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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

紫野(むらさきの) を歩く ①



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今宮神社 楼門



どんより曇った空だったが


『 お父さん 雨はふらないと思うよ 』という


嫁 の 言葉を信じて 傘を持たずに 出た



地下鉄烏丸線で四条で降り

上賀茂神社行きの4番のバスに乗る 千本木通りを 北へ 向かう

佛教大学キャンパスを過ぎると 右折して 今宮通り

なだらかな坂を下り 下り終わったところが 今宮神社だった

紫野 (むらさきの) と呼ばれた この辺りは

昔から 洛北七野


( 内野・北野・平野・萩野・蓮台野・紫野・上野 )


と 呼ばれた丘陵地で


朝廷の禁野 として 御猟や遊覧の野原だったという



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真っ赤な楼門が ひと際目立つ 『今宮神社』

左右に大きな提灯と 簾が旗めく

なんと なんと 『三階松』の社紋なのだ



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本殿

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この社 の由来をみると

平安京遷都の前には 年代はわからないが

スサノオを祀った 疫神社 だったらしいく八坂神社と同じように

たびたび起こる 疫病や災厄 を鎮める為の 「御霊会」が営まれ

「紫野御霊会」と呼ばれたようだ

祭神は 〈大己貴命〉〈事代主命〉〈奇稲田姫〉の 三柱

今宮というのは 新たに設ける宮 という意味で

何か今宮という神 が 存在するわけではないと教えていただいた

近くの 賀茂社 よりも 八坂神社に近い 神社なようだ

朝廷の 崇敬は厚く 社殿の修復なども繰り返されている

武家からの 崇敬も特に厚く

秀吉は 秀頼公出生の年には 御座所 を設けている

江戸時代には 氏子に中で 西陣の機業 が発展し

この地に生まれた 桂昌院(五代将軍徳川綱吉の生母) は

西陣への愛郷の念が強く 祭事の復興や 神域の整備に 大いに努めたようだ

特に 末社 の 「織姫社」の 祭神は 『栲幡千千姫命』

高皇産霊命 の女で皇祖天之忍穂耳尊の妃であり

天火明命と邇邇芸尊の御母にあたる

豊秋津姫 (とよあきつひめ)だとされる

西陣の人たちには 織物の祖神として強く敬われている



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楼門の右手に 摂社 「宗像社」がある

お目当の 台座には 鯰の彫り物が あった

狗奴国の鯰が ここにも かと 考えると 想いが深い



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左手の斜面には 摂社「月読社」

階段は 朱色い紅葉の絨毯

雨に濡れた 木々も 美しい



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末社 月読社

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社務所で 売られている 御守りの 「やすらい人形(ひとがた)」

朱い 人形には 「蘇民将来子孫也」の文字が書いてある

氏子達の 家々には このお札が 貼られているのだろうか



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婚礼の パンフレット撮影なのか

後を追っかけてみた



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東門前にある 今宮名物 「あぶり餅」の店

かざりや屋さん と 一和さん

「あぶり餅」は 親指大のお餅にきな粉をまぶしてから

炭火であぶり 甘辛い白味噌だれをたっぷり絡ませたもの



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小糠雨に濡れながら

洛北紫野 を 大徳寺に向かった








by nonkei7332 | 2015-11-28 08:30 | 京都 | Comments(2)
Commented by ユキ at 2015-11-30 07:00 x
わわ~!
京都、今宮神社のナマズさん♪
きれいな写真をアップで撮っていただいてありがとうございます。
秋の京都、紅葉が美しいですね。
Commented by nonkei7332 at 2015-12-03 00:06

今宮神社 大徳寺 紫野 は 小雨にけむり 秋満開でしたよ

さだまさし の 歌 に 「紫野」という 歌があります

七重八重 山吹は
実をつけず 枝垂れ咲く
鐘の声の 風の声の
うらぶれて 道遠く

やすらい祭の花笠には 山吹の花で 飾られるそうです

by ヒサミツ