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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

カテゴリ:日記( 135 )



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尾形光琳 『風神雷神屏風図』 東京国立博物館蔵



『 たまに出る子は 風に遭う』

という ことわざ があります

古来 より〈風に遭う〉ということは あまりいいことではないようです

江戸時代に書かれた 『絵本百物語』という 奇談集には

妖怪としての 〈風の神〉が書かれています

それによると

〈風の神〉は いつも黄色い邪気を吐きながら いつも

天空をさまよいながら 地上を見ています

〈風の神〉の持つ 邪気は 隙間が好きで

特に 暖かい と 寒い の 隙間は 大好物のようです

〈風の神〉の黄色い邪気に触れると 人は 病いにかかります

風邪 (かぜ) という字は ここからきたみたいです



人々が 一年中で 最も 風の被害を怖れる

三大厄日 というのがあります


二百十日 (にひゃくとうか)・・・(今年は8/31)

八朔 (はっさく)・・・(今年は9/1)

二百二十日 (にひゃくはつか)・・・(今年は9/10)


この三日は 立春から数えて210日目と 旧暦の8/1の朔日

そして 220日目の 三日のことです

この頃は稲が開花する重要な時期なのです それはまた

甚大な影響を与える台風に見舞われることも多い時期でもあるのです

天気予報などなかった 昔の人々にとっては

記憶に残る 何千年にも及ぶ 人々の 記録から

暦の中の 雑節 として この日を 残したのでした



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おはら風の盆





〈風の神〉を 鎮めるために 人々は 祈りました

越中富山のおわらの里では

『 おわら風の盆 』といって

村人達 は 400年もの間

9月1日から 3日迄 三日三晩 踊り続けています



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種山高原 「風の又三郎」の像



宮沢賢治 の書いた 童話の中で

『 風の又三郎 』という 話があります


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう



奇妙な 風の歌で始まる 童話です

谷川の岸に小さな学校の さわやかな九月一日の朝でした

青ぞらで 風が どう と鳴り 日光は運動場いっぱいでした

そこに奇妙な格好をした 一人の転校生が やってきます

名前は 高田三郎 変てこな ねずみいろのだぶだぶの上着を着て

白い半ずぼんをはいて それに赤い革の半靴をはいていました

顔 は まるで熟したりんごのようで 目はまん丸でまっくろな

男の子でした

村の子達は 「風の又三郎」と呼びました

9月1日から 又三郎がいなくなる 9月12日迄に起こった

子供達と又三郎との 間の日々の物語が この童話のあらすじです

宮沢賢治は この話の最後をこう結んでいました



「そうだないな。やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」

嘉助が高く叫びました。

 宿直室のほうで何かごとごと鳴る音がしました。

先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。

二人はしばらくだまったまま、

相手がほんとうにどう思っているか探るように

顔を見合わせたまま立ちました。

風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、

またがたがた鳴りました。



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私にとって 今年の二百十日から 二百二十日迄の 10日間は

〈風の神〉〈又三郎〉と 出遭った 夢のような苦しき 日々でした

旋風(つむじかぜ) は 私の肋骨を折って 肺腑を破り

視えない風の景色を またひとつ 私に見せてくれました

それは 忘れかけようとしていた あの 夢のつづきでした

風と遭遇した 240時間が

私を 新たなる 時空間 に連れてきたようです

ここには 新たな 季節の予感が あるのです

私は 5年程 若返ったのかもしれません

いやいや 5年程 歳を重ねたのかもしれません



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櫛田神社の拝殿


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拝殿 破風 の 風神




今日 9月23日は

秋の社日(しゃにち)といいます

秋分の日に 最も近い 戊(つちのえ)の日の事をいいます

社日 は古代中国に由来し

「社」とは土地の守護神 土の神を意味します

この日は 産土神 (生まれた土地の守護神) を祀る日なのです



私の 産土神は 櫛田神社の 〈大幡主神〉です


今日 櫛田神社の 拝殿前に 私は立ち

拝殿の破風 に ある 風神の彫り物を 頭上にして

風神との 10日の日々を 主の神に 報告しました

そして 小さく 願うことも 忘れませんでした



『 神皇産霊(かみむすび) よ 風の邪気は 我のみに 留めなん

ただただ 家族の そして 人々の 安泰たらんことを 』



( 神皇産霊神 = 大幡主神 )











by nonkei7332 | 2016-09-23 18:48 | 日記 | Comments(0)


