でしたが 皇子の為にも 宮廷には戻りませんでした
やがて 5年の月日が 経ちます
皇后磐之媛 は 多くの 憂いを 遺して 病で この世を去ってしまいます


《 ありつつも 君をば待たむ うち靡く 我が黒髪に 霜の置くまでに 》
万葉集2巻87 磐之媛皇后

《私訳》
このまま あなたを 待ちます
この黒髪が 白くなったとしても
わたしは ここで あなたを 待っています


《 君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ 》
万葉集2巻85 磐之媛皇后

《私訳》
あなたと別れて もう随分日が経ちます
山を越えて あなたを迎えに行ったらいいのか
それとも ここで あなたを待ったらいいのか
わたしは どうしたらいいのでしょう


磐之媛 の 憂いが 通じたのでしょうか
その後の天皇家 は
17代 履中天皇 18代 反正天皇 19代 允恭天皇 と
磐之媛の皇子が 即位したのでした
八田皇女 は その後 大妃 として 史実に残る事はありませんでした
つまり 天皇との間に 皇子が生まれなかったのでしょうか


古事記 には 嫉妬深き 男勝りの 皇后として

その名を残した 磐之媛皇后 でしたが

万葉集 を 読む かぎり そこには

夫を愛し 子供達を愛しながら 生き抜いた

磐之媛 の 憂い しか見えないのは

私 だけでしょうか。







by nonkei7332 | 2015-06-10 22:47 | 古代史 | Comments(0)


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〈 春惜しむ 〉〈 風薫る 〉は 同じ 季節の季語です
こんな 歌がありました

風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残 を いかにとやせん 》

赤穂藩主 浅野長矩 (あそうながのり) の辞世の句です

訳 : 薫る風が 春を惜しむように 花を散らしていく
私の 無念を どう伝えたらいいのだろうか

浅野内匠頭が 切腹をしたのが 旧暦の3月14日
今の暦で言えば 5月2日 になるようです
とすると 風が散るのを 誘う花とは 何の花でしょう
桜 ではないですよね 今日の 桜 は すでに 若葉に覆われて
花の名残りなど どこにもありません


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この時期 私の花暦でいうと 〈 藤 〉〈 ツツジ 〉です


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《 藤波の咲き行く見れば 霍公鳥 鳴くべき時に 近づきにけり 》
万葉集14巻4042 田辺福麻呂

〈訳〉: 薫る風に揺れる 藤の花をみると
ほととぎす の鳴く季節 ( 夏 ) は もうすぐだ




五月の風 は 薫風といいます
南風が緑の草木を渡って
すがすがしく匂うように吹いてくる風をいいます

〈 薫る 〉と〈 匂う 〉 同じようでも 何かが違います

「 かおり 」 は ほのかに 立ちのぼってくる 漂う 感覚であり

まず 鼻から先に感じる 感覚でしょうか とすると

〈 梅 〉は 「かおる」ですね


「 におい 」は はなやかに 浮き出してくる 感覚であり

まずは 目から先に 感じる 感覚でしょうか とすると

〈 桜 〉は 「におう」なんでしょうか


微妙に違う この国の 美意識 は 難解です


《 匂い起こせよ 梅の花 》 《 香り起こせよ 梅の花 》


今度 夢の中で 菅公 にお会いしたら

どうして〈 梅 〉は 匂ったのか

なぜ 香らなかったのか 聞いてみることにしましょう



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リンドウ


それにしても この時期の花


〈 紫 〉の花 が多いのは なぜでしょうか



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アイリス








by nonkei7332 | 2015-05-04 10:07 | | Comments(0)


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万葉 の 頃


男 が 女 の 許へ 通いました


女 は 通ってくる 男 を待つしかなかったのです


待つ日 が 重なると 想いは 乱れます


女 は 想いを 筆にのせ 歌を詠み


ひとずてに 送ることしか できなかったのです


『 あなた が いない日々は こんなにも 寂しいのです 』



とは


心の上に 糸しい(愛しい) 糸しい(愛しい) 言葉をのせた 想いでした



だから 女たちは 万葉仮名 で 戀 は 孤悲 (こひ) と書いたのでした


孤独な 悲しい 想い だったのです



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歌聖 (柿本人麻呂) が 孤悲(こひ) のうたを 詠みました


