ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

カテゴリ:日記( 134 )



b0325317_06231127.jpg
福寿草




遊ぶものは神である。

神のみが、遊ぶことができた。

遊は絶対の自由と、ゆたかな想像の世界である。

それは神の世界に外ならない。

この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。

神とともにというよりも、神によりてというべきかもしれない。

祝祭においてのみ許される荘厳の虚偽と、秩序をこえた狂気とは、

神に近づき、神とともにあることの証しであり、

またその限られた場における祭祀者の特権である


遊とは動くことである。

常には 動かざるものが 動くときに、

はじめて遊は意味的な行為となる。

動かざるものは神である。


白川静著『文字逍遙』より




久しぶりの 雨の朝になった

遊び心を 雪にまで 凍らせてくれるのなら

子供達の目覚めは もっと 神に近づいただろうに

微睡みの中で 香り強き 蕗の芽は 土に潜り

時雨の 浜では 男達の 千垢離 の白装束に

祈りは 熱く凍りついていく

〈動かざるものは 神 なのか〉

今朝の儀式に


一月の空は あまりにも 闇すぎるのだ

昨日までの あの 煌びやかな

〈かそのあかとき〉も 〈たそのくれとき〉も

白き神 の降臨を 寿ぐ 予感だと信じていたのは

私一人 だけだったのだろうか

睦月 の 空に

《動かざるものは 神なのか》










一月に写した空を (You Tube) に 集めてみました
Music
〈The Shadow of Your Smile〉
By : Kenny・G







by nonkei7332 | 2017-01-20 10:18 | 日記 | Comments(0)


b0325317_19221912.jpg


この冬 一番の寒気だといいます

穏やかな 年明けだったんですけどね

毎朝 子供達の 交通誘導 のボランティアを始めて

四度目の冬を迎えています

夏の暑さと 冬の寒さ どちらが辛いかといえば やはり 冬です

風の強い 氷点下の路上に 一時間も立ち尽くすと 骨の髄まで 凍ります

そんな日は 戻ってから 沸かしておいた 風呂にユックリ 浸かります


辛い事もありますが

ここまで 続けてこれた訳は 150人の笑顔です

毎朝 およそ150名の人達に

「おはようございます」と 大きな声で 朝の挨拶をします

小学生 幼稚園児 が 120人 あとは 通勤でお会いする 地域の人たち30人

最初は 返事なしの一方通行も多かったのですが

今では 笑顔付きの 返事が返ってきます

子供達も 4年間も 毎朝みているので

その変化や 成長ぶりがよくわかります

気がついたことは 先生達とも情報は共有します

子供達の名前を ほぼ 全員知っている事は

私の 微かな 誇りでもあります



b0325317_19272454.jpg


嬉しいことに 去年の夏に立ち上げた

子供達の居場所作りの ボランティアも

半年経って 地域の皆さんの協力で 軌道に乗りました



今朝 校長先生から

『 26日は 4年生の 《1/2 成人式》なので 』


と 誘いをうけました

今の 4年生は 1年生の頃から知っている子供達なので

私 にとっても 思い入れも 強い子供達ばかりです

どんな 顔をして この日を迎えるのか 今から楽しみです

この子達 が いてくれたから


今の元気な私がいると言っても 過言ではありません

10歳 の この子達が 20歳の成人式を迎えるまでは

私も この場所に立っていたいと 密かに 思っています



《1/2の成人式》その日 10才になった 君たちに

私は 心の中で こう 伝えます


『 65歳 の ありがとう 』











by nonkei7332 | 2017-01-11 20:17 | 日記 | Comments(2)


b0325317_13160268.jpg
七草粥




年末年始 には 多くの しきたり と言われる

日本古来の 風習が 残っています

注連縄・門松 ・おせち・屠蘇・鏡餅・七草 などなど

しかし 悲しいかな 人々の 生活様式の変化によって

そんな しきたり が ひとつずつ なくなって来ているのも事実なのです

お節料理 や 雑煮が終わると 七草粥を食べたものでしたが

「おせちもいいけどカレーもね」という たった一つのTVCM で

七草のしきたりは 消え去りつつあります



七草の起源を たどると

日本では 古来から年の初めに


野に出て芽を出し始めた草を摘み取る「若菜摘み」が行われていました


この風習に 中国から伝わった「七種菜羹」(ななしゅのさいかん)

