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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

博多松囃子 と やすらい祭



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博多松囃子





『博多どんたく港まつり』

5月の連休に行われ 200万人もの人が集まる

博多の祭 〈どんたく〉 の 正式名称です

ところが この 〈どんたく〉と言い出したのは 明治以降で

それまでは 『博多松囃子』と言っていました

それも 5月ではなく 正月の行事だったのです

古来から 正月になると 門松をたてます

その年の新しい神様が松に降りてくるといわれていました

松囃子 は その松を伴って それぞれの 領主に年賀挨拶をする

行事として始まったとされます 室町時代だといわれますが

その 起源は 定かではありません もっと古いのかもしれません


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博多町家館 より



謡曲に 『蘆刈』という演目があります

この話は 仁徳天皇のころ 〈津の国難波の都・博多〉の話です

貧困の為 別れた夫婦がいました その後 妻は高貴な家の乳母となり

夫を探しに筑紫の国にきます そこで 蘆売りとなっていた夫と巡り会い

二人で 都に帰って行ったという話ですが

蘆売りの夫が 蘆を売るために 昔からの歌を賑やかに囃して謡います


名に負う梅の花笠、難波女の被く袖笠、

肘笠の雨の蘆辺も乱るるかたを波、彼方へざらりこの方へざらり、

ざらざらざっと風の上げたる古簾、つれづれもなき心よ、



津の国 難波の春は 夢なれや



仁徳天皇善政 と 筑紫の国の華やかさを歌っているのです

その風景こそ 〈博多松囃子〉の いにしえの風景に見えてくるのです

梅 ・ 松 ・ 笠 これは 九州王朝の象徴でもあります


囃子の語源をたどると はやす(生やす) に繋がります

〈囃す〉は 増殖させる 増やす 豊にする の意味でもあります

『松囃子』の意味するものは

松である かつての 九州王朝を 偲び その思いを拡げていく

祭りではなかったのでは ないでしょうか



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京都今宮神社




京都の北に 《今宮神社》があります

ここでは 京都の三大奇祭 と呼ばれる『やすらい祭』があります

因みに あとの二つは 鞍馬寺の「鞍馬の火祭」そして

広隆寺の「太秦の牛祭」ですが ここでは ふれません

「やすらい祭」は 古来より疫神を鎮めるために行われていました

由緒によれば

『 神祇官の「鎮花祭」と「御霊会」が結びついた「花のまつり」で、

花の精にあおられて 飛散する悪魔の精霊を

囃子や 歌舞によって追い立てて 風流傘に宿らせ、

紫野ノ社に送り込んで神威を仰いで降伏させる 』

と 書かれています

元々は 3月に行われていました 花笠や若松もでてきます

博多松囃子 に よく似ています

やすらい を 「夜須礼」と書くそうです

『夜須に礼をつくす』という意味なのでしょうか



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やすらい祭



『夜須』といえば 日本書紀に

「神功皇后、熊鷲を撃たむと欲して、橿日宮より松峽宮に遷りたまふ」

とあります その後 羽白熊鷲を征服した 神功皇后は

「我が心則ち安し(やすし)」といったので

この地を「夜須」というようになったいう 伝承があります

夜須町は 筑前市 と名を変えましたが

松峡宮 とされる 跡地には

松峡八幡宮(まつおはちまんぐう)が鎮座します


明治以前においては 博多の松囃子が

朝倉夜須村に残る 宮家に参詣していたとする 伝承もあるのです

( 文献として 残っているかどうか 調査中 )



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松峡八幡宮 ( 空 sora そら さんのブログより)



気になる 都市伝説を ひとつ

京都弁で 「おいでやす」「おこしやす」というように

語尾に 「やす」という言葉を使いますがが 宮廷言葉からきたもので

「やす」は 「夜須」が語源だとの事



京都 今宮神社の 「やすらい祭り」 の 発祥は 博多の「松囃子」

京都 下鴨神社の 「葵祭り」の 発祥は 背振神社の 「賀茂まつり」

あとひとつの 謎解きは

京都 八坂神社の 「祇園祭り」の 発祥は・・・


博多 櫛田神社の 「博多山笠」?。



京都の謎 と 妄想は どこまでも 続いていきます。







by nonkei7332 | 2015-11-23 16:57 | 古代史 | Comments(4)
Commented by chie_1952 at 2015-11-23 18:05
今回も大変に興味深い記事でした。
私達の知らない事が、こんなに多くあるのですね。
知識がひとつ増えました。

Commented by nonkei7332 at 2015-11-23 21:20
Chieさん こんばんは
平安京 は 秦氏 賀茂氏 をはじめ 多くの 渡来人達が
何もない 山科の盆地に あの煌びやかな 都をつくったのです
かつて 自分達が築き上げた 筑紫王朝 を偲んで
まず 最初に何をしたのか おそらく そこに
筑紫の 神々を 祀ったのでしょう そして そこで
かつて 自分達が やっていたように 歌を謡い 神楽を舞い
祭りの日々を 繋いできたのに間違いありません
私の追いかける ルーツも その歴史の流れの中で
華々しく生きてきた 筑紫の民だったのです
その事こそが すべての 発想の原点です。
Commented by ユキ at 2015-11-25 10:04 x
京都、今宮神社と聞いて、「鯰(なまず)」!って思い出しました(^^♪
境内のかたすみの「宗像社」に「鯰」さんがいらっしゃるようで、
いつか行ってみたいと思っていました。
日本昔話に、九州・宗像の「鯰」のお話があるので、その鯰さんかもですね。


Commented by nonkei7332 at 2015-11-25 11:19
ユキさん こんにちは
今日 京都に入り 明日 今宮神社 に行く予定です
宗像の鯰情報 ありがとうございます
今宮神社は あちらこちらにあるんですが
元宮は 何処なんでしょうね 志賀海神社にも
安曇磯良 を祀る 末社の今宮神社 もあります
筑紫の痕跡を訪ねての 一人旅 楽しんできます。