《 鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めらむ 》

万葉集11巻2513


【 私訳 】 : 雷が 少しだけ鳴って 曇ってきて 雨が 降らないでしょうか

そうしたら あなたを 帰さずにできるのに



この歌に 返歌を 詠みました


《 鳴る神の 光響みて降らずとも 我は止らむ 妹し止めてば 》

万葉集11巻2514


【私訳】: 雷が鳴らなくても 雨が降らなくても 私はここにいます

あなたが 一言 「ここに居て」 と 言ってくれるのであれば





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『 言の葉の庭 』(ことのは の にわ)


人麻呂 のこの歌を テーマにした


アニメの 美しい作品 があります


甘く せつない 片恋の物語です



《 始めの あらすじ 》


靴職人を目指す 高校一年生の 〈タカオ〉は 15歳


雨の日 授業をさぼっては 庭園で靴のデザインを考えていた。


ある日 タカオは 庭園で 昼間から ビールを飲んでいる


不思議な女性 27歳の 〈ユキノ〉に出会う


どこかで 会ったかと タカオ が尋ねると ユキノ は否定し


「鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」


の 万葉集の歌を 言い残して 去っていった




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万葉集では


戀 は 「孤悲」のほかに 「古悲」と書かれた 歌もあります


サントリーオールド の CM 憶えています


《 恋は 遠い日の花火 ではない 》


恋は 何時かは 冷めるもの と 誰かが言いました


でも 永遠に 冷めない 恋が あるとすれば


それは 『 片 恋 』 なのかもしれませんね










by nonkei7332 | 2015-04-15 09:14 | 万葉集 | Comments(0)




プロポーズをされた 女性の話です

それも 一度に 何人もの 男性からのプロポーズを受けたら

どうしたらいいのでしょうか

そんな にまつわる お話です




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《 桜子伝説 》

時は 万葉の頃
桜子(さくらこ) という 美しい 娘 がいました
二人の 若者が 求愛をしたのですが
そのうちに 二人は 桜子を巡って
命をかけた 死闘を始めてしまいます
桜子は 二人に向かって言いました

「 争いはやめてください
私は二人の男の人に 嫁ぐことはできません
これ以上 私の為に 争いをやめないのであれば
私が 死ぬ事でしか 争いを止める事はできないのですね 」

そう言って 林の中で 首を吊って 死んでしまいました
それを知った 二人は 嘆き 悲しみ 血の涙の中で
想いを 歌に 詠みました


《 春さらば かざしにせむと 我が思ひし 桜の花は 散りにけるかも 》

万葉集16巻–3786

訳 : 春になったら 頭に飾ろうと思っていた 桜の花が 散ってしまいました
〈かざしにせむ〉とは 妻にする という意味でもあります


《 妹が名に 懸けたる桜 花咲かば 常にや恋ひむ いや年のはに 》

万葉集16巻−3787

訳 : 桜子という あの人の名前の桜の花が 咲くたびに 私は 永遠に 来る年も来る年も
あの人の事を思い続けるでしょう



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儚い 生死の苦しみ を桜にうつした 《 桜子伝説 》

死を選ぶことで 桜子は 〈神〉になったのでしょうか

日本の国花でもある 桜 の花言葉は 『 優美・純潔 』です

潔さ(いさぎよさ) 儚さ(はかなさ) が由来 なんでしょうね





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《 チューリップのオランダ伝説 》

昔 美しい少女がいました。
この少女に 三人の騎士が プロポーズ したのです
三人は それぞれの家宝である〈王冠〉〈剣〉〈黄金〉を贈りました。
美しく優しい少女は 大切なものをくれた彼らの気持ちを思うと
断れず 結婚相手 を 選ぶことが できませんでした
悩んだ 少女は 花の女神 フローラ に
《 私を花に変えて下さい 》と お願いしました
女神は 少女の 願い通り
「王冠」のような 花びら と
「剣」のような 葉と
「黄金」の球根をもった
美しい花に変えてあげたのでした
そして その花の 名前を チューリップ となずけました
三人の 騎士達は 生涯 その チューリップ の花を 大切に 育てたのでした



