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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

カテゴリ:日記( 137 )



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夏の早い朝

微睡みの中で けたたましく

叫ぶように鳴く 蝉の声で 眼が覚める

梅雨入りを 待ちかねたように 鳴き出したから

下手な 気象予報士よりも 賢いのかもしれない

《 く ま ぜ み 》は ここでは 〈ワシワシ〉ともいう

蝉の中でも 強者(つわもの) の武士(もののふ)のようだ

夏が来たぞと 触れ回るかのように 激しく鳴く

すべての人が 喧しいと思うのかと思えば

そうでも ないようである



《 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 》

( しずけや いわにしみいる せみのこえ)

芭蕉






立秋(8月7日)を過ぎると 残暑というが

朝夕の風に秋の気配が漂うようになる頃


七十二候 の 《 寒蟬鳴く》(ひぐらしなく)は

8月12日 から 盆過ぎまで

カナカナ と 夕暮れ近く《 ひ ぐ ら し 》が鳴く

送る 魂 を 惜しむように カナカナと哀しく啼く


《 松風の音あはれなる山里にさびしさ添ふるひぐらしの声 》

西行






二百十日 (9月1日) を過ぎると

暑かった 夏を惜しむように 《 ほ う し ぜ み 》が鳴き出す

白き秋 の 迎え人 のように


《 鳴くあとの やや 淋しさや 秋の蝉 》

子規







《 蛍二十日に蝉三日 》(ほたるはつかにせみみっか)

という言葉があります

それにしても 蛍や蝉は 短い命だということをいったのでしょうが

これは 正確ではありません 実は蝉は 成虫になってから

一ヶ月は生きているといいますから 蝉の方が長く生きています

蛍の方が短命だったのです

都々逸(どどいつ) の中にも

蛍の方が 短命だという歌がありました


《 恋にこがれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ螢が 身をこがす 》






by nonkei7332 | 2016-07-20 14:03 | 日記 | Comments(0)


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かもめ大橋 から 能古島に沈む夕陽を写していたら

一羽の小さなカモメが 横切っていきました

お気に入りの写真です

遊び疲れて 親の処に 帰る途中なのでしょうか

帰る所はあるのか ?

お腹はすいてないのか ?

その姿を追いながら

私は つぶやいていました



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カモメは 海と航海を護る鳥なのです

古代 海人達は カモメの行く先で 陸地を知りました

海で死んだ 男達の魂が 姿をかえたものともいわれます

志賀海神社では 沢山のカモメが 海神に寄り添うように

磯辺で遊んでいました

刻を忘れて 私はその風景に見入っていました




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私にとって カモメは 子供たちです

驚いたことに 海で泳いだことのない子供が 何人もいました

私には 泳ぐといえば 川 や 海 でしたが

今の子に聞くと プール という答えが返ってきます

悲しい 答えです

ある朝 寒くもないのに ポケットに手を入れて 来る子がいました

『 ポケットから手を出しなさい 』と私が言うと

慌てて 手を出した その時 ポケットから 何かがこぼれました

それは 菓子パン でした

気まずそうに 拾い上げた その子の 悲しそうな目を見て

私は 言葉が詰まってしまいました

『 だいじょうぶだよ 』そう言って

そっと その子の 頭を撫でてやりました



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今年の夏 私達は 『 カモメの城 』という

ボランティア を立ち上げました

子供達の 〈居場所〉〈隠れ家〉〈遊び場〉造りです

今から ボランティア募集のチラシを 配りに行きます


『 決して 無力ではない 微力だけれども 無力ではない 』


そう 自分に言い聞かせながら。






by nonkei7332 | 2016-07-15 13:30 | 日記 | Comments(3)

