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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

カテゴリ:万葉集( 12 )




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ひおうぎ (檜扇) の 花です



とても 清楚な品格がある 花です



名前の由来は 扇のような 葉にあります



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花が落ち 実がなって 実の周りの 殻が剝げ落ちると



中から 真っ黒な 光沢に包まれた 種子 現れます



これが ぬばたま (射干玉) と 呼ばれているものです




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万葉集には 枕詞としての 〈ぬばたま〉が使われています



枕詞とは 和歌において 特定の語の前に置いて語調を整えたり



ある 種の情緒を添える言葉のことをいいます



〈ぬばたま〉は 〈夜〉〈黒〉〈髪〉などに 掛かる 言葉です



なんと その数は 80首もあります



〈夜〉を詠った歌が 52



〈黒髪〉を 詠った 歌が 15 あります





《 ぬばたばの 黒髪変わり 白けても 痛き恋には 逢う時ありけり 》


万葉集 40573 沙弥満誓(さみまんせい)



黒髪が白くなって(年をとって)も


せつない想いに出会うこともあるのですね


観世音寺の初代管長であった 沙弥満誓が


大伴旅人(おおとものたびと)が都に発った後に送った歌です


〈ぬばたま〉は 黒髪に掛かる 枕詞です




居明かして君をば待たむ ぬばたまの 我が黒髪に霜は降るとも


万葉集288 磐姫皇后(いはのひめのおほきさき)



私はここで朝まで待っています、たとえ私の黒髪が白くなっても


仁徳天皇の妻 磐姫 の歌です 嫉妬に狂う女心 です


コワイ ですね。


   



《うつせみの 人目繁げくは ぬばたまの 夜の夢にを 継ぎて見えこそ》


万葉集 12 3108 読み人知らず



世間の人目が多いと嘆かれるのなら 夜毎 私の夢の中に 見えてくださいな


〈うつせみ〉 人に掛かる枕詞


ここでの 〈ぬばたま〉は 夜に掛かる 枕詞です





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今年も 冬の 女性の髪の流行は


「黒髪」「ロング」「ストレート」だそうです


クリスマスは ヌバタマガール 》が


街中の男達の視線を独り占め にしそうですね







by nonkei7332 | 2017-11-17 08:17 | 万葉集 | Comments(0)

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柿の葉




暦 は 立冬

そろそろ 冬支度 でしょうか

頂いた 柿を 剥きながら

夕方から降り出した 激しい雨音に

季節の移ろいを 感じながら 万葉集をひろげています

そもそも 万葉 とはどういう 意味なのか

『よろずの言の葉』とか言われていますが

いまひとつ しっくり こない

〈萬葉〉〈言葉〉〈葉書〉

〈葉〉の意味が解ればと 思いながら 調べてみると



タラヨウ(多羅葉) という 木がありました

日本では この木の葉の裏面に経文を書いたり

葉をあぶって占いに使用したりしていたといいます

そのために 多くは寺社に植樹されているそうです

葉の裏面に傷をつけるとその部分のみが黒く変色し

長期にわたって残るため 字を書いておくことができるらしく

別名を〈ジカキシバ〉又は〈エカキシバ〉ともいうそうです

葉っぱ が 紙 の代用だったのですね

葉書 の 語源なのでしょうか


もうひとつ 面白い話がありました

《今昔物語集》の 第10巻-8 にある こんな話です

今は昔 中国での話

帝からの 召しがなく 後宮で空しく日を送る女がいました

女は 柿の葉に詩を書き 宮中の川に流しました

葉は 宮中から流れ出て 川下にいた 呉の招孝(しょうこう)という

男が この葉を拾いました

紹孝は 別の葉に 返詩を書いて 川上まで持って行って 流しました

葉は 後宮に流れ着いて 女の手許に届いたのです

その後 不思議な巡り合わせが あって 二人は 夫婦になりました



「曲水の宴」の原形みたいな 話でした


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寒椿 と 山茶花



暦 の 七十二候 で言えば

『 山茶始めて開く』とあります

山茶花(さざんか) もしくは 椿(つばき) が 咲き始める頃です


《 あしひきの 山椿咲く 八つ峰越え 鹿待つ君が妻かも 》

万葉集7ー1262

〈語訳〉

山椿が咲いている 山々を越えて あなたが鹿を捕らえに行っています

そんな あなたが 帰ってくるのを 私は 忍んで待っていますよ

( 浮気をする 夫への 怨恨歌 なのでしょうか )