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白花曼珠沙華




〈中秋の名月〉の日

診察に呼ばれました

いつものように レントゲン撮影のあと

『 どうやら 肺に水(血)も 溜ってないようだし

膨らみ具合も昔に近いようですね 』

担当医は 私の肺を まるで 風船 のように 話す

『 肋骨は 3本とも 見事に折れていますから 当分は痛いでしょうね

ただ 痛むたびに 痛さも小さくなっていきますから 我慢して下さい

痛みが 無くなれば ブラジャーは外されてもいいですよ 』

彼は 胸当てバンドの事を いつも こう呼ぶ

あと 二週間もすれば 痛みも無くなるだろうと

いともあっさりと 収束宣言をしてしまったのだ

こうして 二週間足らずの 私の 「方丈記」は いともあっさりと

終わりを告げられたのでした



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帰りに 筥崎宮の『放生会』(ほうじょうや) へ寄りました


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筥崎宮 参道



かつて 放生会では 生きた亀が売られ 人々は この亀を買っては

近くの 川や池に放ったという 『放し亀』の風習がありました

八幡宮は 神仏習合 され 全国に広がっていった

日本で最も普及した 神社信仰ですが

神社 及び それ以前の祭神については

古来 謎とされています

海神 でもあり 幡を立ててまつる神 秦氏の氏神 とされた神だとすれば

私は 博多櫛田神社の 『大幡主神』こそが

ここには 隠れておられているような気がします

〈大幡主神〉こと 〈塩土老翁 (しおつちのおじ)〉

山幸彦を龍宮に連れて行った 亀として

記紀には 浦島の伝説として残っています

この《放生会》は 古代神話の入り口といってもいいような

多くの謎に包まれた 祭りなのです

人々は 何もわからず 〈秋が来たから放生会〉といって

ここに 集まってきます 祭りだから それでいいのです

豊饒を祈り 生きている事への 感謝を祈る

祭りだから それでいいのです

それこそが 祖神 への 感謝の祈りでも あるからです



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山保呂志 の 花



庭園で 淡紫色の 清楚 な花を見つけました


 『 山保呂志(やまほろし)』の 花


別名がありました


 『 蔓花茄子(つるはななす)』



花との出逢い

生きていることへの 感謝の一日でした
 



今回 多くの方から

激励のメッセージを頂きました

この場をお借りして 感謝申し上げます

ありがとうございました








by nonkei7332 | 2016-09-16 11:30 | 日記 | Comments(2)


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和歌山 有田 の 八朔




9月1日 『八朔』の日

朔月で 新月 新たな思いで 朝 いつもの時間に部屋を出た

いつものように 子供達を見守り

公民館の花壇に差し掛かった時

一陣の強風が舞い 私の足許をすくい

身体のバランスを失った私は 後ろ向きに 倒れてしまった

私の背中は 御影石の花壇の淵に 叩きつけられ そのまま 転倒

〈やっちゃった!〉

瞬間 私の脳は冷静にその場の状況を 見極めようとした

〈頭 は 打ってない〉〈背中打撲?〉〈息が苦しい ! )

