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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

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富士山




〈Google〉で この国を 見てみました

改めて この国が 山ばかりの国なんだと わかります

なんと 76% が山地だといいます

2000年前の この国はといえば

今ある平地は ほとんど 海だったみたいですので

平地など ほとんど無い 山ばかりの 国だったのでしょうか

海を渡ってきた 海人達は 平野ではなく 山に住み着いたのかもしれません

木々を刈っては 炭を作り 鉄を作りました

そして 長い年月をかけて 山を崩して 湿地を作り

そして 長い年月をかけて 塩抜きをして

やっとの思いで 稲を植える 田畑を作ったのでしょう

山から流れ来る 川 のほとりで 米を作り

山の恵みの海で 魚を捕り 貝を取って 生き抜いてきたのです

すべての 恵みは 山の恵みである事を

知っていた 古代の人々にとって

山こそが 命を繋ぐもの 即ち 神 だったのでしょう


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福岡市から見た 脊振山




私が この世に生まれて 最初に見た山 は

おそらく《 脊振山 》 でしょう

せふり せふり と言っていました

福岡市から見える山では 最も高い山(1054m) ですが

なぜか 近くて遠い 近付き難い 山でした

まだ 一度も 登った事の無い 山なのです

冬が近まり 山頂付近が白く冠雪すると

もうすぐ ここにも雪が降るなと思ったものでした

筑紫の古代史は というより この国の古代史は

この山並みを中心に 展開されたのでした

謎とされる 日本に最初に伝わった

山岳仏教の伝承地だったのかもしれません


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京都から見た 比叡山



私が 今まで登った山の 最後の山

それは 《 比叡山 》です

死ぬまでに 一度は行ってみたかった 山でした

去年 京都の最終日に 次男が車で 連れて行ってくれました

日本の仏教の礎となる 聖地であり

天台宗の開祖 《 最 澄 》が 延暦寺を建立した地でもあります

この地で日本古来の 山の神 と 仏教が 習合します

それまで 祭祀信仰 だった神々が この頃から

〈権現〉や〈菩薩〉〈明王〉や〈天〉といった名前で

人々の前に姿を現わすことになります

市杵島姫 は 弁財天 へと 天照大神 は 十一面観世音菩薩 へと

仏法を護る 守護神 へと 変わっていったのでした

比叡山は 若い修行僧の中から 後世名を成す 名僧を輩出しました

浄土宗の法然。浄土真宗の親鸞。臨済宗の栄西。

曹洞宗の道元。日蓮宗の日蓮。などです

日本の仏教はここから始まったと言っても過言ではありません


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延暦寺 塔中

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延暦寺 根本中堂 中庭




登山 には ほとんど 縁のない 私でしたが

それでも 登った事のある 数少ない 山の名は

宝満山。 四王寺山。 天拝山。 立花山。

阿蘇山。 久住山。 雲仙岳。 霧島山。

そして 富士山(五合目)。

どの山も 山の神 の 住む 霊山 でした








by nonkei7332 | 2016-01-29 19:30 | 日記 | Comments(0)

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昨日は 雪の日

なぜか ウキウキして

いつもは 閉めたきりの カーテンを開けて

雪の降る 様を 飽きることもなく 見ていました

みるみるうちに 真っ白になっていく 風景 を見ながら

心は いつになく 穏やかでした


私の情動は 脳の中の扁桃体を刺激して

海馬のチャンネル から

幾つかの 記憶を取り出してくれました

そう それは どこかで 見たことのある 風景でした



わたしの 10歳 の誕生日 (12月中旬)

その日は 朝から ボタン雪が降っていて

わたしは 窓枠に座って 一面 真っ白な その光景を 魅入っていました

空を見上げると 雪の色は 灰色をして ゆっくりと 落ちてきます

雪ってなんだろうね そんなことを 考えていました



わたしの 5歳頃 の元日の朝早く

一面の雪の中を 家族で 近くの 銭湯に行きました

丹前を着て 滑らないようにと 姉と手を繋いで歩いていました

『なんで 朝から お風呂屋さんに行くと』


そう 兄に聞くと

『お正月やけんたい』と 答えてくれました

(この頃 我が家は 元日の朝は銭湯に行くのが恒例でした)