去年の11月26日 の拙ブログ

『 侘助(わびすけ)椿 と 寒椿 』

山茶花 と 椿 の違いを 記事にしています




by nonkei7332 | 2015-11-08 23:07 | 万葉集 | Comments(0)


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夏の夜に ひときわ 輝く
牽牛星 ( わし座アルタイ) と 織姫星 (こと座ベガ)
そして その間に流れるように横たわる 天の川

今日は 新暦の七夕です
一年に一度の この日なのに 朝から 雨です
七夕の夜に降る雨を 催涙雨 (さいるいう) と いいます
夜には 止んでほしいものですね
旧暦で 7月7日は 今年は 8月20日になります
新暦か旧暦か というより
新暦も旧暦も 七夕 だと思へば いいのです
そうすれば 織姫 も 彦星も 一年に一度ではなく
二度会えるのですから
涙を流す確率も それだけ 少なくなるですからね

《 一年に 七日の夜のみ 逢う人の 恋も過ぎねば 夜は更けゆくも 》
万葉集10巻-2032 柿本人麻呂

〈私訳〉
一年に一度しか会えない 七日の夜なのに
恋もこれからなのに
時間だけが過ぎてしまいます
誰か時間を止めて!


《 この夕 降りゆく雨は 彦星の 早漕ぐ舟の 櫂のちりかも 》
万葉集10巻-2052 作者不明

〈私訳〉
夕方になっても 降りやまぬ雨は
彦星が 急いで 舟を漕ぐ
櫂の しずく なのでしょうか


万葉集には 七夕を詠った歌が 132首 あります
恋の歌を かくも 儚く 詠める 万葉の人々の感性に
ただ ただ 憧れるだけです

五色の短冊 が もしここにあったのなら
私は どんな 願いを かくのでしょうか?

すでに 私の感性は 錆びついているようです






by nonkei7332 | 2015-07-07 11:58 | 万葉集 | Comments(0)


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万葉 の 頃


男 が 女 の 許へ 通いました


女 は 通ってくる 男 を待つしかなかったのです


待つ日 が 重なると 想いは 乱れます


女 は 想いを 筆にのせ 歌を詠み


ひとずてに 送ることしか できなかったのです


『 あなた が いない日々は こんなにも 寂しいのです 』



とは


心の上に 糸しい(愛しい) 糸しい(愛しい) 言葉をのせた 想いでした



だから 女たちは 万葉仮名 で 戀 は 孤悲 (こひ) と書いたのでした


孤独な 悲しい 想い だったのです



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歌聖 (柿本人麻呂) が 孤悲(こひ) のうたを 詠みました


《 鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めらむ 》

万葉集11巻2513


【 私訳 】 : 雷が 少しだけ鳴って 曇ってきて 雨が 降らないでしょうか

そうしたら あなたを 帰さずにできるのに



この歌に 返歌を 詠みました


《 鳴る神の 光響みて降らずとも 我は止らむ 妹し止めてば 》

万葉集11巻2514


【私訳】: 雷が鳴らなくても 雨が降らなくても 私はここにいます

あなたが 一言 「ここに居て」 と 言ってくれるのであれば





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『 言の葉の庭 』(ことのは の にわ)


人麻呂 のこの歌を テーマにした


アニメの 美しい作品 があります


甘く せつない 片恋の物語です



《 始めの あらすじ 》


靴職人を目指す 高校一年生の 〈タカオ〉は 15歳


雨の日 授業をさぼっては 庭園で靴のデザインを考えていた。


ある日 タカオは 庭園で 昼間から ビールを飲んでいる


不思議な女性 27歳の 〈ユキノ〉に出会う


どこかで 会ったかと タカオ が尋ねると ユキノ は否定し


「鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」


の 万葉集の歌を 言い残して 去っていった




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万葉集では


戀 は 「孤悲」のほかに 「古悲」と書かれた 歌もあります


サントリーオールド の CM 憶えています


《 恋は 遠い日の花火 ではない 》


恋は 何時かは 冷めるもの と 誰かが言いました


でも 永遠に 冷めない 恋が あるとすれば


それは 『 片 恋 』 なのかもしれませんね










by nonkei7332 | 2015-04-15 09:14 | 万葉集 | Comments(0)


