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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

歳神様(としがみさま) と 鬼


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雲仙市 橘神社の 世界一大きい 門松




日本人は嬉しい事があったら

『盆と正月が一緒に来た』という言葉を使います

一年の中に 祝うべき日が二日あったからです

おそらく 冬至(12/22) と 夏至(6/21) の季節の節目を祝ったのが

そもそもの起源でしょうが 何度か 暦や風習が変わっていき

現在のような 祝祭 に変わってしまいました

冬の正月 と 夏の七夕 (仏教に習合され 盆となった) がそれです



特に 正月は昔の村々では 歳神様 という その氏族の祖先神を

迎える行事だったといわれています

その名残が 今ではもう見られる事が少なくなった

「門松」「注連飾り」に残っています

こういった松飾りを飾っておく期間を「松の内」といいます

地方よっては 7日だったり 15日だったりしますが

松飾りは 歳神様が道に迷う事なく 家々に迎えるための目印とも

家に歳神様の滞在を示す印だともいわれていました

その松飾りを焼くことで お送りするのが

「どんと焼き」などと呼ばれる 各地の火祭りです


さてさて 歳神様といわれる 祖先神はどこにおられたのでしょうか

それは 「山」です 歳神様は 「山の神」だったのです

その昔 人とも 神ともいえない 神人(かみびと)が山には住んでいました

冬になると 里に下りてきて 山の幸と里の幸を交換しては

山に帰ったといいます

神人は 赤い顔をしたり 青い顔をしたり 片目が無かったり

鼻が異様に高かったり そんな 顔をしていました

そうです 後の世に 「鬼」とか「天狗」と呼ばれた人達でした

神人は いろんな 山のみやげ物を 麓の村に もってきました

遠い昔 稲作を村に教えたのも 神人でした

山で木を刈り炭を作り その火で鉄を造っていました

その鉄で 鍬(くわ) や 鋤(すき) を造っては 村人を助けました

酒の作り方も 薬も 村人に与えたのでした

そして 神人は 星を読むことができました

星を読んでは 暦を作り 村人にその年の 天地の動きを教え

稲を植える品種 や 時期までも教えていたのです

沢山のみやげを持ってきてくれる 神人を 村人は 正月になると

門松を立て 晴れ着を着て迎えたのでした

平和な 風景 だったのでしょう



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太宰府天満宮 鬼すべ神事



1月7日に 太宰府天満宮や糸島市の老松神社では

「鬼すべ神事」や「鷽替え神事」が行われます

歳神様(神人)を迎えた 村人の祭りの面影を残しています

ただ 悲しい事に 日本の 偽りの 歴史は

神人(鬼・天狗) を 幸をもたらす者から

災いをもたらす者へと 変えてしまいました

そのもっともひどい行事が 「節分」です

《鬼は外 福は内》といって 鬼に豆を投げつけます

本来の姿は 《鬼は内 福も内》と言って 頂いた土産と交換に

里で取れた 豆を 鬼に献納したのではないかと思います

ちなみに 埼玉県嵐山町の鬼鎮神社 や 奈良県天川村の天河神社など

多くの神社やお寺での 節分には 《鬼は内 福も内》と言っているのです

最近はやりの 節分の 恵方巻 も 歳神様のいる方向(南南西)

を向いて食べないといけないといいます

歳神様(鬼)から頂いた物への感謝のお返しなのです



初春に行われる 風習や神事の起源は

山の神から そして もつと古くは 海の彼方から 来訪すると信じた

祖先神を 祀る事だつたのでしょう


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沖津宮 御手洗浜




明日 私は 海神の住む 龍の都 志賀海神社に行きます

遠い昔に 海の彼方から 渡ってきた 祖先神 に

今年一年の 感謝の想いを伝えます

今頃 明日の『歩射祭』のために 八人の若者が

沖津宮 の 御手洗浜 の海に入って


禊 (みそぎ) をしている ころでしょうか








by nonkei7332 | 2016-01-16 13:11 | 古代史 | Comments(0)

by ヒサミツ