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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

未婚 の 女帝 ②



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羽賀寺 木造十一面観音菩薩像





元正天皇 が モデル の 十一面観音像 です

福井県 小浜市 羽賀寺 の 本尊です

霊亀2年(716) 元正天皇 勅願によって

行基 が 創建したとされる お寺です

観音像は 像高 146.4㎝ 元正天皇の等身大の 御影 だといわれています

数ある 十一面観音像の中でも 艶やかな 美しさは 際立っています



生涯 未婚であった 元正天皇でした

ミステリアス な 生涯 でしたので その影に 見え隠れする

三人の 男性の姿がよぎります



ひとりは 〈長屋王〉であり

ふたりめが 〈橘諸兄〉であり

そして 三人めが 〈泰澄〉です



長屋王は 氷高皇女(元正天皇)にもっとも 近い存在でした

4歳年下になりますが 小さな頃から の幼馴染だったようです

皇女の方が 皇位は上ですが 婿としての 決して不釣り合いな相手ではなく

将来を嘱望された 皇族のサラブレッドだったのです

しかし 運命は 長屋王の相手に 妹の 吉備内親王 を選びます

長屋王は 元正天皇の元で 太政官をつとめ 側近中の側近として

元正治世の中心的役割を担います

神亀6年(729年) 藤原不比等亡き後

その意思を引き継ぐ 藤原四兄弟が 聖武天皇を抱き込み

長屋王を失脚させるという

『長屋王の変』が起こります

長屋王家(長屋王 吉備内親王 そして 子供達) は 殺されてしまいます

運命の人 長屋王との 別離は 悲痛の極みでした



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長屋王墓




《 降る雪の 白髪までに 大君に 仕へ奉れば 貴くもあるか 》

万葉集 3922


【通解】

降り積もった雪のように 髪が白くなるまで

陛下に仕える事が出来たことを思うと

ありがたいものでございます


天平18年(746) 正月 皇宮に雪が降り 雪かきに来た 側近たちに

元正上皇が 雪を題にして 歌を詠ませた時 左大臣 橘諸兄 が歌った歌です

この時 上皇66歳 橘諸兄 62歳

長屋王 亡き後 ずっと 側で 支えてきた もう一人の 男が

橘諸兄(たちばなのもろえ) です

諸兄 も 長屋王と同じ歳でした

氷高皇女の乳母をしていたのが 諸兄の母 橘三千代 でした

おそらく 小さな頃から ずっと側にいて

姉のように 慕っていたのでしょう

そんな 諸兄 を 上皇は 生涯 側に置いたのでした


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橘諸兄 の墓




さて 十一面観音像 が 元正天皇 をモデルとされるのは

そこに 白山信仰の開祖 泰澄 の 存在があります

泰澄 は 21歳の時に 朝廷から 鎮護国家法師 に 任じられていました

おそらく 元正天皇は この頃から 泰澄を知り

帰依していたのではないでしょうか

泰澄 は 霊亀2年(718)

夢の中に現れた貴女(白山神)の呼びかけにより

養老元年(719)

白山へ登拝し 頂上で 白山神の本地仏 十一面観音を体現します

実は この時 元正天皇 は 霊亀元年(717) 2年(718) と 二度にわたり

美濃養老を 行幸されているのです

そこの 美泉 がもつ若返りの効能に感心された元正天皇は

元号を「霊亀」から「養老」へ改元されています

泰澄の白山開山と 元正天皇の養老改元が 同じ年であったのです

偶然なのでしょうか 泰澄 36歳 元正天皇38歳 の時です

ここからは 私の妄想です

泰澄 と 元正天皇 は 何度か 会っていたのではないか

養老7年(722) 元正天皇が病に伏すと 泰澄は 弟子の浄定行者とともに

都に赴いて元正天皇の病の治療にあたります

その効あって和尚は護持僧として禅師の位を授けられ、

諱(いみな)を 神融禅師 と号したといいます

元正天皇 崩御の折には 御自らの髪と歯が 泰澄の元へ 送られたといいます

平泉寺墓地には「御歯髪塚」が今も 残っているそうです



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平泉寺白山神社








by nonkei7332 | 2017-03-05 16:25 | 古代史 | Comments(0)

by ヒサミツ