《 懸 想 文 》とは
恋文。相手に対する恋心を和歌に詠んで
紙にしたため それに関連する草木を添えて
人づてに渡しあったといいます


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〈鏡王女〉川崎幸子さん 万葉人形集 より


もう 記憶も 覚束ないほど
たくさんの 季節がすぎてしまいました
あの頃のことは いまでも 心の中の宝箱に 隠しています
今のように MAIL も ない時代でしたから
二人を繋ぐものは 手紙 だけでしたね
端麗な あなたの字に 似てもにつかない わたしの 丸文字は
いまでも 子供達に 笑われています
たくさん あった 貴女からの 手紙は もう どこにも ありません
ただ 一つだけ 残っているものが あるとすれば
あの頃 わたしにくれた 手紙のなかに 書いてあった
万葉集の 《 鏡 王 女 》の ひとつの 歌です
過ぎ去った 日々の数ほど 何度も口ずさんだ 歌ですから
いまでも すらすらと 詠むことができます


《 秋山の 木の下隠り 行く水の 我れこそ益さめ 御思ほすよりは 》
2-92

( あきやまの このしたがくり ゆくみづの われこそまさめ おもほすよりは )


秋山の 樹の下を

隠れるようにして 流れていく 水のように

私は 流れて行かなければなりません

でも 私は あなたより もっと

あなたのことを 想っています



この歌は〈鏡王女〉の 遠の朝廷 ( とおのみかど ) に住む
〈 志 貴 皇 子 〉に送った歌です

〈天智天皇〉へ 送った 歌だと されている歌ですが
真実は 皇子の存在を 隠さなければならなかった 誰かの 仕業です

記紀 にも 万葉集にも 隠された 倭国九州王朝
白村江の戦い に 自ら 赴いた
〈筑紫君薩夜麻王〉(ちくしのきみ さちやまおう) は
戦いに敗れ 唐の捕虜になってしまいます
天皇の 代行を務めたのが 薩夜麻王 の 皇子 志貴皇子 ( 中宮天皇) でした
皇子の愛した 〈鏡王女〉 と 妹の〈額田王女〉は
唐と手を組んだ 天智 のもとに
采女(うねめ) として 大和に 送られてしまうのです
鏡王女 は 大和 で 皇子の子を 産みます
そんな 悲しい 別れの歌 だったんですね


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鏡王女 万葉歌碑



毎年 秋に なると

私は あなたの 面影を追って あの 美術館にいきます

去年は あなたの名前を見つけて 思わず 涙してしまいました


遠い 遠い 万葉 の 懸想文。

宛名を 書くこともない 懸想文。






by nonkei7332 | 2015-01-27 13:56 | 万葉集 | Comments(0)


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韓流歴史ドラマ 「近肖古王」



去年 友人から 「百済」や 「新羅」を調べるなら
「韓流歴史ドラマ」を見るといいよ と聞いたので
凝り性の私です かなり 見まくりました

高句麗系の 「朱蒙」をスタートに 「風の国」
百済系の 「近肖古王(クンチョゴワン)」 「階伯(ケベク)」
新羅系の 「善徳女王」「著童謡(ソドンヨ)」「大王の夢」「海神」
伽耶系の 「鉄の王キム・スロ」 など


《 七 支 刀 》の話は「近肖古王」の最終話に出てきたので はじめて知りました
七支刀 のデザインは 中央の刃が 百済で 左右の 六枚の刃は 百済の属国を表します
「倭国」は ここでは 属国だという設定になっていますが 近肖古王は
「倭は小さな国だが、いずれ大国になる だから 百済の文化を教え 仲良くなるんだ」
と 話しています