旧暦1月7日の日に七種類の野菜を入れた


羹(あつもの)(熱く煮た吸い物)を食べて

無病を祈る習慣が結び付き


「七草粥」を食べて邪気を祓い

一年の無病息災と五穀豊穣を祈るとされる

「七草」の風習ができたと言われています



春の七草 は

芹(せり)・薺(なずな)・御形(ごぎょう)・繁縷(はこべら)

仏の座(ほとけのざ)・菘(すずな)・蘿蔔(すずしろ)ですが



b0325317_13171271.jpg
芹の花




今日は 芹(せり) の話をしましょう


《 なにとなく 芹ときくこそ あわれなれ 摘みけん人の心知られて 》

《 西 行 》の 「山家集」にある 歌です



芹を摘んだ人の気持ちがわかるから 芹と聞いただけで 哀しくなる

という 歌なんですが 現代人には 何のことかよくわかりません

この歌を理解するには ひとつの 物語の存在を知らなければなりません


平安時代後期の 官人であり 歌人でもあった

「 源 俊 頼 」の歌論集 『俊頼髄脳』に書かれている故事です


昔。宮廷に庭の清掃を役目とする身分の低い男がいました。

ある日、宮廷の奥御殿の庭で仕事をしていたら 突然つむじ風が吹いて

御殿に掛けられていた御簾(みす)を吹き上げました。

御殿の中では皇后様がお食事をなさっていて

芹などの野菜を食べておられるところでした。

御簾の吹き上げられていた時間はほんのわずかでしたが

男は皇后様のお顔お姿をはじめて見て その輝くばかりの美しさ

神々しさに魅了されてしまいました。

その後 男はなんとかもう一度皇后様のお顔を見たいと思いましたが

御簾が吹き上げられることもなく お顔は見られませんでした。

それで 皇后様がセリを食べておられたことを思い出して

毎日セリを摘んできて御殿の御簾の近くに置きました。

しかし何年たっても望みの叶う日は来ませんでした。

皇后様への思慕の情が募って男はとうとう病気になりました。

男は 苦しい息の下から 娘を呼んでいうには

『私の病は 皇后様への思いが募り 物思いが高じて死ぬのだ

不憫に思うのであれば 功徳のために 芹を摘んで 欲しい』

と言い残して亡くなりました。

娘は芹を摘んでは仏前に供え 僧たちにも食べさせていました。

その後 この男の娘は身分の低い女官として宮仕えをしました。

この話を同僚たちにしたのが皇后様のお耳に入り

皇后様は哀れに思われてこの女官を召し出し

『私も 芹を食べている時 御簾が舞い上がって 庭の者に見られた事を

覚えていますよ』と話され

その後も娘を常に側に召されて目をかけられるようになりました。


《芹を摘む》の話は

後世「枕草子」や 世阿弥の「綾太鼓」にも書かれ

いつの間にか 物事が叶わぬ 悲恋の話になっていったようです




b0325317_13201066.jpg
待賢門院璋子
(たいけんもんいんたまこ)






さて 話を戻しますと

西行 が どんな想いでこの歌を歌ったのか なのですが

この庭掃きが 恋した相手は 皇后という 好きになってはいけない

やんごとなき相手だったということ です そして

西行 が 生涯想いを寄せた相手も 17歳も年上の 白河法皇の寵妃であり

鳥羽天皇の中宮 で 崇徳・後白河両天皇の母であった

藤原璋子 こと 《待賢門院璋子》という

やんごとなき 相手だったからです

西行 が 出家した理由が 璋子との 一夜の契りを

『あこぎの浦ぞ』と戒められた 失恋であったとの説があります

芹を摘む人の心を 自分の心象として 告白した歌だったのでしょうか



暖かな 穏やかな 正月三が日も過ぎ

七日は 七草 太宰府では 鬼すべの神事 です

この暖かさに 飛梅が 大晦日に20年ぶりに 開花したといいます

今年の春は 早いのでしょうか


《 春ごとの 花に心をなぐさめて 六十路 あまりの年を経にける 》

西行








by nonkei7332 | 2017-01-04 13:57 | 日記 | Comments(2)


