ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

住吉大社・高津宮



b0325317_11230802.jpg
古墳時代の高低差地図に現在地図を重ねたものです
赤色 : 住吉大社
青色 : 高津宮




「 大坂 は 凡そ 日本一の境地なり 」

織田信長 は そう いったそうです

境地とは 何処だといえば それは 上山台地 だと言われています

その言葉を 引き継いだ 秀吉が


その 北端に 大阪城を 築城しました


それ以降の商都としての 大阪の繁栄は 歴史の示すとうり


難波宮(なにわのみや) が台地の北部に造られたのが

652年 孝徳天皇 の頃 その後 天皇一人残されて

飛鳥に遷都されるなど 出たり入ったりの 存在感のうすい都です

発掘されたのも 戦後になってからです

最近はおもむろに 公園などを整備しているようです


《 難波津に 咲くやこの花冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花 》


百人一首の序歌とされるこの歌

仁徳天皇の即位を祝った 王仁の作だといわれています

出典は 万葉集ではなく 古今和歌集の仮名序です

謎が多いこの歌

最大の謎は 難波津 は はたして 何処だったのかです


その謎を求めて この台地の 南端に 鎮座する


『住吉大社』

そして 仁徳天皇ゆかりの宮と言われる


『高津宮』を訪ねました



b0325317_11263204.jpg
住吉大社 正面 鳥居




博多に住む者にとって 住吉は馴染みの深い宮です

全国に 2129社 ある 住吉神社の中で

大阪の住吉大社 下関にある 住吉神社 そして 博多にある 住吉神社が

三大住吉といわれています



b0325317_11270071.jpg


住吉大社 は 摂津国一の宮 です

創建は 神功皇后に絡めた話になっていますが

何故か 説得力に欠ける話になっています

(神功皇后に絡む話に 違和感を持つようになったのは何故でしょうか)

文献として残るものからして 8世紀になってからの創建でしょう

綺麗な神社ですが なぜか 魂を揺さぶるような 霊験を感じませんでした



b0325317_11273623.jpg
第一本宮






路面電車に乗って 北へ


途中 谷町線に乗り換え 9丁目で降りて 坂を下ると


『高津宮』の 一の鳥居です


b0325317_11282240.jpg


北に向かって参道を下ると 注連柱(しめばしら)が建っています


文字が刻まれていました


「仁風敷宇宙」「徳化洽乾坤」


仁徳天皇の 治世を表しているのでしょうか



b0325317_11285051.jpg


b0325317_11293423.jpg


b0325317_11295885.jpg




階段を登ると 本殿に出ます 思ってたよりも小さく


こじんまりとした お宮さんです



b0325317_11302911.jpg



お目当の一つ 狛犬 です


尻尾の数に 意味があるそうですが

どんな意味があるのかは 聞きそびれました



b0325317_11310632.jpg


創建は 866年 です 勅命だそうです


直感で 前が あるなと思いました

摂社 の前で 足が止まります 「これか」思わず声をあげました

比売古曽神社(ひめこそじんじゃ)


〈比売古曽神〉別名 〈阿加流比売神〉(あかるひめ)といいます



〈アカルヒメ〉と 〈スサノオ〉の話は こんな 話です

倭国の主の王 《大幡主》は 新羅の王子でもある

天日穂(アメノヒボコ)こと スサノオ に手を焼いていました

そこで 自分の娘 阿加流比売神(アカルヒメ)を 新羅に嫁がせたのですが

スサノオのヤンチャは収まりません アカル姫 も とうとう

「私はあなたの妻となるべき女ではない 祖国へ帰ります」と言って

小舟を操り 倭国に戻ってきました

大幡主は アカル姫を 豊後の姫島に隠し アカル姫 はそこで

スサノオとの間の娘 市杵島姫を産みます

スサノオは 形相を変え アカル姫を追って 大幡主のもとにやってきました

大幡主は 妹の 埴安姫と 金山彦との娘 櫛稲田姫(クシイナダヒメ)に

スサノオ の 悪行を 治めるようにと 一緒にさせます(出雲神話)

悪行の DNAは 間に生まれた 長髄彦(ナガスネヒコ)が 引き継ぎ

大きな 問題を起こすのでした (神武への謀叛)


大幡主 は 妹の埴安姫の 二番めの旦那 伽倻国大山祇(月読尊)

との間の長女の 神大市姫(かみおちひめ) に スサノオ を託します

神大市姫こと ミズハノメ の霊力により とうとう スサノオ の悪霊は

静めることができたのでした。


b0325317_11334924.jpg
高津宮 灯篭





河内 大阪 を回って 見たいものを 見てきましたが

感じたものは ここは 〈商都〉だということでした

少なくとも 歴史の都 では ないようです

私には アカルヒメ も 仁徳天皇 も 難波津 も 九州筑前倭国の話が

後世 畿内に飛び火しているように思えます

まるで 後出しじゃんけんに 勝った 場所のようだといえば

怒られますでしょうね

古代史の真実は 未だに ふたをされたままのようです




by nonkei7332 | 2016-12-12 12:16 | 古代史 | Comments(0)

by ヒサミツ