『近肖古王』… 4世紀 百済の最盛期を築いた第13代王
百済から日本へ贈られた七支刀の話があります


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綾杉さんの 『ひもろぎ逍遥』の最近の記事で 《七支刀 》 の興味深い話が載っていました
七支刀のデザインの元は《 ヒカゲノカズラ 》という植物だということや
(アメノウズメ) が挿していた〈髪飾り〉と同じデザインだということ
そして 京都下鴨神社の「葵祭」の 葵は 「ヒカゲノカズラ」のことで
祭りの起源は 背振の賀茂氏 の祭りだという 凄い 内容でした

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ヒカゲノカズラ



万葉集の中には ヒカゲノカズラ の歌が 有りました 4首 紹介します

《あしひきの山かづらかげましばにも 得がたきかげを 置きらさむ 》
14巻 3573 作者 : 不明

訳 : 山の ヒカゲノカズラ。めったに手に入らないそのかずらを手にしたら
放って置いて枯らしたりするものですか

(なかなか手に入れられない ヒカゲノカズラ を 素敵な女性に たとえて詠んだ歌です)


《 あしひきの 山縵の子 今日行くと 我れに告げせば 帰り来まを 》
16巻 3789 作者 : 不明


訳 : 山縵(やまかづら)の子が きょう逝(い)ってしまうと
私に告げてくれたのなら 帰ってきたのに。

解説 : 「縵児(かづらこ)の悲劇」と言われる伝説があります
昔々 三人の男たちが一人の 娘(ヒカゲノカズラを髪に飾った娘) を好きになり 求婚しました
縵児は 思い悩んだ末に池に身を投げました
三人の男たちが 嘆き悲しんで 歌を詠みました
その歌(三首)の一つです


《 見まく欲り 思ひしなへにかづらかけ かぐはし君を 相見つるかも 》
18巻 4120 大伴家持の歌

訳 : お逢いしたいと思っていたところ
かづらを飾りつけた素敵なあなたさまにお逢いすることができました

解説 : この歌の題詞には
「京に向ふ時に (京で)貴人を見たり美人に相(あ)って飲宴する日のため
あらかじめ憶(おもひ)を述べて作る歌二首」とあります
合コンの前に あらかじめ 口説き文句を作っておいたという
さすが プレイボーイの (家持) らしい 歌です


《 あしひきの 山下 ひかげかづらける上にや さらに梅をしのはむ 》
19巻 4278 大伴家持の歌

訳 : 山の下蔭に生える ヒカゲノカズラを 髪の飾りのかづらとしているのに
どうしてさらに梅を褒めようとしているのですか

解説 : 大伴家持が新嘗祭の時によんだ歌です
神事の際に ヒカゲノカズラを飾りとして使っていたことがうかがわれます


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九州国立博物館 では
特別展『 古代日本と百済の交流 - 大宰府・飛鳥そして公州・扶餘 』が 開催中です

明日 は 『七支刀』を見に 太宰府 行こうかな





by nonkei7332 | 2015-01-16 14:16 | 万葉集 | Comments(0)

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《 海神の 豊旗雲に入日さし 今夜の月夜 さやけくありこ 》
天智天皇・万葉集巻1・15

(訳) : 夕空にたなびく旗雲が朱く染まっていく これは 志賀の海神がくれた雲であろうか
今夜の月は きっと 煌々と輝くだろう

(註釈) : 天智天皇の 軍旅の途中 での歌でしょうか
海神(わたつみ) の加護への感謝の想いが伝わってくる歌です



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《 あかねさす 日の暮れゆけば すべをなみ 千たび嘆きて 恋ひつつぞ居る 》
万葉集巻12・2901

(訳) : 秋の夕まぐれは 理由もなく 何度もため息をついてしまいます
あなたのことが 恋しくて たまらないのです



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《 夕闇は 道たづたづし 月待ちて行ませ 我が背子 その間にも見む )
豊前國娘子大宅女・万葉集巻4・709