b0325317_22193373.jpg
警固公園





12月25日 クリスマスの日

この日 イエス・キリストが生まれたというのは

どうやら 嘘みたいですね

聖書によれば 10月1日か2日だといわれています

クリスマスの起源は 〈冬至〉 だというのが正解みたいです

それでも 祭り 大好き 日本人は 意味もなく はしゃぎます

私は 一神教徒ではないから 仏教徒だから静かにしています

なんて人は 嫌われます


日本人でも 〈冬至〉は 祝います

柚子湯に浸かって 禊(みそぎ) をします

それから かぼちゃ(南京)を食べます

冬至には「ん」のつくものを食べると「運」が呼べるといわれています

この日 「運」を求めて 人々は 寒い中 列を作っていました



b0325317_22210848.jpg
天神 宝くじ売り場 の列





私はと言えば 30年来の友が待つ 恒例のパーティ です

お目当ては 「ん」のつく「運」を運んでくる

『ワイン 』です




b0325317_22222761.jpg




『神の雫』とは 漫画の名前です


《ストーリー》

世界の市場価値を左右するワイン評論家・神咲豊多香がこの世を去り、

時価20億円を超えるワインコレクションが遺された。

その頂点に立つ最上の一本こそが『神の雫』である―。

彼が選んだ12本のワイン『使徒』と『神の雫』の銘柄、および生産年を

言い当てた者のみが、遺産を手に入れることができるのだ。

この『使徒』対決に実の息子・雫と、

養子で天才若手評論家として名高い遠峰一青が挑む!


2004年11月の連載開始当初より、

独特のワイン表現を華麗なイメージで表現して人気作となる。

フランス・韓国をはじめ各国で翻訳出版され、

全世界で累計800万部を突破するワイン漫画の決定版。




b0325317_22225627.jpg
シャトー・モンペラ




漫画「神の雫」を代表する ボルドーワイン

『 シャトー・モンペラ 』 です

上品な 大人のワインとでも言いましょうか

高級感の割には そんなに 高くもないのが いいですね




b0325317_22234628.jpg
カサーレ・ヴェッキオ





このワインも 「神の雫」に出てくる

イタリアの アブルッツォ州のファルネーゼの

赤ワイン 『カサーレ・ヴェッキオ』です

〈イタリアのモンペラ〉と言われています

多少酸味があって 果実の味が さりげなくまろやかで

好きなワインです




ちなみに Wine (ワイン) は 英語です

フランス語では Vin(ヴァン)

ドイツ語では Wein(ヴァイン)

イタリア語・スペイン語 では Vino(ヴィノ)

というそうです



〈 神 の 雫 〉 ひとくち で 酔うのでしょうね






by nonkei7332 | 2016-12-26 23:03 | 日記 | Comments(4)


b0325317_00192516.jpg



雨が降って 濡れ紅葉 が きれいです


《 もみじ葉を何惜しみけむ 木の間より漏りくる月は 今宵こそみれ 》

新古今和歌集592 具平親王(ともひらしんのう)


【通解】

紅葉が散っていくのをどうして惜しんだのでしょう

木の間から洩れて来る 月の光 は 紅葉が散ったからこそ

今宵見られるのです



我ら世代に対する 応援歌にも 聞こえますね


紅葉が散って 白秋(あき) が 深まったとことを嘆いてはいけない


紅葉が散ったからこそ 月の光が見えたじゃないかと


〈今宵こそ見れ〉とは


嘆くな 今こそ 新たな 行動を起こせという意味でしょうか



b0325317_00201095.jpg



福岡管区気象台によれば

15日 2時 福岡で初雪が観測されたようです

夜中だったので 私の網膜にはその光景は写っていません

この冬一番の寒気だそうで

背振山にも 15日 初冠雪 が 観測されました


私が 冬の訪れを 何によって知るかといえば

それは 脊振山の山頂の 冠雪 でした

雪は降らなくても 寒い日が続くと

麓の 私が住んでいた ところからでも

脊振山の山頂が 白く雪に覆われているのが見えました



b0325317_00210466.jpg


登山道にうっすらと積もった雪を集める子どもたち
16日午前10時すぎ
福岡市早良区の背振少年自然の家
(西日本新聞)






寒い雪の季節に 暖かい詩を見つけました



上の雪

寒かろな

つめたい月がさしていて


下の雪

重かろな

何百人ものせていて


中の雪

さみしかろな

空も地面(じべた) もみえないで



『つもった雪』 金子みすゞ詩集より








by nonkei7332 | 2016-12-17 00:45 | 日記 | Comments(0)


b0325317_12055682.jpg
杜鵑草 (ホトトギス)