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《 オランダの伝説 》は 女神が 少女を 美しい花に 変身させることで

人々に 思いやりの 在り方を教えたのでしょうか

オランダの 国花 である チューリップ

チューリップの花言葉は 『博愛・思いやり』です



同じような 伝説ですが

〈花 〉を どのように みているのかで

その国 の 美意識 生死観 の 違い を感じます






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by nonkei7332 | 2015-04-07 21:54 | | Comments(0)



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さだまさし の 2006年のアルバム『 美しき日本の面影 』の中に

《 桜人~序章春の夜の月~ 》

《 桜人~終章しず心なく〜 》

という二曲の 歌があります

六人の歌人の歌に さだまさしが 補作詞 した曲です

朱文字が 歌詩です 《 》は 歌人名 と 私訳 です


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今宵 桜人 《 藤原良経 》

空はなほ 霞もやらず風冴えて 雪げに曇る 春の夜の月

空はまだ春というのに霞もせず、風は寒く雪が降りそうな雲行きの春の夜の月だ 》

今宵 思ひ人 《 藤原俊成女 》

風通ふ 寝覚めの袖の花の香に 香る枕の 春の夜の夢

《 風に 目が覚めると 袖にも枕にも 桜の花のような貴方の匂いが残っています 夢だったのでしょうか 》

はらりはら

はらはらり

はらはらり



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今宵 あはれ人 《 大伴宿禰池主 》

桜花 今ぞ盛りと人は言へど われはさぶしも きみとしあらねば

《 桜は満開だというのに 貴女が居ないので なぜか さびしいのです 》

今宵 涙人 《 菅原道真 》

桜花 ぬしをわすれぬものならば 吹き来む風に言伝てはせよ

《 桜の花よ 主人を忘れないというのなら 筑紫の方に吹く風に 便りを届けておくれ 》

ゆらりゆら

ゆらゆらり

ゆらゆらり



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今宵 桜人 《 紀友則 》

久方の光のどけき 春の日に しづ心なく花の散るらむ

《 陽の光が穏やかな春の日なのに どうして 桜の花は散っていくのでしょうか 》

今宵 想い人 《 西行 》

願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の望月のころ

《 願う事なら 二月の満月の頃に 桜の下で 死にたいと思っています 》

はらりはら

はらはらり

はらはらり




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《 さだまさし 》は ライナーノートに こんな風に 語っていました


この國の 風土の持つ美しい 季節感を通して

この國の人々の 心を歌おうと 思いました

そのことで この美しい國に住む 美しい人々が

本来の心 を 思い出せはしないだろうか







by nonkei7332 | 2015-03-30 15:29 | | Comments(0)


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《 難波津に 咲くや此の花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花 》

【 通釈 】
難波津( 博多津の国 )に この花( 梅 )が 咲いたよ

冬の間はこもっていた花が いよいよ春だよと

この花( 梅 )が咲いたよ.


この歌は 「百人一首」の 始めに歌われる 序歌 です

『古今集仮名序』の古註には

難波津の歌」は 大鷦鷯(おおささぎ)帝(仁徳天皇)の御代の初めを祝う歌である

仁徳天皇が 難波( 博多津の国 )で 皇子であられた時

弟皇子と春宮の位をたがいに譲り合って即位なさらず 三年も経ってしまったので

王仁(わに) という人が気がかりに思い、詠んで奉った歌である。

この花とは 梅の花のことです

(王仁:百済から帰化した学者)




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博多人形 「木花咲耶姫」






日本神話に出てくる女神 木花咲耶姫 (このはなさくやひめ)