(訳) : 夕ぐれは道が暗くて見にくいですから 月が出てから 帰りませんか
お帰りになるその姿を 月の光で見ていたい

(註釈) : 月にかこつけて恋人を引き止めようとする 女心が切ないですね




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「秋の日は つるべ落とし」といいます

夕まぐれ(夕暮れ時) は 一日の終わりではなく

今から始まる 夜のプロローグ なのです

空は 雲は 海は 月は 最高の演出で 人びとを 癒してくれます

記憶を 辿ってみませんか

万葉の頃 あなたは どんな人と どんな 夕まぐれを 見ていたのですか










by nonkei7332 | 2014-09-28 11:27 | 万葉集 | Comments(0)


《 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ 》
10巻2110


誰だあれはと 私のことを聞かないでください 

九月の露に濡れながらでも あなたを待っている 私です


夕暮れ時を「たそがれ」というのは
『 誰そ彼 』(たれそかれ)が語源です

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《 臥いまろび 恋ひは死ぬとも いちしろく 色には出でじ 朝顔の花 》
10巻2274


ころげまわって 恋焦がれて 死のうとも はっきりとは顔色には出しません

朝顔(桔梗) の花のようには


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《 道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻 》
柿本人麻呂11巻2480


道端の いちしの花が 目立つように 私の恋しい人のことを

みんなに知られてしまいました


〈 いちしの花 〉とは 彼岸花のことです
〈 いちしろく 〉とは はっきりと目立つ という意味です

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《 秋風の 寒く吹くなへ 我が宿の 浅茅が本に こほろぎ鳴くも 》
巻10 ー 2158


秋風が寒く吹くにつれて 私の庭の 茅萱(ちがや)のもとで

コオロギが鳴いています


白い毛 を 密生した花穂が 一面に風にそよぐ光景は 大変美しい

若い花穂は 古くから ツバナ と呼ばれている。



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( 秋の夜の 月かも君は 雲隠り しましく見ねば ここだ恋しき )
10巻2299


あなたは雲に見え隠れする 秋の夜の月のようですね 

しばらく会わないと こんなにも恋しい


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by nonkei7332 | 2014-09-15 13:01 | 万葉集 | Comments(0)

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『 大 伴 旅 人 』(おおとものたびと) が


大宰府の帥(長官)として赴任したのは 63歳の時である


多くの官職をこなしてきた 旅人にとって


遠の朝廷(とのおみかど)太宰府は 彼のドラマティックな人生の


最終舞台にふさわしい場所となった



《 やすみしし 我が大君の 食す国は 大和もここも 同じとぞ思ふ 》


巻6ー956


意味 : わが大君(天皇)が治めていらっしゃる国は、


大和(やまと)もこの大宰府(ださいふ)も同じだと思いますよ。



心境 穏やかな 旅の始まりだった


翌年の春 大宰少弐に遷任された小野老を祝い 旅人は 宴を催す


多くの 客人の中には その後 旅人の歌人として


の才能を引き出し 永遠の友となる 二人の人物がいた


一人は 筑紫観世音寺別当 である 『 沙 弥 満 誓 』 (さみまんせい)


参席者の多くが 都への望郷の情にひたる中


満誓はこんな歌をうたって 座を盛り上げた


《 しらぬひ 筑紫の綿は 身に付けて 未だは着ねど 暖けく見ゆ 》

巻3ー336

意味 : 筑紫の綿(わた)で作った衣は まだ着たことはないのですが 暖かそうですねぇ


(筑紫の女性は あたたかそうですね)