センテナリアン と呼ばれる人達がいます

一世紀をセンチュリー ということから

一世紀 (100年) 生きてきた人達に 与えられた 言葉です

昭和38年 52年前 には 153人 しかおられませんでしたが

今年は 65692人 の人が センテナリアン になられたそうです

驚くべき 数字 です



健康で 人の手をかりずに 寿命を延ばすのは至難の業です

私の父は 83歳で 母は 89歳で 永眠しました

さほど 家族に負担もかけずに 静かな 臨終でした

天寿とは あらかじめ 決められている寿命のことをいうそうです

誰が決めたのかは知りませんが

私にも 決められた 寿命があるのなら

静かに それを 全うすることを願っています

センテナリアン センチメンタル な 話になりました



実は 今日で 65歳 になりました

地域の子供達に かこまれて 幸せな毎日を過ごしています

決して 孤独な 独居ではないと 自負していますが

息子たちには どう見えているのでしょうか

毎年 正月には 息子二人と 三人で 酒を呑むのが

恒例になっていて 私には 至福の時間なのですが

さてさて いつまで 続くのでしょうか

美味い酒を呑む というのは 楽しい時間を過ごすことをいいますが

日頃 あまり 酒を呑む事がないので

この日ぐらいはと 美味い酒を準備しました


b0325317_12064044.jpg



『百年の孤独』

幻の焼酎とされる 40度の強い 麦焼酎です

ネーミングは コロンビアのノーベル賞作家ガルシア・マルケスの

同名小説 「百年の孤独」からとったといいます

この小説 読んだことはありません

このボトルケースに ジャズミュージシャン


エリック・ドルフィーの言葉が 書かれています




When you have music. after it is over. gone in the air.


You can never capture it again.



音楽とは、ひとたび発せられてしまうと

二度と取り戻すことは出来ない



男三人で しみじみ 呑んでみようと思っています








by nonkei7332 | 2016-12-10 13:00 | 日記 | Comments(2)



b0325317_18551529.jpg


秋晴れの朝

子供達 と 芋掘り をしました


b0325317_18561401.jpg


25人の子供達の中で 初めての体験だという子が 15人です

初めて 掘ったお芋の大きさを 競い合ったり


中には 芋掘りより 土の中から出てきた

ミミズ や ダンゴムシ の方が嬉しそうな子がいたり

楽しい時間でした



b0325317_18571453.jpg


掘った お芋は 公民館で 子供達と一緒に 芋料理教室です


ランチ の メニューは

〈芋ごはん〉


〈いきなり団子〉


〈大学芋〉


〈レーズン芋の蒸しパン〉


〈紫芋のスイートポテト〉



b0325317_18580107.jpg



私の担当は 『いきなり団子』

いきなり団子 とは 熊本生まれの 郷土菓子 です

輪切りにした 芋とあんこを 小麦粉を練って平たく伸ばした生地に

包み 蒸して作ります



b0325317_18585304.jpg



私が いきなり団子 を初めて食べたのは 40年前でした

熊本の彼女の家に行った時に お茶と一緒に出されたものでした

『食べなっせ うまかよ』


お母さんに言われるまま食べました

あんこは入っていませんでしたが さつまいもの甘さがあっさりしていて

とても美味しく食べました 帰りにお土産に買って帰るから

お菓子の名前と 売ってる店を教えろと 彼女に 聞くと

彼女は 笑いながら 答えました

『これは ばーちゃん が作りなはった 〈いきなりだご〉というと』


いきなりきた客にもすぐ作れるから いきなり団子とか

生の芋を調理するから 生き成り と言うのが 語源だそうです



b0325317_18593453.jpg



さてさて いきなり団子 の評判は・・・・


子供達の 一番人気は 『大学芋』だったようでした









by nonkei7332 | 2016-11-06 21:52 | 日記 | Comments(0)