この歌の中にかくされています


木花咲耶姫は アマテラスの孫 ニニギノミコト(瓊瓊杵命) の妻であり


あの 海幸彦 山幸彦 の母 です


山幸彦の孫が 神武天皇 です


この歌は 古代倭王朝の事 を 詠ったものでしょう





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太宰府政庁前 (模型)




万葉集 には 119首もの 〈梅の歌〉が詠まれています

特に 天平二年正月の十三日

太宰府の 大伴旅人 邸にて催された 宴において

それぞれの参加者が 梅を題にして詠った 32首 の梅の歌(5巻 815~845)を 読むと

あたかも 其処に 同席している 想いにかられるほど

優美な世界に引き込まれていきます

やはり 万葉の古都とは 筑紫の古都だと 思わざるを得ないですね




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by nonkei7332 | 2015-03-17 00:10 | | Comments(0)


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いつも 散歩する 100年公園の真ん中に
私が 《神の木》と勝手に名ずけた 一本の 古木がある
いにしえの 淡路の海 を望み 黙して語らずその風貌は
この公園の君主のようだ
この時期 春の若葉は赤みを帯びて とても 美しく
膨らんだ 蕾も 5月には 花をつける

木の名前は《 タブノキ 》

シイ・カシとともに、照葉樹林の代表樹だ
沿海地に多く 大木は30mにもなるという
古代より 舟材として使われていたという
朝鮮語の方言における トンバイ(独木舟) がなまって タブとなり
タブを作る木とする説がある


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タブノキの花



《 礒の上の 都万麻(つまま)見れば 根を述へて 年深からし 神さびにけり 》
大伴家持 万葉集19巻4159



【 通解 】
岸のほとりの つまま(タブノキ)を見ると
根を伸ばしていて 随分と年を経ている木のようだが
なんと 神々しい姿だろうか

【 解説 】
都万麻 (つまま) は タブノキの古名とされ
万葉集の中には 家持の歌の一首だけしかない



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朽ちかけた 幹にも 新芽が 輝き やがては 咲く花をまちながら

何を 夢見ているのだろうか

かつて 共に群がり 民を護った 鎮守の森の 子供達の遊び声か

それとも 遠い日の 海の向こうからきこえる 故郷の 母の子守唄か

《神の木》は 今日も


淤能碁呂島(おのごろじま) = (能古島) を 眺めながら


静かに 海神(わたつみ)の歌を聞いている





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by nonkei7332 | 2015-03-03 10:13 | | Comments(0)



 

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〈 藤原俊成 に自作の和歌集を差し出す 平忠度 〉



この 謡曲 は 平安時代の 二人の 歌人の物語です


一人は 『 藤 原 俊 成 』(ふじはらのとしなり)


若い時から 和歌一筋にして 名を馳せ 『 千 載 和 歌 集 』を編纂するなど

息子 「藤原定家」とともに 平安末期の和歌文化を確立した 歌人です


もう一人が 『 平 忠 度 』(たいらのただのり)


