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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

行きつけの店 ②


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居酒屋 みなみ




昭和40年代 高度経済成長期と呼ばれる頃

博多の街には 歓楽街中洲を中心に多くの飲食店が

ひしめき合っていました その中でも ひときわ 際立っていたのが

「キャバレー」というビッグバンドを背景に 歌謡ショウや

ダンスも踊れる 大人の 社交場でした

当時は 中洲を中心に20店舗くらいはあったそうですが

その中でも BIC3 といわれたのが 赤坂門にあった 『キャバレー赤坂』

清川にあった『キャバレー月世界』そして 南天神にあった

『キャバレーミナミ』だったといわれています

十代後半の青き少年だった 私には 近くて 遠い存在の 歓楽街でしたが

そんな妖艶な世界を ある種の 大人への憧れとして 見ていたのでした


今では マンションや ビジネスホテルが立ち並ぶ

南天神(渡辺通り5丁目)にあったのが『キャバレーミナミ』です

常時150人近くの従業員のための 専属食堂があったそうです

やがて いつしか キャバレー も 取り壊され 食堂が 居酒屋となって

「ミナミ」の名前を残しています


前置きが長くなりましたが 私の 二軒目の行きつけが この

『 居酒屋 み な み 』さん です

お付き合いは もう 10年くらいになりますでしょうか

暖簾をくぐると 12.3人が座れるカウンターがあり

奥には 小座敷と 20人はゆっくり座れる 大座敷があります

ほぼ 毎日来られる 常連さんで一杯ですが

その多くが 市役所や 九電や 九電関連の 企業の方が多いようです

厨房は みんなから 「おかあさん」と呼ばれる 女将さん(年齢不詳)

が仕切ってあり 接客は もっぱら 博多美人の娘さんが対応しています

母娘とも 豪放磊落 そのもので 店内は 笑い声が絶えません

最近 ちょっと遠のいている 私ですが 行った日には 奥から おかあさんが

『 ◯◯◯っち~!。どげんしとったと!。元気しとったね!』と

博多弁丸出しの 大きな声が 飛んできます

驚くのは この店のメニューの多さです

柳橋連合市場直の 旬の魚 野菜が カウンターに並んでいます

メニューに無くても 「なんば食べたかね」と言って

おかあさんが すぐに 奥で 作ってくれます

5年前 私が病に倒れた時 真っ先に 病院に駆けつけてくれたのが

お二人でした リハビリ中も 何度も 病院を訪ねてくれて

激励をしていただきました


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2012年5月 お店にとって 大変な一ヶ月 がありました

福岡市長が 市職員に対して 「禁酒令」を出した時でした

飲酒に絡む職員の不祥事が続いたという理由でしたが

お客さん に 市職員の多い お店は 大打撃だったようです



この「禁酒令」のさなか 西日本新聞の6月6日の朝刊のコラムで

九州大学名誉教授の関先生が こんな記事を書かれています


市長の談話を読んで その真摯さは 正義でも

なにか こう 野暮なのは これにかかわる

子供に夢を与えるのは 年長者たちの 粋なかっこうよさだから

野暮 は すでに 罪の一歩手前でもある。


けれど それが けっして

市長ひとりのものではないところに 根の深さがある

この町全体が どこかに 大切なものを置き忘れて

えらく 野暮な町になろうとしている 虞(おそれ)を感じる

それは 先人たちの 有言無言の教えに背くものではないか

酒をないがしろにすると


天罰ならぬ 酒神の逆襲を受けるだろう

大丈夫か この町 しらふで 千鳥足だが。

【 ( 福岡市「禁酒令」)より一部抜粋】


市長の家庭外禁酒の 激が飛ぼうが


周りの風景が いかように変わろうが

博多の戦後の大衆酒場の流れを


肌で感じてきた 母娘 の 顔には

微塵の ためらい もないようです


『居酒屋 みなみ』に 今日も 暖簾がさがります

いつものように


豪快な おかあさんの 笑い声が 轟いています







私がいつも呑む焼酎の 大好きなTVCMです







by nonkei7332 | 2016-05-20 19:27 | 日記 | Comments(0)

by ヒサミツ