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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

秋 の 信貴山



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信貴山から 大和盆地




信 貴 山 (しぎさん)


奈良県生駒郡平群町にある 山です

紅葉が 美しい境内を 多くの参拝者が訪れていました


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神仏習合 の 霊場です

去年訪ねた 比叡山 と 同じなのでしょうが

なぜか 空気の重さが違います

信貴山は 古くは 神の山 だったのでしょうか



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ここの地名は 平群(へぐり) です

平安時代の辞書 『和名類聚抄』によると

《大和国平群郡》には 六ヶ所の 郷名 が 記されています

那珂 ・飽波(あくなみ)・平群(へくり)・夜麻・坂門・額田(ぬかた)

福岡に住んでいる者は 『あれれ これ 福岡だ』 と思っちゃいますね

ちなみに 《筑前国早良郡》の 郷名 には

毘伊(ひい)・能解(のけ)・額田(ぬかだ)・早良(さわら)・

平群(へぐり)・田部(たべ)・曽我(蘇我)

七郷があったと記されています。

新撰姓氏録 (平安初期に書かれた 氏族の出自録) によると

平群氏とは

「河内国 皇別 早良臣 平群朝臣同祖 武内宿禰男平群都久宿禰之後也」

と 記されています

早良 と 平群 は 同祖 みたいですね

早良(福岡)から 平群 (奈良) へ 移動してきたと考えるのが 自然ですよね

そういえば 筑紫の賢人 真鍋大覚 は

『 背振(せふり)の語源は 平群(へぐり)にあった』とも 言っていました



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古事記には

武内宿禰の第四子「平群都久宿禰」(へぐりのつくのすくね)


についての 面白い 話があります

仁徳天皇が生まれた時 仁徳天皇の産屋には

「木菟(ヅク=ミミヅク)」が飛び込んできました

同じ日に生まれた ヅクノスクネの産屋には

「鷦鷯(サザキ=ミソサザイ)」が飛び込んできました

それで飛び込んだ鳥の名を交換して お互いの 本名としたという話です


仁徳天皇=大鷦鷯尊(おほさざきのみこと)

平群都久宿禰=木菟宿禰(つくのすくね)


謎が多いこの 鳥達の話 何が隠されているんでしょうね



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もう一つ 地名でいえば


前回 大阪古代地図に 「河内湖」がありました

この 河内湖 4世紀から 5世紀頃には「草香江」と呼ばれていたのです

「草香江」といえば 博多古図 には 同じ名前の入り海があります


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博多古図



この入り海に注ぎ込む 川を 樋井川 (ひいがわ)といいます

早良郡の郷に 毘伊(ひい) とあったのがこれでしょう

この川の上流に 柏原 という 地区が今も残っています

《 草香江 に 注ぎ込む川 の 上流に 柏原という里がある 》

これは 河内国 の話ではありません 筑前博多 の話なのです。


百舌鳥から 始まった


《 鳥 づくし の 旅 》は まだ 続きます




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信貴山 から 大和を望む









by nonkei7332 | 2016-12-06 15:45 | 古代史 | Comments(0)