そして もう一人は 『 山 上 憶 良 』



《 憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ それ その母も 我を待つらむぞ 》


巻3ー337


意味 : 憶良どもは もうこれで失礼致しましょう 家では子らが泣いているでしょう


そして その母も私どもの帰りを待っていることでしょう



憶良は 都への望郷の念にも 筑紫の女を暖かい


綿に譬えた 満誓 の艶笑にもなびくこともなく


参加していた下僚たちを代表し 主人の旅人に


辞去の歌を捧げたのである


後日 この宴が生涯続く友情の出発点となる


旅人の大宰府の赴任 は 単身赴任ではなかった


長年連れ添ってきた妻(大伴郎女)も子(家持)も連れての旅であった


その妻が 翌年 亡くなったのだ


旅人の悲しみは尋常ではなかった


《 世の中は 空しきものと 知る時し いよよますます 悲しかりけり 》


巻5-793


意味 : この世の中が儚く空しいものであるということを思い知った今


さらにいっそう深い悲しみがこみあげてくるものです


旅人は 大きな悲しみを忘れるために 酒に溺れていきました


《 験なき ものを思はずは 一杯の 濁れる酒を 飲むべく あるらし 》

巻3ー338


意味 : なんの役にも立たないことを思うくらいなら


一杯の濁(にご)り酒を飲んだほうがましだよね



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御笠川の カルガモの親子



荒んでいく旅人を見て 山上憶良は挽歌を贈ります それをきっかけとして


その後「筑紫歌壇」といわれる 「万葉集」に収められた数々の歌が


少弐小野老(おゆ)


観世音寺別当 沙弥満誓(さみまんせい)



大伴坂上郎女


などの人々と共に 詠まれていきます



酒を飲み 友と歌を詠み 少しずつ 癒されていく



旅人の前に一人の女性が現れます



『 娘子(おとめ)児 島 』です


児島は「遊行婦女(うかれめ)」と呼ばれる


宴席に侍り詩歌音曲を奏する云わば芸妓です


が そうそうたる 万葉歌人と同席して歌を詠むだけの


品格と教養を兼ね備えた 女性でした




話はそれますが


万葉集には四人の 遊行婦女(うかれめ)が名を残しています

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「土師(はにし)」


「蒲生(かまふ)」


「左夫流児(さぶるこ)」


そして「児島(こじま)」です


この様な 遊行婦女


と呼ばれる女性達は




その後も 傀儡女(くぐつめ)とか


白拍子(しらびょうし)と呼ばれ


歴史の表裏に登場します


彼らは人形に人の穢れを移し、


舞わすことによって穢れを祓う役目を


果たしていたようですが


遊女である白拍子も 自分自身に穢れを移して、


舞うことによって 穢れを祓っていたのです


白拍子は直垂(ひたたれ)・立烏帽子(たてえぼし)姿ですが


これは巫女の衣装ともとれます


白拍子を舞う女性たちは遊女とはいえ


貴族の屋敷に出入りすることも多かったため、


教養高い人も多く


平清盛の愛妾となった 祇王や仏御前


源義経の愛妾となった静御前


後鳥羽上皇の愛妾となった亀菊などが知られています


(NHKの大河ドラマ平清盛で 松田聖子が演じた


祇園女御も白拍子ですね)


(右上の絵は 北斎による 白拍子姿の 静御前)



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水城趾




話を戻しますが


旅人にとっては 児島との甘美な日々は



「最後の恋」だったのでしょう


しかし 満誓のいう 「暖かい綿に包まれた」日々は



長くは続きませんでした


旅人は大納言に昇進し、都へ戻ることになったのです



都へ帰る日 旅人の一行は 大宰府を離れ


馬を『 水 城 』に止め、府(太宰府の庁舎)を振り返ります


その時 府吏(太宰府の官吏)の中に


見送る 遊行婦女 が 一人居ました 児島でした


彼(旅人)と二度と会えない ことを歎き



涙を拭い 袖を振りつづけるのでした


当時は 袖を振る行為というのが


最大の 愛の告白表現 だったのですね

 

旅人を見送る 児島の歌です


《 おほならば かもかもせむを 畏みと 振りたき袖を 忍びてあるかも 》


(巻6ー965)


意味 : 普通の人ならああもしたいこうもしたい


でも貴方は偉いお方なので 振りたくてならない袖も じっと我慢しています


 

《 大和道は 雲隠りたり しかれども 我が振る袖を なめしと思ふな 》


(巻6ー966)


意味 : 大和への道は雲に隠れているくらい遠い(それ程、貴方と私の身分は違います)


そうであっても 私が振る袖を無礼だと思わないで下さい

 

 児嶋に贈った 旅人の歌二首である。


《 大和道の 吉備の児島を 過ぎて行かば 筑紫の児島 思ほえむかも 》


(巻6ー967)