b0325317_15520376.jpg



《九州国立博物館》を 訪ねました

特別展 『京都 高山寺と明恵上人–特別公開 鳥獣戯画』

誰でもが知っている 国宝の 「鳥獣人物戯画」

京都高山寺に伝わる 紙本墨画の絵巻物です

レプリカではなく 本物が見られるというので 出かけました

鳥獣戯画の構成は、甲・乙・丙・丁の 4巻にわかれているのを知りました

誰でもが知っている ウサギとカエルとサルの 絵は〈甲〉です

〈乙〉は 馬や牛などの 生活の中でみじかにいる動物達や

虎 や 像 の他に 麒麟 や 獅子などの

中国の架空の動物の絵が描かれています

〈丙〉は 人々の 遊びの絵です

将棋をさしてる絵 や にらめっこしている絵

後半は ウサギやカエルが遊んでいる絵もあります

〈丁〉は 人々の遊びや 法要や宮中行事などが描かれていました


b0325317_16174467.jpg





特に 〈甲〉の擬人絵 は 最古の漫画と言われているように

アニメ大国 日本の原点を見るようでした

いったい 誰が 何の目的で 描かれたものなのか


謎多き 国宝なのです

時を超えて 異次元の世界の入り口を通り抜けると

いつか 見た 夢の記憶 のなかに 私は たたずんでいたのでした




b0325317_16313334.jpg



今 最も巷の 話題を独占している 映画といえば

新海 誠 の アニメ映画 『君の名は』です

拙ブログ 2016・6・1 「六月(みなずき)」では

新海 誠 監督の 前回の作品「言の葉の庭」を 動画で紹介しましたが

今回も 彼は 素晴らしい アニメ映画を 作ってくれました

間違いなく 今年最高の ヒット映画になると思います

素晴らしい 風景の 映像描写 は 心を洗います

二人の 高校生 タキ と ミツハ 夢の中で出逢い


そして入れ替わります


そしていろんな出来事 物語 があって


8年後 お互いに 思い出せない 相手の名前を探しながら

ある日 街で出逢います

涙のラストシーン 二人が同時に かけた言葉が


『 君の名は 』でした



ミツハ と 妹と おばあちゃんと三人で

氏神さまの御神体を訪ねるシーンがあります

実は ミツハ の家系は代々 神職だったようです

おばあちゃんは 氏神様を 古い言葉で

《結び》と呼んだんだと 話し そして 神様の力について 話します



糸を繋げることも 結び

人を繋げる事も 結び

時間が流れる事も 結び

時間の流れそのものが 神様の技(わざ) なんや



物語は 彗星の出現 という 恐怖の出来事が 人々を襲います

時間と空間の歪みを つくった 原因は

結びを軽んじてきた 現代人 なのではないか

今一度 〈結び〉という 神を思い起こすのだ

新海 誠 は 問いかけているようでした



世界最古の漫画と言われる 「鳥獣戯人画」

世界最新のアニメ映画 新海 誠 の 「君の名は」


面白い 出逢い の一週間 でした














by nonkei7332 | 2016-10-22 16:41 | 日記 | Comments(0)


b0325317_22225371.jpg
博多湾 の 夕日




長い夏が 終わったのが いつだったのでしょう

私の 一睡の夢のような 九月のカレンダーを

昨日 ようやく 捲ることができました

新しい 暦は 晩夏ではなく

すでに 晩秋 です


二十四節気 では 《 寒 露 》(かんろ)

七十二候 では 《 鴻 雁 来 》(こうがんきたる) といいます

この頃になると四月に北へ帰って行った 冬鳥が

越冬のために また やってくるからです




b0325317_22241570.jpg
クロツラヘラサギ



磯良の海 (博多湾) に も 多くの冬鳥が飛来します


b0325317_22235685.jpg
オオバン




雁(がん) と 鴨(かも) の違いが わかりました

小さいのが 鴨で 家畜にしたのが アヒル だそうです

大きいのが 雁で 家畜にしたのを ガチョウ だそうです

でも アヒル と ガチョウ の違いがわからない人は

どうしたらいいのでしょうか


b0325317_22410815.jpg
ハナシュクシャ




昨日は 次男の誕生日。

「アラフォーになったよ」との 嬉しい便りがありました

「アラカンになったよ」との 嬉しい便りも聞けるのかな

そんな事を考えながら

「人生は 極めて シンプル が いい」と 便りました









by nonkei7332 | 2016-10-11 23:25 | 日記 | Comments(0)


b0325317_17564423.jpeg
尾形光琳 『風神雷神屏風図』 東京国立博物館蔵



『 たまに出る子は 風に遭う』

という ことわざ があります

古来 より〈風に遭う〉ということは あまりいいことではないようです

江戸時代に書かれた 『絵本百物語』という 奇談集には

妖怪としての 〈風の神〉が書かれています

それによると

〈風の神〉は いつも黄色い邪気を吐きながら いつも

天空をさまよいながら 地上を見ています

〈風の神〉の持つ 邪気は 隙間が好きで

特に 暖かい と 寒い の 隙間は 大好物のようです

〈風の神〉の黄色い邪気に触れると 人は 病いにかかります

風邪 (かぜ) という字は ここからきたみたいです



人々が 一年中で 最も 風の被害を怖れる

三大厄日 というのがあります


二百十日 (にひゃくとうか)・・・(今年は8/31)