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くちなしの花




《 やはらかに 夏のおもひも老いゆきぬ 中年の日の君がまなざし 》

北原白秋『桐の花』より



夏の朝が 好きだ

それも かなり 早い 朝が好きだ

ひんやりと 朝の冷気 に包まれて

小鳥の さえずりだけが 聞こえてくる



今日から 7月 半夏生。

昔から この五日間は 井戸に蓋をして

田植えで疲れた 身体を休める日だったとか

乙女たちは みずの上に 棚をつくり 機をおりながら

神が降りてくるのをひたすら待つ

やがては 神の精を孕み 巫女になっていく

棚機津女(たなばたつめ)は 七夕の起源だ



毎月最初の土曜日は

子供達と一緒に作った 畑に行く

きゅうり 茄子 そして 誰かが植えた ほおずき

さっきから 軍手を探しているのだが

どこになおしたのか わからない 困ったものだ

去年の夏祭りには 子供達に 風車を配ったが

今年は何にしようかと 考えていた

紅い ほおずき を配ろうか とも考えてみたが

今の子は ほおずきを鳴らして遊ぶことを知らない

そうだ 今年は 風鈴にしよう

そう決めて 靴を履く

子供達の声が聞こえてくる

軍手は とうとう 見つからずじまいだ

梅雨の 晴れ間の

静かな 朝だ










by nonkei7332 | 2016-07-02 08:20 | 日記 | Comments(2)


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この 国 では 初夏になると 雨が多く降ります

六月 のことを (水の月)(水無月) (みなずき)といいます

木々 は 若葉に染まり 春の花 が実をつけるころ

人々は 田 に水を張り 稲を植えますので

この月のことを 田無月(たのつき) とも いいます



水の〈女神〉は 水の端の女 (みずはのめ) です

人々は 川の淵に 祠をつくり

躰 と 心 を 浄め 一日の始まりを祈りました

この国の人たちは 今でも 朝起きると まず顔を洗います

水で 穢れを 祓う 禊(みそぎ)の儀式が

今も 魂の記憶として 残っているからでしょうか



〈雨〉という語源は〈天〉だといわれています

〈天水〉(あまみず) は 神の振る舞い でした


雨が 幾月も降らなければ

ひとびとは 水の女神(龍神)に 雨乞いをしました

雨が 幾月も降り続くと

ひとびとは 太陽の神(アマテラス) に 祈りました

また 古代より この国の人たちは 多く恵みをもたらしてくれた

祖先達 を 神として 祀ってきました


祖人 は 遠い 海原を 渡ってきた 海人達です

男達を 〈海士〉といい 女達を 〈海女〉と言って

〈アマ〉とよんだのでした



今日 は 衣更え

いよいよ 暑い夏が やってきます

季節が またひとつ 終わりました




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《 ひさかたの 雨も降らぬか 蓮葉に 溜まれる水の玉に 似たる見む 》

万葉集 16ー3837


〈 私訳 〉

雨が降ってこないでしょうか 蓮の葉に溜まる水を見たいのに





《 鳴る神の 少し響みてさし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ 》

万葉集 11ー2513 柿本人麻呂


〈 私訳 〉

雷が少し鳴って 曇ってきたわ 雨も降らないかな

そうすれば あなたも もう少しここに いてくれるのに



柿本人麻呂 の この歌 をテーマにしたのが


お気に入りの アニメ『 言の葉の庭 』です

去年 4月『 孤悲(こひ) は 片恋 』という 記事にしました

( 2015 / 4 / 15 http://hisamitsu.exblog.jp/24363195/ )





アニメの エンディングで 秦 基博 が 歌った

『 Rain 』という歌です








by nonkei7332 | 2016-06-01 18:39 | 日記 | Comments(0)