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雪国の子供達



今朝は 少し 早めに 目が覚めました

外を見ると 雪はまだ残っていて 小雪が舞っています

ウキウキした 気持ちで 完全防寒 で 旗を持って 外へ出ました

子供たちの 楽しそうな笑顔が 目に浮かんできました

その異変に気が付いたのは 校門の近くに来た時でした

先生達の駐車場に 車がないのです

教頭先生が 近寄ってきて



『 おはようございます ニュースご覧なりませんでしたか

今日は 雪の為 休校なんです 』


『 えー そうだったんですか

雪だから はしゃいでいたのは 私だけでしたか 』


そう言って 二人で 大笑い したのでした

部屋に戻り 熱いココアを飲みながら

《 この国は やっぱり 何かを まちがえている 》

そんな事を 考えていました

なぜなら 子供達の 多くが いつもと違う 雪の日だから

学校に行って みんなと遊びたいと 思っている事を

私は 知っていたからです。







by nonkei7332 | 2016-01-25 14:20 | 日記 | Comments(0)


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一年のうちで 最も寒い 大寒の候です


七十二節気では

《 水沢腹堅 》(さわみずこおりつめる)

沢に厚い氷が張りつめる頃。

沢に流れる水さえも凍る厳冬。


福岡は 最低温度が −3度 最高でも 1度

北西の風が強く 雪が横から 飛んできます

この冬一番の 寒さですが

子供たちは 待ちかまえたように 外に飛び出してきました


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 淡雪の たまればかてに くだけつつ

  わが物思ひの しげきころかな

     (古今集 よみ人しらず)


【 私訳 】

淡雪は積もることなく 降っては崩れ 降っては崩れ

まるで 私の 積もることのない 淡い想いのようです


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by nonkei7332 | 2016-01-24 13:50 | 日記 | Comments(0)