八朔 (はっさく)・・・(今年は9/1)

二百二十日 (にひゃくはつか)・・・(今年は9/10)


この三日は 立春から数えて210日目と 旧暦の8/1の朔日

そして 220日目の 三日のことです

この頃は稲が開花する重要な時期なのです それはまた

甚大な影響を与える台風に見舞われることも多い時期でもあるのです

天気予報などなかった 昔の人々にとっては

記憶に残る 何千年にも及ぶ 人々の 記録から

暦の中の 雑節 として この日を 残したのでした



b0325317_17591161.jpeg
おはら風の盆





〈風の神〉を 鎮めるために 人々は 祈りました

越中富山のおわらの里では

『 おわら風の盆 』といって

村人達 は 400年もの間

9月1日から 3日迄 三日三晩 踊り続けています



b0325317_18002999.jpeg
種山高原 「風の又三郎」の像



宮沢賢治 の書いた 童話の中で

『 風の又三郎 』という 話があります


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう



奇妙な 風の歌で始まる 童話です

谷川の岸に小さな学校の さわやかな九月一日の朝でした

青ぞらで 風が どう と鳴り 日光は運動場いっぱいでした

そこに奇妙な格好をした 一人の転校生が やってきます

名前は 高田三郎 変てこな ねずみいろのだぶだぶの上着を着て

白い半ずぼんをはいて それに赤い革の半靴をはいていました

顔 は まるで熟したりんごのようで 目はまん丸でまっくろな

男の子でした

村の子達は 「風の又三郎」と呼びました

9月1日から 又三郎がいなくなる 9月12日迄に起こった

子供達と又三郎との 間の日々の物語が この童話のあらすじです

宮沢賢治は この話の最後をこう結んでいました



「そうだないな。やっぱりあいづは風の又三郎だったな。」

嘉助が高く叫びました。

 宿直室のほうで何かごとごと鳴る音がしました。

先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。

二人はしばらくだまったまま、

相手がほんとうにどう思っているか探るように

顔を見合わせたまま立ちました。

風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、

またがたがた鳴りました。



b0325317_18041988.jpeg






私にとって 今年の二百十日から 二百二十日迄の 10日間は

〈風の神〉〈又三郎〉と 出遭った 夢のような苦しき 日々でした

旋風(つむじかぜ) は 私の肋骨を折って 肺腑を破り

視えない風の景色を またひとつ 私に見せてくれました

それは 忘れかけようとしていた あの 夢のつづきでした

風と遭遇した 240時間が

私を 新たなる 時空間 に連れてきたようです

ここには 新たな 季節の予感が あるのです

私は 5年程 若返ったのかもしれません

いやいや 5年程 歳を重ねたのかもしれません



b0325317_18045631.jpeg
櫛田神社の拝殿


b0325317_18053246.jpeg
拝殿 破風 の 風神




今日 9月23日は

秋の社日(しゃにち)といいます

秋分の日に 最も近い 戊(つちのえ)の日の事をいいます

社日 は古代中国に由来し

「社」とは土地の守護神 土の神を意味します

この日は 産土神 (生まれた土地の守護神) を祀る日なのです



私の 産土神は 櫛田神社の 〈大幡主神〉です


今日 櫛田神社の 拝殿前に 私は立ち

拝殿の破風 に ある 風神の彫り物を 頭上にして

風神との 10日の日々を 主の神に 報告しました

そして 小さく 願うことも 忘れませんでした



『 神皇産霊(かみむすび) よ 風の邪気は 我のみに 留めなん

ただただ 家族の そして 人々の 安泰たらんことを 』



( 神皇産霊神 = 大幡主神 )











by nonkei7332 | 2016-09-23 18:48 | 日記 | Comments(0)