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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて



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ジリジリと灼けるような陽射しの中



夏越しの祓い の 山笠神事を終え



〈鎮めの能〉の余韻が 幽かに 境内に残る



博多の総鎮守 《櫛田神社》に 寄りました




神社の宝物 として残る 一枚の 〈山笠絵馬〉を



確認したくて 社務に寄ったのですが



残念なことに 今後は 門外不出 だと言われました



福岡市博物館 5年前の イベントに展示されていたんですが



何か トラブルでもあったのでしょうか



そんな事を 匂わすような 答えでした




時間があったので 境内 歩いてみました



神社には 拝殿 本殿の他に 小さな祠に納められた があります



〈摂社〉とか 〈末社〉と呼ばれています



かつては 摂社 末社 区別する 基準というのがあったようで



神社庁によれば 摂社に該当する条件とは



本社御祭神の荒魂(あらみたま)や 后神・御子神 を祀った社のほか



御祭神と関係のある神 現社地の地主神(じぬしがみ)など



特別な由緒がある社となっています



こうした基準に当てはまらないのが末社です



摂社は 末社より上位に置かれていたようです



今では そんな基準も無く 総じて 境内社 と呼ばれ ています



櫛田神社 境内には 社務所奥の 注連掛稲荷社 をはじめ



十三の境内社があります




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豊宇気毘売神 は いくつもの 名前を持っています

伊勢の下宮様 であり 辛国息長大姫

アメノウズメ だとも云われています



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櫛田神社 主祭神 大幡主命 》です



その左右にアマテラス〉 スサノオ〉 祀られています



境内社に祀られる 祭神達 大幡主 との関係を



百嶋系図 の中で見つけてみました




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百嶋神代系図




天御中主 (白山姫) ・大幡主 ・豊玉主(豊玉彦)



大国主 ・事代主 ・大物主(大山咋) などの



主の神 (ヌシノカミ) の神々 筑紫 倭国 海人族 祖神 なのです



これが〈おくしださま〉と 博多の民に 慕われてきた 神々の系譜です



やがて 志賀海神社 安曇族 繋がり



この国の 礎を 各地に 拡げていくことになります









# by nonkei7332 | 2017-07-24 23:58 | 古代史 | Comments(0)


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桔梗 の 花




朝顔は 朝露負いて咲くといへど 夕影にこそ 咲きまさりけり



万葉集 102104 作者不明




朝顔は 朝露を浴びて 咲くといいますが



本当は 夕暮れの中の方が 輝いてみえます




万葉の頃は 朝に開く花を 朝貌の花といいました



木槿(むくげ) や 桔梗 (ききょう) のことをいいました




山上憶良 秋の七草 を歌った歌です




萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 おみなへし また 藤袴 朝顔の花


万葉集81538



ここでいう 朝顔は桔梗の事なのです



貝原益軒 などは 朝顔は 木槿 (むくげ) だというふうに言っています



しかし 木槿は 朝咲いて 夕に萎むといわれているので



夕方綺麗に咲くのなら 桔梗なのでしょう




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グロリオサ




グロリオサ 〉という ユリ科の花を見つけました



別名を 百合車 といいます





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ハイビスカス



〈ハイビスカス〉は 木槿 芙蓉 とよく似ています



熱帯の花ですね ハワイの州花 です




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芙蓉 の花



暑い というより 熱い という 毎日です



高温熱射病情報 なるものが 発表され



外出は控えるようにと 予報は伝えています



くれぐれも ご自愛を








# by nonkei7332 | 2017-07-22 17:54 | | Comments(0)

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桂川 の氾濫に崩れた 比良松中学校




福岡の朝倉市 大分の日田市を中心とした 豪雨災害は



有明海に流れ着いた 5人の遺体が見つかり



死者は 23人になったといいます



しかし 朝倉では まだ多くの未確認の方が多く 祈りは続きます



先月 私は 穏やかな初夏の風に包まれた 朝倉の里 を訪ねたばかりでした



濁流に流され 修羅と化した 景色は まるで 悪夢です






日本書紀の 「斉明紀」に 朝倉山の記述があります



斉明天皇は 661 3 福岡市南区にあった



〈磐瀬行宮〉(いくせのかりみや)に入り



5月には 朝倉の 〈橘広庭宮〉に 遷宮して 百済復興の戦いに備えますが



724 朝倉宮にて 崩御されます



天皇の葬儀がおこなわれた日の夕方の朝倉山についての記述です




鬼有(あ)りて、大笠を着(き)て、喪(も)の儀(ぎ)