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毎年 この時期に 志賀海神社 に詣でます

私にとっての 遅い 初詣で なのです

小雨の降る中を 参道を 歩いていると

町の人々が にこやかに 挨拶をしてくれます

今日は 『歩射祭神事』が行われているからでしょうか

普段より 幾分 参拝の人も多いみたいですが

テレビで見る あの 異様な初詣でとは 全く違う 風景なのです



経済最優先の 物欲に 塗れた この国にしたのは誰なのか

真実の祭神さえも変え

《商売繁盛》の守銭奴 に 堕落した

神社(神社庁) の罪を 私は 嘆きます


少なくとも そんな所には行きたくもない

そんな 頑固な男の 遅い初詣 の理由がここにあります



村の鎮守の神様の

今日はめでたい御祭日

ドンドンヒャララ

ドンヒャララ

ドンドンヒャララ

ドンヒャララ

朝から聞こえる笛太鼓

《 童謡「村祭り」》


自分達の誇れる 祖先神 を 町人が 総出で祝う

昔の 神社の 原風景が ここには まだ 残されています


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志賀海神社の『歩射祭』の起源は

その昔 安曇族が 敵対した 土蜘蛛を退治したことに由来します

奴国 と 狗奴国 が敵対していた時期もあったのでしょうから

それは それで うなずける起源ではあります

その後 多くの 国が 倭国 として 統一 されていきます

倭国王朝(九州王朝) は 仁徳天皇 のころ 全盛期を迎えたのでした

その中心的な存在が 安曇磯良 を始めとする 安曇の民だったのです

そこには 隠されてきた 多くの謎が 横たわっています



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熱いあめ湯 が 冷え切った身体を 温めてくれました

美味しかったです



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帰り道 参道の民家に咲く 蝋梅(ろうばい)の花が


春を 呼んでいるかのようでした

昔は 蝋梅の実を 子供たちが競うように取って 食べていたと

本の中で 読んだことがあります

あの緑の実を どんなふうにして 食べたのか どんな味がするのか

知っている人は まだいるのでしょうか


帰りのバスを待っていて 思いがけなく

志賀海神社の 平澤憲子権禰宜 とばったりお会いしました

和かな笑顔で 話しかけてくださいました


《 平澤さん(旧姓安曇) は

五年前に亡くなられた 安曇磯和宮司の妹さんです

55歳から 神職を学ばれたそうです 女性が宮司を継げないために

今は権禰宜として神社を守っておられます

今は 太宰府天満宮の西高辻信良宮司が宮司代行をされていますが

いずれは 御子息である 平澤幸興さんが

宮司を継がれることが 島民の願いでも あるそうです 》



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安曇の魂 を 誇り高く 護り続ける 志賀海の人達

そして その愛すべき人々を温かく抱く 磯良の海

ここには この国の 記憶の奥に眠る

故郷の風景が まだ 残っています







by nonkei7332 | 2016-01-18 16:10 | 日記 | Comments(0)

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雲仙市 橘神社の 世界一大きい 門松




日本人は嬉しい事があったら

『盆と正月が一緒に来た』という言葉を使います

一年の中に 祝うべき日が二日あったからです

おそらく 冬至(12/22) と 夏至(6/21) の季節の節目を祝ったのが

そもそもの起源でしょうが 何度か 暦や風習が変わっていき

現在のような 祝祭 に変わってしまいました

冬の正月 と 夏の七夕 (仏教に習合され 盆となった) がそれです



特に 正月は昔の村々では 歳神様 という その氏族の祖先神を

迎える行事だったといわれています

その名残が 今ではもう見られる事が少なくなった

「門松」「注連飾り」に残っています

こういった松飾りを飾っておく期間を「松の内」といいます

地方よっては 7日だったり 15日だったりしますが

松飾りは 歳神様が道に迷う事なく 家々に迎えるための目印とも

家に歳神様の滞在を示す印だともいわれていました

その松飾りを焼くことで お送りするのが

「どんと焼き」などと呼ばれる 各地の火祭りです


さてさて 歳神様といわれる 祖先神はどこにおられたのでしょうか

それは 「山」です 歳神様は 「山の神」だったのです

その昔 人とも 神ともいえない 神人(かみびと)が山には住んでいました

冬になると 里に下りてきて 山の幸と里の幸を交換しては

山に帰ったといいます

神人は 赤い顔をしたり 青い顔をしたり 片目が無かったり

鼻が異様に高かったり そんな 顔をしていました

そうです 後の世に 「鬼」とか「天狗」と呼ばれた人達でした

神人は いろんな 山のみやげ物を 麓の村に もってきました

遠い昔 稲作を村に教えたのも 神人でした

山で木を刈り炭を作り その火で鉄を造っていました

その鉄で 鍬(くわ) や 鋤(すき) を造っては 村人を助けました

酒の作り方も 薬も 村人に与えたのでした

そして 神人は 星を読むことができました

星を読んでは 暦を作り 村人にその年の 天地の動きを教え

稲を植える品種 や 時期までも教えていたのです

沢山のみやげを持ってきてくれる 神人を 村人は 正月になると

門松を立て 晴れ着を着て迎えたのでした

平和な 風景 だったのでしょう



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太宰府天満宮 鬼すべ神事



1月7日に 太宰府天満宮や糸島市の老松神社では

「鬼すべ神事」や「鷽替え神事」が行われます

歳神様(神人)を迎えた 村人の祭りの面影を残しています

ただ 悲しい事に 日本の 偽りの 歴史は

神人(鬼・天狗) を 幸をもたらす者から

災いをもたらす者へと 変えてしまいました

そのもっともひどい行事が 「節分」です

《鬼は外 福は内》といって 鬼に豆を投げつけます

本来の姿は 《鬼は内 福も内》と言って 頂いた土産と交換に

里で取れた 豆を 鬼に献納したのではないかと思います

ちなみに 埼玉県嵐山町の鬼鎮神社 や 奈良県天川村の天河神社など

多くの神社やお寺での 節分には 《鬼は内 福も内》と言っているのです

最近はやりの 節分の 恵方巻 も 歳神様のいる方向(南南西)