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= 2016/05/22付 西日本新聞朝刊 =

熊本地震後、災害拠点病院になっている国立病院熊本医療センターで、

肺炎による入院患者数が前年同期と比べて倍増していることが

西日本新聞の取材で分かった。熊本赤十字病院でも2割近く増加。

地震による関連死疑い20人のうち、熊本県外に転院後に死亡した男性は


誤嚥(ごえん)性肺炎 だったと確認された。

避難生活が長期化する中、歯磨きなどの口の中のケアが不十分になると、


特に高齢者は口の中の細菌が気管に入って引き起こす

誤嚥性肺炎の危険性が高まるとされ、専門家は注意を呼び掛けている。



口腔ケアを怠れば 様々な疾病を引き起こす 特に高齢者のリスクは高い

という記事を読んでから 歯磨き時間が 2、3分 延びたのでした


唾液の中には 500以上の細菌が うじゃうじゃ いるそうです

代表的なのが 虫歯菌 や 歯周病菌 といわれています

私は 56歳まで 歯石除去以外の歯科治療を受けた事がありませんでした

いわゆる 虫歯が一本も無い 歯の痛みを知らない

歯に関しては幸せな男でした

その 慢心がいつの間にか 口腔ケアを ないがしろにしたようです

その後 2年間の中で 2本の歯を失いました 原因は虫歯ではなく

歯槽膿漏(歯周病)という奴です



先日 高校時代の友人 4人が集まり 食事をしました

一人は 1年ぶり 一人は 20年ぶり 一人は 米国からの帰省中で 45年ぶり

積もる話で 楽しい時間は過ぎていきました

20年ぶりの N君 が 『 去年こんな本を書いたから 読んで 』と言って

一冊の本をくれました 彼は 歯科医師です


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この本の出版挨拶に こんな文を載せていました


『 神経を抜いた歯、あるいは 虫歯や外力により神経が死んだ歯が

様々な全身の病気を作り出すという、古くて新しい大変衝撃的な情報を

全国に周知させたいという思いで執筆しました。

虫歯を作らない、歯の神経は抜かないとの強い気持ちを持って

毎日の口腔ケアを実践していけば、

未曾有の高齢社会先進国に突入している日本に於いて、

一人一人健康長寿の支えになり、限りなく増大し続ける

医療費の削減にもつながっていきます 』



『 歯 原 病 』初めて聞く言葉でした

彼は 本の中で 歯原病とは何か その治療法について そして

2010年から2015年までの 治療を行い終了した 全ての症例を

経過も含めて 書き連ねていました


本の 最後には


『 歯原病は今はほとんど知られていませんが、アメリカでは徐々に

認知度がたかまっています。日本でも 今後歯科医療で脚光をあびる

大きなテーマになると考えられます。

歯原病に興味を持ち、ともに歯原病の治療で患者様の苦しみ・

悩みを和らげ、解消できる歯科医を増やしたいー。

私の希望です。』


と書いています


私は 59歳の時 脳梗塞を 病みました

〈ストレス〉〈少し高めの血圧〉そして 〈高コレステロール〉

原因は そんなところだったのだろうと思っていましたが


彼は本の中で


『 歯周病は 歯を支えている骨(歯槽骨)が破壊される病気として

一般によく知られています。動脈硬化を誘発して 脳梗塞 心筋梗塞を

起こしやすくします 』


と書いていました


〈歯周病〉と 〈脳梗塞〉

私の中で この二つの病気の因果関係は 全く考えてもいなかった事でした

60年近く大きな病気もせず 入院などした事もなかった私にとって

ある日突然やってきた 予兆なしの 大地震だったのですが

実は 歯周病という 地震雲が 大空に たなびいていたのを

見落としていたのでした

彼は 今回 この本で 私に教えてくれたのでした



歯がゆい思いをする前に 今日もしっかり 歯を磨きましょう

6月4日 は 虫歯予防の日です





中島歯科 のホームページ です
http://www.ndental.jp/



by nonkei7332 | 2016-05-28 16:35 | 日記 | Comments(0)


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杏の実




今年も ジャムの季節 がやってきました

去年の 私の中で 大好評だった 杏(あんず)ジャムが今年は作れません

何故なら 去年あんなに満開に咲いていた 杏の花が

今年はほとんどと言っていいほど 咲かなかったからです

今年は何かおかしいなと思っていたら 4月の熊本地震

杏の木は 何かを 報せていたのでしょうか



『無いものねだりはしない』が座右の銘 の私は

すぐに あるものを探します

探し出したのが『山桃』と『梅』そして 『桜の実』でした



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山桃




小学生の頃の 私は学校から帰ると

『10円ちょうだい』と母にねだっては 10円玉を握りしめて

近くの駄菓子屋に 駆け込んでいました

( 当時の10円は (かけそば) が 20円でしたので 今で言えば150円位 )