を臨(のぞ)み視(み)る。



衆(ひとびと)、皆(みな)嗟怪(おかし)ぶ。》




いったい 何があったのでしょうか



実は 橘広庭宮 を作るときに 朝倉山の木を切って宮殿を作ったので



神の怒りが落雷となって 宮殿を壊し



鬼火となって人々を殺したという記事があります



鬼が 大きな傘を着て 山の向こうから 葬儀を覗いていたのを



人々は びっくりしながら 見ていたというのです




それから 1000年後 同じ 朝倉山の景色を



貝原益軒 『筑前国続風土記』の



朝倉=上座郡(かみつあさくら) の〈志波〉の欄に



地元に残る こんな説話を残していました




(一部私略)


香山淵という 大なる長淵 があります



寛永の初め(寛永21625年) 黒田忠之公の家老 栗山大膳が



家人から 宴に呼ばれ 住まいのあった志波村から池田村に行こうとすると



川の淵に 大きな亀がいたので 鉄砲名人でもあった 大膳は



思わず その亀を撃って 見事に命中させると



亀は二間ほど飛んで 淵に落ちたといいます



すると 六月中旬 極めて晴天なりしが 志波村の鳥山の峰から



黒雲が一片立ち昇ると にわかに 大雨となり 洪水がおこり



水は路上に溢れ たちまち 大膳が乗ってきた



馬の鞍までが浸かるほどになってしまった



前に進めなくなったが 久喜宮の宿までやっとの思いで着いたという



雨は こぼすように降って 白昼 暗夜のごとく昏くなり



物の色も消えるほど 降り続いた



三時(6時間)程 降り続き暮れ方にやっと止んだ



この辺の 民家は ことごとく 破壊されまた 動目来の山より



大木が 根から抜けて流れてきて



香山淵もこの時埋もれて陸になってしまった



田畑は 所々 川になって 上座郡では



三千石(300ha)ばかりの田んぼが川になってしまった 』





二つの話に共通するのは



大傘を着て覗き込んでいるのは 山に立ち昇り大雨をもたらした



黒雲であり それは 木を切られた 山の神(鬼) の仕業であり



淵の神である 大亀の祟りだと 人々に伝えられてきたのでしょう



大水だけでなく その後に起こった 疫病で多くの貴族が亡くなり



斉明天皇も それが原因で亡くなったとされる説もあります





1300年前 そして 400年前 そして



いつの時代も 自然の脅威の前では



人間は いつの時代も無力です



人の力が及ぶこともない その姿を 人は 〈神〉と呼んだのでしょう



そして 〈鬼〉と呼んだのでしょう



間違いなく 朝倉山には がいるのです








# by nonkei7332 | 2017-07-09 21:51 | 古代史 | Comments(0)


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白水英章 さん




博多 人形の町 なんです



有名なのが 〈博多人形〉そして 博多祇園山笠 〈山笠人形〉



それと 張子虎などの 細工人形など




独特の人形文化 の発祥の町なのです




特に 有名なのが 〈博多人形〉でしょうか




Wikipedia 博多人形 についてこう書かれています




発祥には諸説があり、



・陶師(すえし)の〈中ノ子家〉



・博多祇園山笠の小堀流山笠人形の流れを汲む〈白水家〉



・瓦職人の〈正木宗七(惣七)〉



三説が有力とされていたが 現在では学術的研究が進み



1600年代に博多の町で陶師を営んでいた中ノ子家より転業した



中ノ子安兵衛・吉兵衛親子と、



小堀流山笠人形の流れを汲む 白水家との



複合的要因が最も有力とされている ・・・中略・・・



白水家は小堀家の流れを汲む家である



小堀家は京都の細工人形師 (初代小堀善左衛門正直) であり



現在より500年以上前(永享91437年) 櫛田神社の招聘により



博多櫛田神社境内に移り住んだ



小堀家は山笠人形の独占制作を 代々 行ってきたが



明治維新と共にその制作権も自然消滅し



13代目善之助の時 山笠人形の制作を廃業した



なお 博多祇園山笠で用いる山笠人形は



博多人形師が代々制作していたものと思われているが



実際には (少なくとも明治以前では) 小堀家のみが



独占的に制作を許されたもので 他のものによる制作は許されなかった



その小堀家細工人形の流れを汲むのが〈初代白水仁作〉で



白水家直系の人形師は




現在 では 博多人形師の〈白水英章〉が居る




博多人形の 起源には 山笠人形の 小堀流細工人形が



大きな影響を与えていることがわかります



博多の 人形文化の 起源とも言える 小堀流細工人形を



今に伝えているのが 初代白水仁作 の白水家 であり



