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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

生得の歌人 (西行法師)


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紀の川市 西行法師像





桜 の開花予報が出されました

今年の 福岡 は 3月23日です(旧暦 2月23日)


一昨日の日曜日 3月12日は


旧暦の2月(如月)15日 朔望は 満月でした

2月15日は 釈迦の入滅の日であり

仏教寺院では 涅槃会(ねはんえ)法要が営まれます

釈迦は 沙羅双樹の木の下で 亡くなられたといいます

ちなみに 如月の望月 というのは 今年は 3月12日ですが

去年は 3月23日 で 一昨年は 4月4日でした


後鳥羽上皇 に 『生得の歌人』(生まれついての歌人)と呼ばれた

ひとりの男がいました

『 西 行 』(さいぎょう) です

〈新古今和歌集〉には 最多の94首もの歌が 納められています

42歳 の時 後世 辞世の句 ともいわれる 歌を詠みました


《 願わくは 花の下にて 春死なむ その 如月の望月のころ 》


【 通釈 】

願わくば 桜の花の咲く樹の下で 春に死にたい

それも 釈迦の入滅された 如月(2月)の満月の日に


西行法師 は 佐藤義清(のりきよ)という 武士でした

御所を護る「北面の武士」と呼ばれる 精鋭部隊に属し

将来を約束された エリート 高級官僚だったのでした

歌道に非凡な才能を持ち 流鏑馬の達人でもあり

同期の武士に あの 平清盛 もいたのでした

22歳の時 すべてを捨てて 出家します

理由は 謎です いろいろ言われていますが


皇位継承の争いに嫌気をさしたとか

友の死に立会い 人生の無常を感じたとか

想いを寄せていた 待賢門院(崇徳天皇の母)に失恋したとかですが

本当のところは ・・・本人に聞くしかありません

法号は 阿弥陀仏のいる 西方に向かうという意味の

〈西行〉と名乗りました

旅 と 桜 をこよなく愛した 歌人でした



《 いかで我 この世のほかの思ひいでに 風をいとはで 花をながめむ 》


【 通釈 】

私はどうすればいいのか 来世へ持ってゆく思い出として

風の心配をせずに 心ゆくまで桜の花を眺めてみたいものだが


《 葉隠れに 散りとどまれる花のみぞ しのびし人に 逢ふ心ちする 》


【 通釈 】

葉隠れに散り残っている桜の花だけだろう ひそかに恋い慕っていた人に

出逢った心持になれるのは

( 恋い慕う女人とは 待賢門院 の事です 生涯 片恋を貫いた人でした )



《 仏には さくらの花をたてまつれ わが後の世を 人とぶらえば 》


【 通釈 】

仏となった私には 桜の花を供えてほしい

わたしの後世を 誰か弔ってくれる人がいるならば


建久元年(1190年)2月16日

西行 73歳の時 波乱の人生の幕を閉じます

釈迦入滅の日の1日遅れでした

この日 桜 が 満開で 満月 であったのかは


誰にも わかりません


来年の 旧暦 2月15日 如月の望月 は 3月31日です

来年こそ 満開の桜の下で 西行 を偲ぶことができるでしょう



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桜はまだですが
杏(あんず) の花が 咲き始めました






by nonkei7332 | 2016-03-15 12:35 | Comments(0)