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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

神宿る島



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九州国立博物館 の 新年のイベントです

特別展 『 宗像・沖ノ島と大和朝廷 』1月1日~3月5日


沖ノ島が「神宿る島」として


世界遺産のリストに上がっていますので


バックアップのイベントでもあるのでしょう



そもそも 世界遺産とは 三つの遺産に分類されています

〈文化遺産〉

顕著な普遍的価値を有する 記念物・建築物群・遺跡・文化的景観など

〈自然遺産〉

顕著な普遍的価値を有する 地形や地質・生態系・景観・

絶滅の恐れのある動植物の生息,生息地を含む地域

〈複合遺産〉

文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えている遺産



ちなみに 日本の世界遺産登録数は20 (文化遺産16、自然遺産4)です

(2016年7月現在)


〈沖ノ島〉の あれだけの国宝を抱えた 文化的遺産としての価値は

誰しもが認めるとこですので 素直に応援したいのですが

今回の特別展示については 開催が決まった時から

何か 引っかかる ものを感じていたのは 私だけでしょうか

引っかかる所は 案内文 にある ここです



『 沖ノ島祭祀を行ったのは古代豪族宗像氏ですが

その規模の大きさから ヤマト王権や律令国家といった

「古代国家」が深く関与した祭祀として


「国家的祭祀」と評価されています』



沖ノ島の祭祀を行なったのは 本当に 宗像氏なのか?

大和朝廷が 当初から 深く関わった国家的祭祀だったのか?


古代九州王朝倭国説 を 信じる私なので


7世紀半ばに立ち上げた畿内大和朝廷 が


4世紀後半だといわれている 沖ノ島祭祀に


関わること自体がナンセンスだと思っていた 矢先のことでした


私の溜飲をさげてくれる 一冊の本に出会いました



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『 太宰府・宝満・沖ノ島 』古代祭祀線と式内社配置の謎

伊藤 まさこ 著



北九州の古代史愛好家 であれば 一度は見た事がある

伊藤さんの 祭祀ラインです

名の知れた神社 や 古墳 は 名の知れた山 と 直線で繋がっていて

それは 弥生の首長達の 太陽祭祀のラインであり

そこから あぶり出されて来たものは 古来 歴史の闇に消されて来た

古代筑紫の倭国だったというのが 伊藤さんのミステリーです


第2章〈倭国の成立〉の最後に

「沖ノ島祭祀の空白が語るもの」という 圧巻の

沖ノ島祭祀論を書かれていました

結論から言うと 沖ノ島祭祀が行われていた 4世紀後半の

岩上祭祀で見つかった 銅鏡などの奉献品 は 宗像氏のではなく

津屋崎古墳群の中の 〈勝浦峯の畑古墳〉から発見された

銅鏡と 同型鏡だった事や 津屋崎古墳群の最南端にある

宮地嶽古墳から出た 多くの 国宝の武具と同じ 首長の物と重なることから

津屋崎・宮地嶽の豪族の盟主こそが 祭祀主だったといわれています

宮地嶽神社の祭神「勝村大神・勝頼大神」の 勝 という字が

勝浦 や 勝島 地名として多く残っていることも それを物語っているし

4世紀後半から 5世紀の倭国は 「倭の五王」の時代でもあったので

その中の王こそが 沖ノ島の祭祀主であり その目的は

「海上航海の安全」というより副葬品からみても 「戦勝祈願」

だったのではないか

倭国王(五王)が 中国の 宋 や 済 に対して

半島の軍事権である 安東大将軍 という進号を常に求めたのも

この時代であったという 背景からも 説明されています


また 沖ノ島の 〈岩上祭祀〉が 〈岩陰祭祀〉にかわるまでに

100年程の 空白があるということについて

伊藤さんは その祭祀の変化の陰に この国にとって

大きな 政変があったとのではと それは

『磐井の乱』(527年) だったといわれています

その後 五王の時代は終わり 倭国は 少しづつ弱体していきます

沖ノ島祭祀 が 宗像三女神 として 祀られていくのも

これ以降の話ではないかといわれていました



という事で 沖ノ島祭祀が 大和朝廷による 国家的祭祀など というのは

後世 造られた 歴史のひとつであるという事を 一人で 納得したのでした

とすれば 国立博物館 としての 今回の展示の裏に

畿内大和朝廷ありき の 国家的洗脳の影を見つけたといえば

ちょっと 言い過ぎになりますでしょうか



博物館では 今回の見どころの一つに こんな事を書かれています


《 神代 からの神話と歴史をまとめた『古事記』『日本書紀』の

記述と 日本各地の 発掘調査の成果を照らし合わせることで

日本古来の神まつりの実像に迫ります。九州国立博物館が

『古事記』『日本書紀』の新しい読み方をご提案いたします。》


新しい読み方 どんな読み方なのか 今から 楽しみです





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三郡山系 に 日が昇ります
手前は 名島神社



話は 変わりますが 先日 の 秋日和の日

伊藤まさこ さん と イベントで ゆっくり お話しする時間がありました

ご自分のルーツの事 祭祀線の事 穏やかな 語り口で

いろんなお話しを聞かせて頂きました

今 一番 興味を持って研究されているのが 《万葉集》とのこと

柿本人麻呂が いかに 持統天皇を愛していたのかとか

私の大好きな 大伴旅人 の話など 熱くお話を聞かせて頂きました

祭祀線で 私達に 歴史のゴーストを見せてくれた伊藤さんでしたが

今度は 万葉集 に 埋もれた ゴーストも見せてくれそうですね

サプライズ が お好きな方のようで

当分は 目が離せません



伊藤さんのブログ 『地図を楽しむ』は

お気に入りのブログにあります

クリックして 伊藤ワールドを お楽しみ下さい










by nonkei7332 | 2016-11-17 17:18 | 古代史 | Comments(0)

by ヒサミツ