それでも 母が機嫌が悪いと もらえず 仕方なく

裏の林にあった 山桃の木に登っては

山桃の実を 口の中が 腫れるくらい 食べていたのを憶えています

近くの公園にある 山桃の実が 少し 色づいてきました

あと 10日もすれば 大丈夫でしょう



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梅の実




梅の実を見つけました

ジャムの材料は マーケットでは買わない主義を貫くために

公園の海辺の 梅の木 と 狙いをつけていたのでしたが

去年より 実りが少なく思えます でも なんとかなりそうです

ただし 杏ジャムと同じように 一度 梅酒を作って 浸かった梅の実を

ジャムにしますので ジャム作りは 来年 でしょうか



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大島桜 の実




最後に見つけたのが 『桜の実』です

桜の実と言っても 高級果実の 桜桃(さくらんぼ) ではありません

《大島桜》という 桜の木に に実が付いていました 可愛い赤と黒の実です

恐る恐る 熟した 黒い実を ひとつ 食べてみました

ちょっと 酸っぱいですが 卑しい 私の味覚は 合格点を出したようです

問題なのは 小さい実なので かなりの量がいる事でしょうか

あとは 小鳥達が 食べてしまう前に どれだけ確保できるかですね



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大島桜 の 実






by nonkei7332 | 2016-05-26 16:31 | 日記 | Comments(0)

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居酒屋 みなみ




昭和40年代 高度経済成長期と呼ばれる頃

博多の街には 歓楽街中洲を中心に多くの飲食店が

ひしめき合っていました その中でも ひときわ 際立っていたのが

「キャバレー」というビッグバンドを背景に 歌謡ショウや

ダンスも踊れる 大人の 社交場でした

当時は 中洲を中心に20店舗くらいはあったそうですが

その中でも BIC3 といわれたのが 赤坂門にあった 『キャバレー赤坂』

清川にあった『キャバレー月世界』そして 南天神にあった

『キャバレーミナミ』だったといわれています

十代後半の青き少年だった 私には 近くて 遠い存在の 歓楽街でしたが

そんな妖艶な世界を ある種の 大人への憧れとして 見ていたのでした


今では マンションや ビジネスホテルが立ち並ぶ

南天神(渡辺通り5丁目)にあったのが『キャバレーミナミ』です

常時150人近くの従業員のための 専属食堂があったそうです

やがて いつしか キャバレー も 取り壊され 食堂が 居酒屋となって

「ミナミ」の名前を残しています


前置きが長くなりましたが 私の 二軒目の行きつけが この

『 居酒屋 み な み 』さん です

お付き合いは もう 10年くらいになりますでしょうか

暖簾をくぐると 12.3人が座れるカウンターがあり

奥には 小座敷と 20人はゆっくり座れる 大座敷があります

ほぼ 毎日来られる 常連さんで一杯ですが

その多くが 市役所や 九電や 九電関連の 企業の方が多いようです

厨房は みんなから 「おかあさん」と呼ばれる 女将さん(年齢不詳)

が仕切ってあり 接客は もっぱら 博多美人の娘さんが対応しています

母娘とも 豪放磊落 そのもので 店内は 笑い声が絶えません

最近 ちょっと遠のいている 私ですが 行った日には 奥から おかあさんが

『 ◯◯◯っち~!。どげんしとったと!。元気しとったね!』と

博多弁丸出しの 大きな声が 飛んできます

驚くのは この店のメニューの多さです

柳橋連合市場直の 旬の魚 野菜が カウンターに並んでいます

メニューに無くても 「なんば食べたかね」と言って

おかあさんが すぐに 奥で 作ってくれます

5年前 私が病に倒れた時 真っ先に 病院に駆けつけてくれたのが

お二人でした リハビリ中も 何度も 病院を訪ねてくれて

激励をしていただきました


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2012年5月 お店にとって 大変な一ヶ月 がありました

福岡市長が 市職員に対して 「禁酒令」を出した時でした

飲酒に絡む職員の不祥事が続いたという理由でしたが

お客さん に 市職員の多い お店は 大打撃だったようです



この「禁酒令」のさなか 西日本新聞の6月6日の朝刊のコラムで

九州大学名誉教授の関先生が こんな記事を書かれています


市長の談話を読んで その真摯さは 正義でも

なにか こう 野暮なのは これにかかわる

子供に夢を与えるのは 年長者たちの 粋なかっこうよさだから

野暮 は すでに 罪の一歩手前でもある。


けれど それが けっして

市長ひとりのものではないところに 根の深さがある

この町全体が どこかに 大切なものを置き忘れて

えらく 野暮な町になろうとしている 虞(おそれ)を感じる

それは 先人たちの 有言無言の教えに背くものではないか

酒をないがしろにすると


天罰ならぬ 酒神の逆襲を受けるだろう

大丈夫か この町 しらふで 千鳥足だが。

【 ( 福岡市「禁酒令」)より一部抜粋】


市長の家庭外禁酒の 激が飛ぼうが


周りの風景が いかように変わろうが

博多の戦後の大衆酒場の流れを


肌で感じてきた 母娘 の 顔には

微塵の ためらい もないようです


『居酒屋 みなみ』に 今日も 暖簾がさがります

いつものように


豪快な おかあさんの 笑い声が 轟いています







私がいつも呑む焼酎の 大好きなTVCMです







by nonkei7332 | 2016-05-20 19:27 | 日記 | Comments(0)



