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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

鬼 と 山姥 (やまんば)



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能面 「般若」「山姥」 (福岡市博物館所蔵)




今日は 《節分》です

そもそも 〈季節を分ける〉日のことを言ったので

年に四回の節分があるのですが そのうち 一年の始まりとされる

〈立春〉の前日だけが 節分として 残っています

暦の上では 今日は 大みそか みたいなものですね


さて 先日は 《 鬼 》の話をしました

鬼は 山の幸を麓の村にもたらす 山の神の使いだといいましたが

もう一人 山に棲む 怖い 妖怪 の姿をした 山の神がいます

それは 《 山 姥 》(やまんば) です

昔ばなしには 鬼や山姥の話が多く残っています

そんな昔ばなし の中には こんな お話がありました



《 節分の鬼 (岩手の話) 》


昔、ある山里に、

妻も子供にも先立たれた一人暮らしの貧乏な爺さんがいました。

爺さんは毎日二人の息子のお墓にお参りすることだけが楽しみでした。

やがて冬になり、村はすっぽりと深い雪に埋もれ、

爺さんもじっと家の中に閉じこもっていました。

節分の日、寂しさに耐えられず、爺さんは雪に埋まりながら

二人の墓参りに出かけました。村のどの家からも

『鬼は外、福は内』と楽しそうな家族の声が聞こえてきました。

爺さんはしみじみ一人ぼっちが身に染みて、

涙があふれて止まりませんでした。

墓参りから帰った爺さんは、息子が生きていた頃に作ってくれた

鬼のお面を取り出して、昔の楽しかった時を思い出していました。

『妻も子供ももういない、ましてや福の神など どこにもいやしねえ』

そう思った爺さんは、鬼の面をかぶり、

わざとあべこべに叫びながら豆をまき始めました。

『鬼は内!福は外!』

すると、爺さんの家に誰かが訪ねてきました。

それは、節分の豆に追われた鬼たちでした。

この家に客人とは何年ぶりでしょう、

たとえ鬼でも爺さんは嬉しくなりました。

鬼たちはみんな爺さんの家に集まり、持ってきた甘酒やご馳走で

大宴会が始まりました。やがて朝になると、鬼たちは

「来年も来るから」と上機嫌で帰って行きました。

やがて春になった頃、爺さんは鬼の置いて行ったお金で

二人の墓を立派に作り直しました。そして

『おら、もう少し長生きすることにしただ』

『来年も鬼を呼ばないといけないからなぁ』

と晴れ晴れした顔で言いました。

(日本昔ばなし より)





《 ちょうふく山 の 山んば (秋田の話) 》


ちょうふく山に住む 山んば が子どもを産みました。

ふもとに住む村人に祝いの餅をもって来いといいつけると

村人は餅をついたものの、誰も怖がって持っていこうとしません

村一番の乱暴者のカモ安と権六に頼むことになりましたが

二人とも山んばが怖くて、道を知らないから行けないとごねました。

そこで、村一番の年寄りの杉山の 大ばんば が

道案内役としてついていくことになりました

山を登っていく途中で山んばの声が聞こえると、

カモ安と権六は 大ばんば と餅を置いて逃げていってしまいました

大ばんば は しかたなく餅をその場において、頂上まで行き、

山んばの家を訪ねて、事情を話しました

すると昨日産まれたばかりの まる という子どもが

ひとっ飛びで餅を担いで帰ってきました

その後 大ばんば は 山んば に引き留められて二十一日間

山んばの世話をして、そのお礼にと錦の反物を貰って帰ってきました

村に戻ると おばんば が死んだものと思われていて

ちょうど おばんばの葬式をしているところだったのです

大ばんば は事情を話して、

山んばからもらった錦をみんなにも分けてあげました

不思議なことにこの錦の反物は

いくら使っても なくなることがなかったといわれています

(日本昔ばなし より)


鬼と山姥 は 昔ばなしの中では 温かい心をを持った

麓の村に 多くの幸を届けた 神々として生きていました

特に 山姥伝説は 山の神は 女神だったことを 教えてくれます

そういえば 富士山の神は 浅間神社の 祭神

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)でしたし

脊振山の脊振神社の神は 市杵島姫(いちきしまひめ)でした

宝満山の竈門神社の神は 玉依姫(たまよりひめ)