忠度 は 平家の武将 平忠盛の六男。平清盛の異母弟になります。

歌人としても 優れた才能を持ち 俊成 に 師事しました

41歳の時 源平の 一の谷の戦い にて 源氏方の 岡部忠澄 と戦い 討死 をします




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【 謡 曲 の あ ら す じ 】

都の 俊成 の邸宅に 岡部忠澄 が訪ねてきます

じつは 岡部忠澄 は 源平の合戦で 平 忠度 を討ちとり

その亡骸から 和歌を 記した 短冊 を見つけ

忠度 の 師である 俊成 のもとに 届けてきたのでした

辞世と言われた句には 『 旅宿の花 』という題がついていました


《 行き暮れて 木の下陰を宿とせば 花や今宵の 主ならまし 》


俊成が忠度の 辞世の句を詠むと

忠度の亡霊が現れます。

忠度 は 俊成 に『千載和歌集』におさめられた 自分の歌が

「詠み人知らず」になっていることを ただします

その歌は 『故郷の花』という題でした


《 さざ波や 志賀の都は あれにしを 昔ながらの 山桜かな 》


俊成は 平氏として朝廷の敵となってしまった 忠度の名前を

表に 出すのは難しいと答えます

しかし この歌がある以上 いつかは 忠度 の名も

世間に知られることになると 慰めるのでした

忠度 は 俊成 に向かい 自分の和歌についての考えを語ります

和歌のはじめは スサノウ が出雲を 詠んだ 歌だったこと


《 八雲立つ 出雲八重垣 妻こめに、八重垣つくるその八重垣を 》


柿本人麻呂 の詠んだ 歌については


《 ほのぼのと あかしの浦の 朝ぎりに 島がくれゆく 舟をしぞ思ふ 》


この 情景の本当の場所について 思い至りましたと話すのでした

夜の間 ずっと二人は 時間をわすれ 語り合っていました

やがて 急に 忠度 が立ち上がり 興奮した 錯乱状態になってしまいます

忠度の中で 〈 修羅王 〉が暴れだしたのでした

すると 忠度の「さざ波や」の歌に心を寄せた 〈 梵天帝釈天 〉が 現われ

修羅の苦しみを 鎮めてくれたのです

忠度 の姿は 山の木陰に隠れるように 消えて行きました





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八重桜 (牡丹桜)







歌人である 師弟の 別れ

弟子であった 忠度 は 武人として 戦いに敗れた 無念を晴らすために

師である 俊成の前に 亡霊と成って 現れたのではありませんでした

自分の歌を 「詠み人知らず」と 残してくれた 師 への 感謝 と

歌人として 万葉の歌の真実を 最期に

師匠に聞いて欲しかったのでしょう

この物語には「旅宿の花」「故郷の花」という 忠度の歌

スサノオの 「出雲の歌」 柿本人麻呂の 「あかしの浦」の歌 がでてきます

四編の 歌の奥に 隠された 真実を 語ることで

忠度 は 修羅の世界を抜け出すことができたのでした


忠度の 二つの歌を繋ぐものは 山桜 という 花 です

シテとツレの掛合いの中で エッと思う 台詞が登場します


《 情の末も・深見草 》


花の名を 『 深見草 ( 牡丹 ) 』といっているのです

万葉の頃に 《牡丹の花》はあったのですね

そういえば 山桜は 八重桜 とも 牡丹桜 とも呼ばれています

一夜の宿を 一世の宿と 忠度は詠みます

山桜が咲き誇っていた いにしえの都 こそが

私の 眠る所と言っているのです

そして その都こそ 今は 荒れ果てた 志賀の都 だともいっています

さて『志賀の都』とは いったい どこでしょうか

多くの人が 滋賀の 近江の都 だと 思っています

昔 栄華を誇り 今は荒れ果てた都といえば

筑紫王朝 しかありません

志賀 とは 博多湾に浮かぶ 志賀島のことです

掛合いの最後に シテは この言葉で 終わります


《 謡へや舞へや・の・国の。なにはの事も忠度なり 》

謡曲『蘆刈』の中で 〈世阿弥〉は
〈 津の国 難波(なには)の都は 仁徳天皇が 創られた 筑紫(博多)の都 〉
だと 明かしますが
ここでも 津の国 とは 那の津(博多) のことであり
なには の事 も 忠度のいう 故郷の都 だといっているのです

《 難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花 》

この歌は 仁徳天皇の都の繁栄を歌った歌 です これも 筑紫の都でしょう

それともうひとつ 「詠み人知らず」にした 理由です
「詠み人知らず」 とは 歌の選集で 作者が 不明か またはそれを
明らかに示しにくい事情あるときに記載する とあります
その歌の 作者の名前だけでなく 歌の内容も
朝廷にとって 不利益になるのなら
内容を 変えたり 場所を消すことも あるのだと 示唆しているのです

忠度 は 名前を消された 敗者でした
筑紫王朝 も 名前を 消された 敗者でした
忠度は 夜を賭して 俊成に語ります
スサノオの 和歌の起源は 〈倭国〉だということを
歌仙 と呼ばれた 柿本人麻呂 の 詠んだ歌の海こそ
博多の海 ( 磯良の海 )であることを