周りを見渡したが 誰もいない 100M先の部屋に戻ることを選択したが

どのようにして 部屋にたどり着いたかは 覚えていない

部屋に着くなり 緊急連絡のスイッチを押す

5回目のコールの後 『どうされましたか』と声が聞こえた

『背中を打って 息ができない 救急車を呼んでください』

絞るような声で私は喋った

『すぐ手配します 5分で着きます 大丈夫ですか』

『・・・』

意識はしっかりしている 苦しい呼吸で呻きながらも

私は 財布と保険証と ケータイを手にしていた

遠くに 救急車の音が聞こえた 海馬が震えた

記憶が蘇る かつて 私は こんな 空間にいたことがある

車が揺れるたびに 背中に鈍痛が走る その度に呼吸が3秒とまる

朝の通勤時間帯なのだ やたらと止まりながら 救急病棟についた

痛み止めの注射を打って すぐに MRIへ 呼吸は相変わらず 浅い。

痛み疲れた頃 担当医の野太い声が聞こえた

『肋骨が2本折れていて 折れた骨が 肺を破っています』

『肺の蘇生するために 管を入れる手術をします 麻酔かけますから』

麻酔 は この痛みから解放してくれるのだろうか

そんな 期待は 見事に覆された

内視鏡による 胸をえぐる手術は さらに 激痛だったのだ

再び 痛み止めの注射を打つ 1時間くらいたっただろうか

呼吸が楽になった


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胸に管が入り 管は〈メラサキューム〉という

電動式低圧吸引器 に繋がっている 人口肺みたいなものだろう

点滴がされて酸素が吸入され 肋骨はバンドで強く固定されている

物々しいフル装備だ

看護士さんが『お兄さんと熊本の息子さんが こちらに向かっています』

と伝えてくれた


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日常は ある日突然に こうして 姿を変える


兄と長男が 病室を 私の生活の場に変えてくれるのに

それほど 時間はかからなかった

食卓兼 書斎兼 物入れのデスクが ひとつだけ

ベッド と 周りを仕切るカーテン

iPad があるので ブログは書けるし

なによりも 平均600kcal の三食はありがたい


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私 の 『方丈の庵』はこうして出来上がった


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『 鴨 長明 』(かものちょうめい) が

山科の日野山に「方丈」を組んだのは1208年 52歳の時でした

一丈四方の庵には 中央に炉があり 余分なものはすべてを捨て

最低限生活に必要なものだけをそばに置いたといいます

『方丈記』を書き始めたのが58歳の頃でした


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鴨 長命



ゆく河の流れは絶ずして、しかももとの水にあらず。

よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、

久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人と栖と、またかくのごとし。


【現代語訳】

河の流れは絶えることなくどこまでも流れていき、

しかもそれは元と同じ水ではない。

よどみに浮かぶ泡は一方では消え一方ではでき、

長い間留まっているということがない。

世の中の人とその住居とも、同じようなものだ。




さてさて 私の 『方丈記』はいつまで続くのでしょうか






by nonkei7332 | 2016-09-06 22:40 | 日記 | Comments(6)



九州国立博物館に 姉と二人で 出かけるたびに

参道のカフェで 食事をします


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一軒目 は お気に入りの 『 かさのや家 』です


梅ヶ枝餅 ランキング 一位の店でもあります


茶房ギャラリー に入って 食事をします


いつも 奥の中庭に面した 小部屋が 定番席です


外は 暑い陽射しの中でも ここは ひんやりとしていました


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中庭は いつも よく手入れされていて


季節の花々が咲いています


秋の訪れをつげる 《 秋 海 棠 》(しゅうかいどう)


愛らしい ピンクの花を つけていました


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もうひとつの花は 《 藪 蘭 》(やぶらん) です


日陰の庭に よく見られる紫の棒状の花です


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粉挽の置物に 雀が寄ってきて 食事の真っ最中でした


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選んだ メニューは 『 松香堂弁当 (宰府路) 』


なかなかの お味でした。


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素敵な ステンドグラスでしたので シャッター。


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もう 一軒は 『 中村屋 』


梅ヶ枝餅ランキング 四位の店です


食事は 蕎麦が美味しいです


《 天ざる蕎麦 》を注文しました


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中村屋 の 中庭です



もっと 素敵な店があれば どなたか 教えてください


太宰府に行く 楽しみがまた ひとつ 増えます










by nonkei7332 | 2016-08-25 12:00 | 日記 | Comments(0)

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東 山 魁 夷 (ひがしやまかいい) 1908 ~ 1999



『 東山魁夷展 自然と人、そして町 』


九州国立博物館には 多くの人が訪れていました

一生に一度でいいから 東山芸術に直接触れてみたい


私もそんな 一人 でした


誰人にも そう思わせるほど


東山魁夷 の絵には 神が宿っています



今回の 目玉は 唐招提寺御影堂の障壁画だと言われていますが

90点もの 多くの風景画は 無駄がない 統一された構図です

静けさと 神秘さを醸しだす 青と白 の色彩の前に立つと

魂を奪われたように その世界の中に 吸い込まれていきます


多くの作品の中から 絵の前で 足が動かすことができなかった

三点の絵がありました

(購入した絵画集を撮影しましたので 実物とは多少色合いが異なります)




