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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

鴨(賀茂) の 流れ



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下鴨神社





平安遷都 前の 京都 には

筑紫の古代氏族 ・秦氏(宗像) ・土師氏(筑豊) ・賀茂氏(背振)

が多く住みついていました

桂川流域 の 秦氏の 松尾神社

鴨川流域 の 賀茂氏の 下鴨神社

南部伏見深草 の 土師氏の 伏見稲荷神社

この三つの 神社を通して

遠き 筑紫王朝の 面影を追うのが

今回の京都行きの旅の目的でもあります


下調べで 下鴨神社 の 賀茂氏 を探ってみました


筑紫の賢人(真鍋大覚さん) の

『灘の國の星』にはこんな記述があります


天智天皇 は 662年、筑紫の長洲宮に遷都された。

そこからは背振山が見えた。背振では葵祭があっていた。

天智天皇は大和に帰還してから、667年に山城の国の氏神の加茂の社で、

筑紫と同じ「葵祭」を催行された。

こうして筑紫の神々は畿内に遷座して、

故郷の発祥の地をしのぐほどに繁栄した。

「背振神社」は京都「賀茂神社」に、

「現人神社」は大阪の「住吉大社」に

生まれ変わって、本家本元は寂れてしまった。

「加茂の神」は元来はタタラの神であった。火と熱の神であった。

そして、鍛冶場仕事の災いとなる風雨に対して、

細心の配慮のある神であった。

背振の祭りには必ず「おこしごめ」が店に出ます。

これは昔の砂鉄精錬の生産品であります。

玉刃金を菓子に造形化したお土産にほかなりません。

ちょうど、京都の「八つ橋」が賀茂の神々が作った「金の延べ板」を

模した品にほかならないのと同じです。


土産のおこし や 京都名物「八つ橋」起源が 背振 にあったとは驚きです

もうひとつ 「下鴨神社」の名物に 「みたらし団子」があります

「御手洗」を みたらし と呼びます

綾杉さんの「志賀島歴史講座」で 志賀海神社沖津宮の浜あたりを

〈御手洗〉という地名だと知りました

イザナギが 黄泉の国の穢れを洗い清めた 禊の地 だと聴きました

今では どの神社には 手と口を濯ぐ 〈御手洗〉がありますが

下鴨神社境内には 瀬織津姫を祀る 御手洗社という末社があり

その前にある 御手洗池では 1年ごとに 禊の儀 が行われるそうです

みたらし団子の起源は 後醍醐天皇が参詣の時

この池に浮かぶ五つの泡にちなんで 団子の数が5個になったとも

人の身体の五体から 5個になったとも 言われているそうです

今度 街中で みたらし団子を 食べるときは

ほんとうに 5個 有るのか 確かめてみましょう



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志賀海神社沖津宮 と 御手洗浜




さてさて 下鴨神社の正式名称は 『賀茂御祖神社』

祭神は 賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)

神武東征の際 八咫烏(やたがらす)に姿を変えて 神武天皇を

導いた あの謎多き 神です


ヤタガラス と言えば 日本サッカー の旗印でもある

三本足の からすです

韓流ドラマ「朱蒙」(チュモン) には

高句麗の国鳥であった 三本足のからす が

画面には たびたび 出てきたのでよく覚えています


この 八咫烏 という鳥 は いったい どういう 鳥だったのでしょう


筑紫の賢人は 『灘の國の星 拾遺』でこう書かれています

烏鵲 (うじゃく) (カササギの別名) は

干潟の冠水の有無遠近を見さだめる鳥として

昔は 旧約聖書のノアの洪水の神話の時代からしられていた

縄文弥生の祖先は 烏鵲と共に干潟の開拓に努めてきたのである

神代には 賀茂の氏族は 八咫烏(やたがらす)を伴として

日々を過ごしていた

今、肥前に棲む 『かちがらす』即ち『かささぎ』は

まさに その生きた化石というべきである

有明の干潟にいる「むつごろう」なる 鯊(はぜ)を餌としていたが

干潟が稲田となった今日では 全く無縁になるまでに

三千五百年以上の歳月をようしたことになる。


八咫烏 は カササギ の事であり

背振山山麓の肥前 に 起源を持つ 賀茂族 の 祖神 だったのです


現在 カササギ は 天然記念物 として

福岡の筑後 や 佐賀県に 生息しています


下鴨神社 は 肥前背振山麓 の 賀茂の祖神

「賀茂建角身命」を 祀る 神社でした

背振神社 の 「葵祭り」が

京都三大祭りの 賀茂社 の「葵祭り」の起源 だったのです



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背振神社 下宮




賀茂建角身命 なる 人物 が 八咫烏 だと言われていますが

安曇磯良 の 母が あの 鴨玉依姫 その父が 『豊玉彦』


この 『豊玉彦』こそが 八咫烏 であったという 説があります


神功皇后 に 仕えた 安曇磯良

神武天皇 に 仕えた 豊玉彦

九州王朝 を 支えた 安曇族


これで すべてが 繋がったみたいですね。















by nonkei7332 | 2015-11-10 20:13 | 古代史 | Comments(2)
Commented by ユキ at 2015-11-16 01:01 x
カササギかわいいですね!天然記念物なのですね。
真鍋大覚さんの『灘の國の星』読んでみたいです(^^/
(難しそうですけど…)
Commented by nonkei7332 at 2015-11-16 14:19

《カササギ》不思議な鳥ですね。
真鍋大覚さんの「灘の國の星」などは 箱崎の県立図書館にあります
難解な書物ですが 地名や言葉の由来などや 稲の民や鉄の民の 生活など
背振山麓や那珂川町の古代の姿を 多くの星の名前を絡めて
みごとに 解説されています 素晴らしい知識の宝庫です
私は勝手に「筑紫の賢人」と 言わせて頂いています
もちろん この本に繋いでくれたのは
「ひもろぎ逍遥」の綾杉さんです

by ヒサミツ