を向いて食べないといけないといいます

歳神様(鬼)から頂いた物への感謝のお返しなのです



初春に行われる 風習や神事の起源は

山の神から そして もつと古くは 海の彼方から 来訪すると信じた

祖先神を 祀る事だつたのでしょう


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沖津宮 御手洗浜




明日 私は 海神の住む 龍の都 志賀海神社に行きます

遠い昔に 海の彼方から 渡ってきた 祖先神 に

今年一年の 感謝の想いを伝えます

今頃 明日の『歩射祭』のために 八人の若者が

沖津宮 の 御手洗浜 の海に入って


禊 (みそぎ) をしている ころでしょうか








by nonkei7332 | 2016-01-16 13:11 | 古代史 | Comments(0)

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初烏 (牡丹品種)




夕やけこやけで 日が暮れて

山のお寺の 鐘がなる

お手々つないで みなかえろ

からす と いっしょに かえりましょ


童謡の『夕焼け小焼け』です

日本人なら だれでも目に浮かぶ 原風景がここにあります

烏(からす) は 昔から 山の神のお使い だと言われていました

今では 嫌われ者の カラス も 昔は

人々を導く 御崎(ミサキ)神 と 呼ばれていたのです



初烏(はつがらす) というのは

元日の朝早く鳴く 烏のことを言います

冬の季節を表す 特に 元旦のおめでたい日の 季語 として使われます

元旦の宮内庁の朝賀や 即位式には 紫宸殿の南には

威儀を加える用具として『烏形幢』(うぎょうどう)という幢が

飾られます 三本足の烏 ヤタガラス です


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明治天皇御即位式図屏風
(ネルソン・アトキンス美術館蔵)


全国の神社でも 烏神事 が残っています

〈名古屋の熱田神宮〉〈近江の多賀大社〉〈安芸の厳島神社〉では

カラスに神饌 を供して年占をする 御鳥喰神事(おとぐいしんじ)が

今でも 行われています

神社以外でも東北や越後の 家々では

正月十一日の農立ての日の朝 今年苗代にしようと思う田に行って

初鍬をいれ 三ヶ所に 餅と神酒・洗米とを供えて

これを早稲・中稲・晩稲の三通りに見立てて置きます

そして 大きな声でオミサギ・オミサギと喚ぶと直ぐに烏が飛んで来て

その餅をくわえて行きます どの餅を先に持って行くかを見て

三種いずれの稲が本年は当り作であるかを決めるという

《烏勧請》(からすかんじょう) という 風習が残っているそうです


神々の御崎(ミサキ) としての カラス もまた 神を導く鳥として

人々に 敬われていたのでしょう



こういった 神事や風習 が古代史の謎解きをしてくれます

まずは 熱田神宮をはじめ この神事が残っている神社は

何れも 安曇族(海人族) と縁のある神社ばかりです

海人とカラス の繋がりでいえば

海に出た海人達が

霧の立ち込めた海で 陸を探すとき 舳先から カラスを放って

飛んでいった方を陸地だとした という話があります


海神 八咫烏(ヤタガラス) といえば


安曇の祖神 豊玉彦 です

神武天皇(九州王朝) を 支えた 御崎神 だったのでした


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初烏 (花菖蒲品種)


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初烏 (桜草品種)








by nonkei7332 | 2016-01-14 18:13 | 日記 | Comments(0)