 意味 : 大和へ行く途中にある吉備の児嶋を通る時には、


筑紫の児嶋をきっと思い出すであろう


《 ますらをと 思へる我れや 水茎の 水城の上に 涙拭はむ 》


( 巻6ー968 )


意味 : 立派な男子と思っている私が 水城の上で 涙をぬぐってしまった



周りもかえりみず 袖振る児島の姿に思わず


感涙する自分に びっくりしたのだろうか


旅人の最後の恋は終わった


都に戻った 旅人 は独りに戻ります


《 ほほ人もなき 空しき家は 草枕 旅にまさりて 苦しかりけり 》


(巻3ー451)


意味 : 人気のないがらんとした我が家は(草枕)旅の苦しさよりもなお苦しく切ないものだ



旅人の人生の長旅が終わりに近づいていた


懐かしい我が家も



彼にとって心安らぐ場所では もはや なかった


そんな折 太宰府の沙弥満誓から歌が贈られてる


《 ぬば玉の 黒髪変り 白けても 痛き恋には 逢ふ時ありけり 》


巻4ー573


意味 : 黒髪(くろかみ)が白くなって(年をとって)も、


せつない想いに出会うこともあるのです( 幾つになっても、男は恋をするものです)


旅人は満誓に 返歌をおくる


《 ここにありて 筑紫やいづち 白雲の たなびく山の 方にしあるらし 》


巻4ー574


意味 : ここからでは筑紫(つくし)はどちらの方でしょうか。


白い雲がたなびいている山の方でしょうか


天平3年 7月 大伴旅人は


帰京後、1年も経たずにその秋の7月(旧暦)に病に伏し


『 萩の花は、もう咲いたか? 』と


何度も何度も 側近に聞きながら


静かに旅立ったのでした


旅人の旅とは いったい 何だったのでしょうか


帰るとこるがあってこその 旅 なのに


都に 帰ってきても そこには 待つべき人は 誰もいなかった


白い雲の向こうの太宰府を 思い浮かべて


旅人の脳裏によぎったのは


今は亡き 妻の姿ではなく


袖振る愛しい女(ひと)児島の姿だったのでしょうか



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萩の花











by nonkei7332 | 2014-08-05 22:37 | 万葉集 | Comments(0)

博多湾に浮かぶ 能古島に
韓紅(からくれない)の夕陽が落ちていく

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      つきせぬ波のざわめく声に 今夜は眠れそうにない


      浜辺におりて裸足になれば 届かぬ波のもどかしさ


僕の声が 君に届いたら すてきなのに


 



井上陽水は この島を片想いの島にしてしまったが
多くの若者達 は この島で一日を遊び
そして 散りゆく花を惜しむように
短い春の中で 恋に落ちていった




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《 沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ 》
(万葉集16巻3866)

〈訳〉: 沖に棲む鳥の鴨という名の船が帰って来たら、也良の崎守りよ、
早く知らせておくれ。

也良の崎守りとは 能古島の東端の 也良岬にあった
防人(さきもり)の駐屯地のことである
この歌は、
対馬への防人の食料運搬中に遭難した志賀島の船乗り・荒雄の死を悲しみ
筑前守 山上憶良がつくった 歌だといわれている



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《 風吹けば 沖つ白波 恐みと 能許の亭に 数多夜ぞ寝る 》
(万葉集15巻3673)

〈訳〉 : 沖では風が吹いて白波がたち、この白波が恐ろしく能許の泊りに何日も
泊まっている

天平八年(736)、新羅を目指した遣新羅使一行は、
筑紫館(後の鴻臚館)を出発したが 荒れ狂う海の前に
韓亭(別称能許の亭、現在の唐泊)で
何日も風待ちの不安な夜を過ごしたという


写真は
香椎かもめ大橋の上から 能古島を写した 夕暮れの海三景である

わたつみ(海神)の海に横たわる この島はいつも美しい
多くの悲しみと祈りを 紅く染めて
やがて 磯良の海は静かに 夜の帳(とばり)に下りていく








by nonkei7332 | 2014-03-24 12:36 | 万葉集 | Comments(0)

by ヒサミツ