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「年暮れる」1968年作 山種美術館蔵

大晦日の京都の町家の景色が描かれています

静けさの中に 神の降り立った 家々の平和への 祈りが見えてきます



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「行く秋」1990年作 長野県信濃美術館蔵

魁夷 82歳の作品です ドイツ北部の郊外の秋の景色です

金箔を散らした 楓の落ち葉には 冬に臨む 老いた人の寂しではなく

生命の全てを吐き出したような 荘厳な輝きが 心を打ちます



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「静唱」1981年作 長野県信濃美術館蔵

パリ郊外のソー公園の景色です

私が最も好きな 魁夷の絵です

ポストカードを買い 小さな額縁に入れて リビングに飾りました

東山魁夷 は日本人です

日本の美しき山や海の情感を 唯一描ける 稀有の画聖です

北欧の森を描いたとしても その目線の向こうにあるのは

日本の山河のような気がします

絵の前に立つと 金縛りにあったように 動けなくなります

そこには 多くの苦しみや悲しみを乗り越えてきた

日本人としての 自然神への 祈りが

私に 憑依してくるからでしょうか




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北欧旅行中の 東山魁夷 撮影 : 寺島照夫







by nonkei7332 | 2016-08-24 11:30 | 日記 | Comments(0)

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8月15日 は 『終戦の日』

「戦没者を追悼し平和を祈念する日」だと いわれています


私の叔父は 1945年3月17日 硫黄島で亡くなっています

硫黄島では 日本兵の戦没者数は 20000人。

米国における 戦死者は 6800人 戦傷者は21000人。

勝者であれ敗者であれ 戦争とは かくも 悲惨だったのです


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第71回 全国戦没者慰霊祭における 天皇皇后両陛下



昭和56年8月7日


当時 皇太子殿下でいらっしゃった 今上天皇は

「日本人として忘れてはならない4つの日がある」と話されています


8月6日・・・・「広島原爆の日」

8月9日・・・・「長崎原爆の日」

8月15日・・・「終戦記念日」

6月23日・・・「沖縄戦終結の日」


鎮魂の旅を続けてこられた 天皇のお姿は

今 日本人が忘れかけようとしている

何かを語りかけられているようにも思えてきます

風化していく 記憶をいかに繋いでいくかが

今を生きているものの 努めなのでしょう



内田 樹 (うちだたつる)氏 は講演の中で こんな話をされていました


世の中には

変化してよいもの

変化すべきものと

変化しない方がよいもの

変えてはならないものがある

それを識別することはきわめて難しい



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8月15日 は 『 精霊流し 』です

死者の魂を弔って送る日です

盆の間 先祖に捧げた供物を 川に流す行事なのですが

今では 環境美化の為 川に流す事は 禁止されています

私の 50年前の記憶では

盆が終わると 那珂川には上流から流れてきた

木船や 藁で作った多くの精霊船が 川岸に流れ着いていました

あの 風景は もう消えてしまったのでしょうか


私の住む町では 毎年 この日に 中央の公園に

宗教色のない祭壇と供物棚をつくります

住民達は 盆の間供えた物を持ち寄り

子供達は花火をして遊びます


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おそらく 神社も寺院もない 古代の村では

鎮守の杜に 村人が集まり

神楽に酔い 精霊(祖霊)を送ったのでしょう

2000年という刻を超えて 人々は 形は変われど

同じ思いで この場に集まってきます


死んでいった者へ 生きている者が できることといえば

弔う事と 祈る事しかないのですから


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楽しそうに 花火をする 親子の姿に祈ります

この国が この星が いつまでも 平和でありますようにと。






by nonkei7332 | 2016-08-16 08:30 | 日記 | Comments(0)