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志賀島の海



この 謡曲 は ほんとうの 和歌 とは何かを
ふたりの 歌人を通して 伝えようとしています

その 真実とは

『 〈 和 歌 〉は 〈 倭 歌 〉だった 』

『 万葉の 風景 は 全てが 筑紫 にあった 』

驚き の 発見です。





 


by nonkei7332 | 2015-02-11 01:13 | | Comments(2)


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春告鳥 (うぐいす)


〈 春夏秋冬 〉四季の始まりが 春とすれば
春の始まりが 〈 立 春 〉です
とすれば 暦の上で 今日が 新しい一年のはじまりです
「如月」( 二月 きさらぎ ) は「衣更着」とも書きますから
重ね着を するほど まだ寒い日は続くようです
今年の立春は 〈 満 月 〉の日に重なりました


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《 闇ならば うべも来まじ 梅の花 咲ける月夜に 出でまさじやと 》
紀女郎 (きのいらつめ) 万葉集8巻1452


【私訳】
闇夜であれば 諦めます
でも 梅の花も咲いて
月も こんなに 美しい夜 なのに
どうして 来てくださらないのですか

【解説】
紀女郎(きのいらつめ)は、天平年間の万葉歌人です
恋の相手は 大伴家持
大伴家持よりも 年上の 紀女郎 でした



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新たなる 太陽のパワーと

満ち足りた 月のパワー

こんな日は 外に出て

その 〔気〕を取り込みたいのですが

あいにく 小雨が降る 午後です

美味しいものでも 作りましょうか








by nonkei7332 | 2015-02-04 14:20 | 日記 | Comments(0)


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冬に咲く ばらの花を 冬薔薇 ( ふゆそうび ) といいます

冬の 季語 にも なっています



「ばら」は 「いばら」「うばら」「うまら」から 転訛したもので
棘のある木の総称(茨、棘、荊)として 万葉集にも 歌われています

《 みちのへの 茨(うまら)の末に延ほ豆の からまる君を はかれか行かむ 》
万葉集 20巻4352 防人の歌

【私訳】
道端に咲く 薔薇の先端にからみつく豆のように
私の側を離れない 妻を置いて 行くことは 辛いものだ


また「薔薇」は 古名として「そうび」「しょうび」とも 言われていました
『古今集 』には 紀貫之の 「 そうび 」という題の 和歌 があります

《 我はけさうひにぞ見つる花の色を あだなる物と いふべかりけり 》

【私訳】
今朝 初めて見た あなたの 姿は 薔薇の花のように
艶やかであったけれども なぜか 儚く見えます

【解説】
「今朝初に」(けさうひに) の中に「さうび」の名が 隠されています
10世紀の初めの 歌なので その頃から 咲いていた花みたいです



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この時期の 花壇は 咲く花も少なく 色を無くしていますが
そんな 中で ポツリ と咲いている 薔薇の花 は美しいものです
《 遅れて咲いても 花 は 花 》というように
夏に咲く 薔薇と比べても 決して 劣るものではありません



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風に揺れながら 薔薇の花が 私に 話しかけてきました


綺麗だと 言ってくれて ありがとう

私は決して 季節を間違えたり

遅れて咲いたわけでも ありません

みんなと 同じように咲くこともできました

でも 敢えて この季節を選んだのは 私の わがまま です

いつ咲くのかということは

いつ枯れるか という事と 同じ意味なのです

あなたが 一番 綺麗だよと 言ってくれたから

私は 嬉しくて 次の雪の日に 散ることにします

ひとつだけ 約束してくれますか

来年の冬に また ここに 来ることがあれば

どうか また 私を 探してください

そして また 綺麗だよと 言ってくれますか



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冬の風は 冷たく

微かな 薔薇の香りが

私の頬を 通り過ぎていきました









by nonkei7332 | 2015-02-02 14:40 | | Comments(1)

by ヒサミツ