白水英章 さんが その伝統を今も繋いでいるのです




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今回 〈山笠の顔〉として



天神1丁目の 飾り山の 作成中の 白水英章さんに お会いしました



山笠人形師としての 白水英章さんは 現在



東流の 舁山と 天神1丁目の飾り山を担当されています



現場には 飾り山の下絵が展示されています



下絵が描けてこそ 人形師だとされています



下絵の左下の署名には



小堀流人形司 英章 書かれていました






東流 舁山 毎年楽しみです



その中で 私の お気に入りの 人形達 です




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いよいよ 東流 今年の人形のお披露目が



2日だと教えていただきました



身体の中を流れる 小堀家 の血が 騒いでいるのでしょうか



そこには 紛れもなく〈のぼせもん〉の がいます









# by nonkei7332 | 2017-06-30 11:58 | ルーツ | Comments(0)



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ソラリアプラザ 正面




博多んもんが 〈テンプラ〉といえば



食べ物の 〈天麩羅〉ではなく



訳もなく 天神界隈を ウロウロすることをいいます



50年前に タイムスリップ してみましょう



天神は 岩田屋(デパート)と 新天町 が中心の 店舗街で



西鉄大牟田線の終点と繋がって いて 多くの人が集まる



福博一番の 繁華街でした



明治通り 渡辺通り には 路面電車 も走っていて



明治通り 中洲 (玉屋) 呉服町 (大丸) という デパートもあり



人の流れは 天神に集まり 四方に流れていくといった風でした



南区(井尻) に住んでいた私達にとっては



電車に乗って 遊びに行くという



数少ない娯楽地の場所だったのです



当時 私も小学生高学年 。一年に何度かは 友達と連れ立って



〈テンプラ〉したものでした



所持金は 150円位でした 大牟田線の電車賃が 往復50



味のタウン 因幡うどんの丸天うどん(25円) を食べて



残ったお金で スポーツセンター スケートするか



センターシネマ 映画を観るか コースは ほぼ決まっていたようです



当時 福岡には



大きなイベント会場が スポーツセンター しかなかったので



コンサートや大相撲の九州場所も ここで行われていました



50年の月日は この国を 考えられない世界へと変えてしまいました



この街も 変わってしまいました



スポーツセンター センターシネマも無くなりました



路面電車 いなくなり 玉屋デパートも無くなりました



大丸が 呉服町から 移ってきて パルコ 三越 出店しました





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味のタウン 因幡うどん




と同じ コースをと思い まず因幡うどん〉 を探しました


ありました ありました お昼時だったので 満席5人待ち


待つのが嫌でしたので 元スポーツセンター



ソラリアプラザ に行ってみました


ホテル・ 専門店 が入った 商業ビルへと 変身しています


7階には トーホーシネマが 入っていますが



昔の センターシネマ の 面影は ありません


観たい映画まで 時間があったので



同じフロアの レストランで 食事をする事にしました





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ソラリア 7階 たから





和食の店 たから



美味しそうだったので 『和食ランチ御膳』を注文しました



九種類の お番菜 (左上から 玉子焼き・糖みつ煮・さばの塩焼



しろなのおしたし・えびの大葉天ぷら・茄子のあげびたし



赤こんにゃく・鰹のねぎまぶし・燻製ポテトサラダ)



豚汁・麦飯・ とろろ汁 付きで 1300 でした



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センターシネマ で観た 映画 一番覚えているのが



ダスティホフマン 『卒業』でしょう



今日見たのが 話題の テレビドラマのリメイク版



上戸彩 『昼顔』でした



映画評論は 今回は やりません







久し振りの 〈テンプラ〉に 使ったお金は 3500



昔は 150円で済んだんですけどね・・・








# by nonkei7332 | 2017-06-27 09:48 | 日記 | Comments(2)

by ヒサミツ