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人の記憶とは かなり 〈あいまい〉なものですね

〈あいまい〉という言葉を 漢字で書くと

〈曖昧〉と書くそうですが 私は 長い間

〈曖味〉と 記憶していました

味 と 昧 の違いは 口偏 と日偏 の違いなんですけど

全く 意味の違う 漢字だという事がわかりました

〈昧〉とは

はっきりしないこと 暗いこと

愚かなこと 道理に暗いこと

夜明け前を表すこと

と辞典には 載っています


三昧(ざんまい) という言葉があります

語源は 仏教語らしく

心を一つの対象に集中して動揺しない状態

雑念を去り没入することによって

対象が正しくとらえられるとする

悟りの境地 みたいな状態をいうみたいですが

私たちが使う 日常用語では

〈贅沢三昧〉とか 〈遊興三昧〉とか 〈仕事三昧〉とか

どちらかというと 愚かなことの意味で使われることが 多いみたいです


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さてさて 昨日から


四年に一度の オリンピックが 始まっちゃいました

そして 今日からは これでもか というように

夏の高校野球が 始まっちゃいました

もう 何にも 手につきません


お尻に根が生えてしまいました

当分の間は 〈テレビ三昧〉の愚かなる 日々が 続きそうです








by nonkei7332 | 2016-08-07 18:39 | 日記 | Comments(0)

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学校が 夏休みになりました

朝も ユックリ 遅くまで 寝ることもできるのでしょうが

習慣とは 恐ろしいもので 毎朝 5:30 になると

きっかりと 眼が覚めてしまいます

iPad を のぞくと 今日の予定は

19:00 からの 友人との呑み事 が一件だけで

夜まで ノンビリできるかなとと思うのですが

そうはいかないようで

予定表には載っていない 所用・雑務・雑用 が

かなり 溜まっていることに 気になります


一昨日行った ボランティア講習会の整理。

来週の 校区の夏祭りで配る 風鈴の箱詰め。

図書館から借りてきた まだ目を通していない本が 4冊。

テレビの録画に溜まりきった 韓流ドラマ。

公民館の花壇の水遣り。

そして 気になっている暑中見舞いの返事。


期限があるものから ひとつひとつ こなすしか無いようです

《 雑務を 手を抜かず きっちりやりこなさないと 運が逃げる 》

と いう言葉を聞いた事があります 至言ですよね

アイスコーヒーをがぶりと飲んで まずは 公民館でしょうか


さて 暑中見舞い の事ですが 立秋(8月7日)を過ぎると

残暑見舞いになるという事は知っているので

できれば 今週中には 終えたいとは思っているのですが

今年は 筆頭の挨拶言葉に 《 三伏の候 》を使ってみました

普段使う《 暑中見舞い申し上げます 》では 飽きた訳ではないですが



「三伏」とは

中国古代の陰陽五行説から生まれた暦日の呼び名です

「初伏」「中伏」「末伏」を合わせて「三伏」といいます

夏至の後 3回目の 庚(かのえ)の日を「初伏」

4回目の 庚の日を「中伏」

立秋の後 最初の庚の日を「末伏」とされています

ちなみに 今年の暦だとでいうと

初伏:7月17日・中伏:7月27日・末伏:8月16日

つまり 一年の中で 最も 暑い日々が 「三伏の候」といわれ

昔から 時候の挨拶言葉として よく使われていたようです



「五行説」とは 木・火・土・金・水 のことです

紀元前 古代中国におこった 自然哲学で

万物は五つの元素から成り立っているという 説です


その後 この他に


十干(甲乙丙丁…)・十二支(子丑寅卯…)などの 干支(えと) が加わって


「 陰陽五行説 」が出来上がったようです


一般には 暦 は 日本には 仏教と一緒に伝わったというのが 通説ですが


もっと以前から 存在したのかもしれません


五行説 は 星の名前 や 季節 や 方角 や 色 なども 表しています


季節 : 木(春)・火(夏)・土(土用)・金(秋)・水(冬)

方角 : 木(東)・火(南)・土(中央)・金(西)・水(北)

色彩 : 木(青)・火(朱)・土(黄色)・金(白)・水(黒)