香春岳の香春神社の神は 辛国息長大姫(からくにおきながおおひめ)

別名を 宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ) あの 稲荷の女神です


このように 山の神は 女神 ばかりです


だとすれば 山姥 は どんな 女神だったのでしょう


昔ばなしの中には 餅と反物 を交換していましたね

機を織るといえば 七夕の起源とされる

《棚機津女(たなばたつめ)の伝説》があります

棚機津女とは 七月七日に訪れる神様を迎えて祀るため

町や村の乙女が水辺の機屋に籠もって機を織るというものです

七月六日に訪れた神様は 翌日の七日に帰ります

このとき水辺で禊ぎ(みそぎ) を行うと

災難とのかかわりを取り去ってくれると考えられています

もう一つ《山姥の洗濯日》という 伝説があります

北九州では 暮れの十三日 または 二十日には 必ず雨が降るから

水を使ってはいけないとか 洗濯をしてはいけないとする日があります

雨を司る山姥(山神の巫女)の禊の日であったものだといわれています


山の幸と麓の村の幸を交換するのが 《市》の起源だとされていますが

この〈市〉の 名前がついた 女神が 一人 おられます

《 神大市姫 》(かむおおいちひめ)

別名を 大歳御祖神(おおとしおやのかみ)とも呼ばれています

この女神は 木花咲耶姫 のお姉さんです

あの 醜い 磐長姫(いわながひめ) と呼ばれた 女神です

龍神 とも呼ばれていて

辛国息長大姫(稲荷神) のお母さんです

実は 去年 京都の松尾大社の奥宮 松尾山から流れる 滝のそばで

この女神にお会いしました

そこは 身震いがするほどの 霊域でした

山姥の女神の名前が 書かれていました


《 罔象女神 》(みずはのめのかみ)



水の全ての禊を司る 女神


あの 《 瀬織津姫 》(せおりつひめ) ともいわれています


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松尾大社 滝御前



小さな頃の 我が家の慣例 元旦の朝 銭湯へ行く理由を

兄が言ったように 「正月だから」という意味で

なんとなく そんなものだと思っていました

最近 そのより深い 理由を知る事ができました

町の銭湯も少なくなりましたので 若い人は知らないでしょうが

昔の銭湯の 壁絵には 必ずといっていいほど

《富士山の絵》が描かれていました

長年 この富士山 だけの絵 を描かれていた人がこんな話をされていました


『この絵は 海でも 花でもいいわけではない

何故なら この絵は 宗教画だからです

富士山は 神の山です

山から流れ出る 神水で 心身ともに 浄めることは

禊(みそぎ) の儀式なんです 』


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銭湯富士山絵


今日は 節分の日 暦の上での 大晦日 だと いいました

昔のように 富士山の描かれた銭湯で

新しい季節の始めに 家族揃って身を浄めたいものですが

家族も 銭湯も もう 私のそばには ありません

時は いつのまにか ひとつの昔ばなしを 消そうとしています


妖怪にされてしまった 鬼 や 山姥 の 神

よみがえれ !! 祓い浄め の 水の女神よ !!

この 汚れきった 世の中を 洗い流すために








by nonkei7332 | 2016-02-03 12:09 | 古代史 | Comments(2)
Commented by ユキ at 2016-02-05 06:06 x
いつも、読み応えのある記事をありがとうございます!

民話や昔話、大好きです♪

瀬織津姫(=罔象女神)、美しい響きの名前の神様ですね。

この神様は、龍とも深い関係があるのかなっと思ったりしています。

(龍そものだったりしてね~^^)
Commented by nonkei7332 at 2016-02-05 17:35
ユキさん 今日は
先日 志賀海神社の「山之神社」の案内板を改めて見たのですが
『御神前にオコゼやアラカブを備えると その顔立ちの悪さを見て
喜快に思われ、快く願いを叶えてくれる』とありました
オコゼの醜い顔は 長い間 海の底にいた 醜い 安曇磯良 の顔を連想します
鬼とか山姥といわれた 醜い〈山神〉は 醜い〈海神〉に同族意識を持っていたんでしょうね。
それとも 〈海神〉が ある時期に〈山神〉に変身したのかもしれません。
山神を迎えるお正月の鏡餅には 昆布やスルメを供えますしね
今 そんな 謎説きにも 挑戦しています
「昔ばなし」は古代史の宝箱です。