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毎年 正月の二日は息子二人と 三人でお酒を飲みます

日頃 近くに住んでいない 彼等とは 積もる話をします

仕事の事。孫達のこと。そして 私の近況。

長男の住む 熊本八代の話から

私の《熊襲(くまそ)》の話が延々と 続いた後で

話題が 孫の名前に変わりました


『 《 颯 人 》(はやと) の名前は 薩摩隼人の隼人をイメージしたのか 』


と次男に聞いてみたら 彼は こんな 話をしてくれた


『 実はね 薩摩隼人 のイメージではなくてね

漢字を見たらわかるように〈風に立つ人〉と書くだろう

さだまさしの 『風に立つライオン』という歌 知っていると思うけど

どんな困難にも立ち向かっていく男の子 になって欲しいという意味で

つけた 名前なんだよ 』


初めて聞いた話でした 胸が熱くなりました

この歌のことは 当然知っていますし 小説も読んでいたし

去年 映画化された 映画も観ていたからです

私の中では 去年観た 映画の中で最も感動した 素晴らしい映画でした

久し振りの 涙腺崩壊 の 映画でした



さだまさしが1987年に発表した楽曲「風に立つライオン」

アフリカ・ケニアで国際医療活動に従事した 実在の日本人医師

柴田紘一郎をモデルに作られたこの曲は、

日本に残してきた恋人に宛てた手紙を

歌にのせ、壮大なスケールで綴る名曲です

俳優の大沢たかお が 原作者との交流を深め

「風に立つライオン」の小説化・映画化を熱望したことから、

今回のプロジェクトは始まったのです

彼の願いを受けたさだまさしが 同名の小説を発表したのは13年

そして今年 大沢たかお主演による念願の映画版が遂に誕生しました


物語の主人公は 長崎の大学病院からケニアの研究施設

熱帯医学研究所に派遣された日本人医師・航一郎。

周辺で戦闘が続くこの地で 心に傷を負った元少年兵と出会った彼は

少年と真っ直ぐ向き合うことで医師としての生き方を見つめ直します

銃や地雷で負傷した人々が次々に運び込まれてくる過酷な医療の現場で

アフリカの大地に向かって「ガンバレッ」と叫び

自分を鼓舞しながら常に前向きに生きる航一郎を

原作者が彼をイメージしてキャラクターを作り上げたという

大沢たかお が はまり役で演じています

日本とケニア。航一郎の少年時代 から現在までを結ぶ

雄大なスケールの作品 。一人の日本人医師がもたらす

人種も時間も超えた他人を思う心の奇跡を 是非その目で確かめてくだい

(東宝 website 映画情報より)











by nonkei7332 | 2016-01-08 21:15 | 日記 | Comments(0)


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菜の花




今年の冬は暖かいです

沖縄では 夏日(25度以上) が3日続いたとか

スキー場に全く 雪がないとか

暖冬のニュースが飛び込んできます

福岡でも 去年と今年の 元日から7日までの平均気温を比べると

《去年》 最高 10.1 度 最低 4.1 度

《今年》 最高 13.4 度 最低 7.4 度

平均温度 で 3度も暖かいようです


暖冬を 英語で言うと warm winter

異常暖冬ともなると tropical winter とも いわれるそうです


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水仙



もう 菜の花 が咲いていました

いつもなら 閑散として 色の無い花壇にも

心なしか 早い春の花が見え隠れしていました

春は近いのでしょうか


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ストック


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沈丁花


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冬薔薇



《 うぐいすの 谷よりいづる 声なくは 春来ることを 誰か知らまし 》

古今和歌集 巻1- 14番


うぐいす は 春になると 山から里に 下りてきて 鳴くと言います

春告鳥 (はるつげどり) と 呼ばれています










by nonkei7332 | 2016-01-08 12:44 | 日記 | Comments(0)


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磯良の海から
名島神社 葛城山 を 望む





新しい年が始まります


昨日までの 想いを おおい隠すように

葛城山 に かそのあかとき(黎明) が 拡がっていきます

この 地球(ほし) のどこかで

お腹をすかした 子供達の頬に 涙がひとすじ 光っています

恐怖 と 憎しみ と 諦め が 混じった


大人たちの ため息が聞こえてきます


《 生老病死 》

生きることは 苦しいことだという 前提で生きてごらん

楽しいことは たくさん あるからと 仏陀は教えてくれました

5年前 の 今日 ICU のベットの上で 絶望の淵にいた 私には

5年後 の 今日 の姿は 想像さえできませんでした

二人の息子に 友人に そして 多くの笑顔をくれた 子供達に

《ありがとう》という

この地球(ほし) で 最も 美しい 言葉をおくります

そして 今年こそ この地球(ほし) が

ありがとう の 言葉に 満ちあふれますように

そのために 私は 生きていきます


福岡出身の シンガーソングライター 相川理沙 さん

何度も お会いしましたが 笑顔が 素敵な人でした

「ひかり」という曲です

何度も聞きました そして 何度も 勇気をもらった曲です






aikawarisa.blog113.fc2.com/
相川理沙さん のオフィシャルブログ








by nonkei7332 | 2016-01-02 09:19 | 日記 | Comments(0)