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「味秀」さん




私は 酒飲みではありません

晩酌などもしないし 家の中には お酒と名のつくものは

どこを探しても 一つもありません


それじゃあ 下戸(げこ) なのかというと そうではなく

いわゆる 呑める口は もっているからです

いまでも 月に一度は 行きつけの店に行っては

古くからの友人と話したり 焼酎のお湯割りを 四、五杯 呑んでは

カラオケで 好きな歌を 二、三曲 歌っては 楽しい時間を過ごします

行きつけの店は 二軒だけです よほどの事がない限り

他の店には 行く事がありません




一軒目は 東区松香台 (香椎駅近く九州高校前のバス停そば)にある

『 味 秀 』(あじひで) さんです

店を出したのが 平成3年だそうなので 今年で 25年周年です

私は もう 20年近く通っているので 客の中ではかなりの古株でしょう

このお店のお気に入りは なんといっても 料理の美味しさと

ママさんの 家族的な 人柄でしょう

付け出しの小鉢一品も日替わりですが どれもが 満足できる味です

人気は「ロールキャベツ」「ホウレンソウのおひたし」などですが

私のお気に入りは なんといっても 「ポテトサラダ」

刺身も ヒラアジ か カンパチ と 決まっています

近くの九産大のイケメン男子学生のアルバイトも 好評なんです

嬉しいことに 毎年 正月の二日は 二人の息子と

「味秀」さんで 酒を飲むのが 恒例になっていて

いい酒と 息子達の歌を聴きながら 一年のスタートをするのが

私の 至上の喜びでもあるのです


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『新修 福岡市史 民俗編ニ』(2015年発行) の第四部「歳月」の中で

「味秀」さんの記事が出ていました

日々のお店の様子を 日記みたいに ママさんが 綴ってありました


某月某日

今日の一番目のお客さんは Cさん。はじめての来店が二年ほど前。

脳梗塞で右半身にかなりの麻痺が残り、杖をついての来店。

不自由ながら会話もふえて、月一の来店が週一になり、

一回の時間も長くなり、楽しんで下さっている様子です。

そこへ Dさんが来ました。彼も 同じ病気を二年前に経験しました。

もともと 歌が好きな方で、リハビリ中は「店で歌うぞ !」が

目標だったそうです。病後にはじめて来店された時には

大変だったろうと思いをめぐらすと、涙が出てきました。

すばらしい回復ぶりでした。

合わせたかのように リハビリの仕事をしている E君 来店。

お互いの立場が理解しあえるので 話がはずみます。



ママさんの 暖かな人柄を偲ばせる 記事でした

この中に出てくる Dさん という客は どうやら 私のようです



私がいつも飲む 焼酎の 大好きな TVCM です










by nonkei7332 | 2016-05-19 17:06 | 日記 | Comments(0)


《 たのしみは 妻子むつまじくうちつどひ 頭ならべて物をくふ時 》



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橘 曙覧 (たちばなのあけみ)

(1812~1868)


幕末の歌人です 福井の商家の長男に生まれますが

幼くして 父母を失い 家督も 弟に譲り 隠遁生活をおくります

妻子五人の極貧の中で 日々の生活の〈たのしみ〉を52首の歌で綴った

『 独 楽 吟 』(どくらくぎん) が特に有名です

どれも「たのしみは」で始まる一連の歌を集めたものです


52首の中から 私自身の「たのしみ」を10首 探してみました



たのしみは 草のいほりの筵敷き ひとりこころを静めるとき

たのしみは 空暖かにうち晴れし 春秋の日に 出であるく時

たのしみは 朝おきいでて 昨日まで無かりし花の 咲ける時

たのしみは 心にうかぶ はかなごと思い続けて煙草すうとき

たのしみは 物識人に稀にあひて 古しへ今を 語りあうとき

たのしみは 心をおかぬ友どちと 笑ひかたりて 腹をよるとき

たのしみは 昼寝せしまに庭ぬらし降りたる雨を 覚めてしる時

たのしみは 常に見なれぬ鳥の来て 軒遠からぬ樹に鳴きしとき

たのしみは 庭にうえたる春秋の 花のさかりにあへる時々

たのしみは 神の御国の民として 神の教えを ふかくおもうとき




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《 若葉さす ころはいづこの山見ても 何の木見ても麗しきかな 》