「青春」とか 「白秋」などいう呼び方はここからきています



さて 三伏 についてですが 庚(かのえ)の日をいいますが

庚(金の兄)は 季節で言えば 秋に属します

夏の 火の気 が強く

秋の気配を 伏せられてしまうほどの暑さという意味で

「伏」 という字があてられたのでしょうか

「土用の丑の日」は よく知れ渡っていますね

ウナギを食べる日です

今年は 8月30日 だそうです



〈株価〉という「神」に 全てを委ね

一喜一憂している 人達がいます

かつての 倭人は 空を読み 月を読み 星を読み

日々の生業を 暦という名の「神」に 全てを委ねたのでした



《 筑紫の賢人 》はこう述べられていました


暦とは 本来は 子孫が祖先の祭祀を

忘ることなく、誤ることなく、怠ることなく

勤め継ぐ 必携の書であった








by nonkei7332 | 2016-07-23 13:00 | 日記 | Comments(0)


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夏の早い朝

微睡みの中で けたたましく

叫ぶように鳴く 蝉の声で 眼が覚める

梅雨入りを 待ちかねたように 鳴き出したから

下手な 気象予報士よりも 賢いのかもしれない

《 く ま ぜ み 》は ここでは 〈ワシワシ〉ともいう

蝉の中でも 強者(つわもの) の武士(もののふ)のようだ

夏が来たぞと 触れ回るかのように 激しく鳴く

すべての人が 喧しいと思うのかと思えば

そうでも ないようである



《 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 》

( しずけや いわにしみいる せみのこえ)

芭蕉






立秋(8月7日)を過ぎると 残暑というが

朝夕の風に秋の気配が漂うようになる頃


七十二候 の 《 寒蟬鳴く》(ひぐらしなく)は

8月12日 から 盆過ぎまで

カナカナ と 夕暮れ近く《 ひ ぐ ら し 》が鳴く

送る 魂 を 惜しむように カナカナと哀しく啼く


《 松風の音あはれなる山里にさびしさ添ふるひぐらしの声 》

西行






二百十日 (9月1日) を過ぎると

暑かった 夏を惜しむように 《 ほ う し ぜ み 》が鳴き出す

白き秋 の 迎え人 のように


《 鳴くあとの やや 淋しさや 秋の蝉 》

子規







《 蛍二十日に蝉三日 》(ほたるはつかにせみみっか)

という言葉があります

それにしても 蛍や蝉は 短い命だということをいったのでしょうが

これは 正確ではありません 実は蝉は 成虫になってから

一ヶ月は生きているといいますから 蝉の方が長く生きています

蛍の方が短命だったのです

都々逸(どどいつ) の中にも

蛍の方が 短命だという歌がありました


《 恋にこがれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ螢が 身をこがす 》






by nonkei7332 | 2016-07-20 14:03 | 日記 | Comments(0)


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かもめ大橋 から 能古島に沈む夕陽を写していたら

一羽の小さなカモメが 横切っていきました

お気に入りの写真です

遊び疲れて 親の処に 帰る途中なのでしょうか

帰る所はあるのか ?

お腹はすいてないのか ?

その姿を追いながら

私は つぶやいていました



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カモメは 海と航海を護る鳥なのです

古代 海人達は カモメの行く先で 陸地を知りました

海で死んだ 男達の魂が 姿をかえたものともいわれます

志賀海神社では 沢山のカモメが 海神に寄り添うように

磯辺で遊んでいました

刻を忘れて 私はその風景に見入っていました




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私にとって カモメは 子供たちです

驚いたことに 海で泳いだことのない子供が 何人もいました

私には 泳ぐといえば 川 や 海 でしたが

今の子に聞くと プール という答えが返ってきます

悲しい 答えです

ある朝 寒くもないのに ポケットに手を入れて 来る子がいました

『 ポケットから手を出しなさい 』と私が言うと

慌てて 手を出した その時 ポケットから 何かがこぼれました

それは 菓子パン でした

気まずそうに 拾い上げた その子の 悲しそうな目を見て

私は 言葉が詰まってしまいました

『 だいじょうぶだよ 』そう言って

そっと その子の 頭を撫でてやりました



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今年の夏 私達は 『 カモメの城 』という

ボランティア を立ち上げました

子供達の 〈居場所〉〈隠れ家〉〈遊び場〉造りです

今から ボランティア募集のチラシを 配りに行きます


『 決して 無力ではない 微力だけれども 無力ではない 』


そう 自分に言い聞かせながら。






by nonkei7332 | 2016-07-15 13:30 | 日記 | Comments(3)