橘 曙覧(春明艸524)


若葉が萌え出ずる季節は どの山を見ても どの木を見ても 美しい








by nonkei7332 | 2016-05-11 14:42 | 日記 | Comments(0)


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白秋詩碑 (柳川市矢留本町)





北原 白秋 (1885~1842)


日本を代表する 詩人・歌人・童謡作家 として

多くの人に 愛された 白秋は

生涯 故郷 柳川 のことを忘れる事はありませんでした



『 帰去来 』


山門は 我が産土

雲謄る 南風のまほら

飛ばまし 今一度


筑紫よ かく呼ばへば

恋ほしよ 潮の落差

火照り沁む夕日の潟


盲ふるに 早やもこの眼

見ざらむ また葦かび

籠飼 や 水かげろう


帰らなむ いざ 鵲

かの空や櫨のたむろ

待つらむぞ 今一度


故郷やそのかの子ら

皆老いて遠きに

何ぞ寄る童ごころ







詩碑苑 の中に「帰去来」の解説文があります



山門(やまと)は自分の生まれ故郷である。

雲は湧き騰り南風(はえ)は常に吹き通う明るい土地柄である。

かって自分は飛行機で訪問したことがあったが、

ああもう一度、あの空を飛びたいものだ。


筑紫よ、国の名を呼び掛けると、もうそれだけで、

落差激しい潟海が思い出のなかに見えてくる。

夕日の反射を受けて光っているあの海が恋しくてならぬ。


だが、今の自分の両眼は早や盲いて、

二度とそれらをうつつに見ることはできないであろう。

あの水辺の葦(あし)の芽だちも、籠飼(ろうげ)も、

水かげろうも・・・


それにしても帰ろう。鵲(かささぎ)よ、

さあ、お前と一緒に帰ろう。

あの空、あの群れ立つ櫨(はぜ)の木が今一度、待っているであろうよ。


ああ、故郷。昔馴染みの誰彼もみな年老いてしまったし、

それに海山を遠くへだてて年ごろ疎遠になっているというのに、

どうしてこうも子供のように頑是なく、

故郷に心ひかれる自分なのであろう。


(解説-藪田義雄氏)


(註) 籠飼(魚などを捕るカゴ)



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北原白秋





白秋 52歳のころ 糖尿病 腎臓病により眼底出血のため視力を失います

「帰去来」は 薄明の中 故郷柳川への激しい憧憬を歌った詩です

母校 矢留小学校に隣接する詩碑は

同郷で 芥川賞作家の 長谷 健(1904~1957) が建設委員長をつとめました

長谷健と古くからの友人だった 作家 宮崎康平 は 夫人と共に

白秋詩碑に訪れた時のことを こんな風に綴っていました




からたちの若葉は バルサムのような香気を発散していた。

私は犬のように鼻をクンクン鳴らして あたりの葉先を

行きつ戻りつ しばらく嗅いでまわった。

雨上がりの空は底知れず澄んでいるらしく 雲雀が何羽もさえずっている。

詩碑の周囲に植えられた からたちの幹は

思ったよりがっしりと育っていた。

程よく剪定された枝の棘を気にしながら 私があちこちを触っていると

背後で妻が 碑面の朗読をはじめた。・・・(中略)・・・

「盲ふるに早やもこの眼、見ざるむまた葦かび、籠飼や水かげろう」

と、私も思わず 妻の声に和していた。

「盲ふるに早もこの眼」という言葉が

棘のようにグサリと喉に突き刺さる。

こらえようとしたが われ知らず、熱いものがこみ上げてきて、

どうする事もできなかった。





視えないものを 必死に 観ようとした

三人の作家 の 想いのむこうに

古代国 邪馬臺 が 横たわっています












by nonkei7332 | 2016-05-10 12:01 | 日記 | Comments(0)