ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

もうひとつのルーツ



b0325317_12012532.jpeg




時々 君たちの夢を見ます

いまでは 37才 と 35才 のいい歳の親父になっているのに

夢の中に出てくる 君たちは

いつも 小さな子供だった頃の夢ばかりです

時々 送ってくれる 子供達(孫) との写真を見るたびに

そういえば 私にも こんな頃が あったなと

昔の写真を 探しては 失われていく 記憶を呼び戻しています

君たちが はしゃいでいる 昔の写真です

家族で 阿蘇に旅行に 行った時のスナップです

小さな旅でしたが 覚えていますか?

泊まった宿は 乙姫のペンション村 でしたね

丸太でできた 中二階の部屋を 君たちは 走り回っていました

乙姫ペンション村 なんて 洒落た名前をつけたもんだとしか

あの頃は 思っていませんでしたが

阿蘇の古代を紐解いていて 最近 わかったことがあります

近くに 乙姫神社 があります

祀られている祭神は 阿蘇の神々の母神 『蒲池媛』でした

( 9/30 の ブログ 「蒲池媛の謎」参照 )



ピンクスポット 〈乙姫神社〉ブルースポット 〈乙姫ペンション村〉


阿蘇神話 には 健磐龍命(たけいわたつのみこと) がいます

健磐龍命 は 阿蘇の開拓に携わった 豪族で 神武天皇の孫になります

全国にいくつかある 「蹴裂伝説」が残っています


《 昔、阿蘇は外輪山に囲まれた大きな湖であった

健磐龍命は湖の水を流して田畑を拓くことを考えました

満身の力で湖の壁を蹴り壊したのですが 湖の水は流れ出したものの

大鯰 が横たわり水の流れをせき止めてしまいます

健磐龍命はこの大鯰を退治して湖の水を流します

大鯰の流れて行った後は 白川 となり

大鯰は 《上益城郡嘉島町鯰》という

土地に流れ着いたと言われています》


乙姫についても 熊本の各地に 「乙姫伝説」が残っていますが

概ね 乙姫様が鯰に助けられる という ストーリーです

乙姫 といえば 「龍宮城の乙姫様」を思い浮かべるのですが

どこかで 繋がっているのかもしれません

〈熊本〉は 昔は 〈隈本〉といっていました

隈(くま)という字は 狗奴国 の 狗奴(くな)が訛ったものです

熊襲 もそうでしょう

隈 という地名は 熊本だけではなく 福岡の 筑後にも 筑紫にも

たくさん残っています 雑餉隈 月隈 などもそうですね

鯰の伝説 も 佐賀にも 糸島にも 那珂川町 にも 残っています

狗奴国(熊襲) の 勢力は広範囲の九州に及んでいたようです

鯰 の伝説の起源 は 遠く中国の呉の国 からきています

呉人の風俗に「提冠提縫」というものがあります

提とは鯰のことで 呉人は鯰の冠を被っていたとされています

嘉島町の鯰という場所は そういった 謂れがある

今でいう パワースポット でもあるのです

かつて この鯰の村に 戦国時代の 南熊本の守護大名

小西行長 の 陣跡があったときいたことがあります

小西行長は 有名な クリスチャン大名でしたので

南熊本や宇城や八代 の神社などの多くを焼き払ったと言います

おそらく 多くの古代からの歴史遺産 が失われたようです

鯰の地 にも 何かあったのではと 思っています

陣屋跡 を代々守ってきた 庄屋 には いまでも


年老いた 御夫婦 が 住んでおられます


b0325317_12004089.jpeg



私が 自分のルーツを追っかけてきた 旅も


まだ 旅の途中 です


それは 君たちにとっての ルーツでもあるのですが


君たちには もうひとつの ルーツがあるのです


ふたつのルーツ は 遠い昔 はひとつのものでした


奴国 と 狗奴国 争いはしましたが


やがて 九州王朝 という きらびやかな


この国の始まりでもあったのです



来月 京都に 孫に会いに行きます


紅葉真っ只中の いい季節をえらびました


1000年の王朝 の煌びやかさの奥に隠された


1500年前の 筑紫の王朝 の面影を探す 旅 になりそうです




熊本県 上益城郡 嘉島町 鯰





by nonkei7332 | 2015-10-26 12:07 | 博多ルーツ | Comments(2)
Commented by 息子 at 2015-11-10 20:33 x
乙姫のペンション村 、微かに記憶があります。
昔の記憶って不思議なもんだね。当時、凄く印象に残っている出来事なんかは今でも不思議と覚えてるよ。親父と登山中、親父が崖から落ちそうになったこと。家の前でサッカーしてて、親父の雷シュートを顔面で防いだ弟のこと。朝からなかなか起きない自分に親父特製の熱々タオルを顔に当てられ起こされていたこと。
自分の子ども達は今の記憶を大人になったらほとんど忘れるんだろうねぇ。そう考えるとなんだか淋しいな、、
小西行長の陣跡に住む老夫婦は今でも元気にしていますよ。
Commented by nonkei7332 at 2015-11-11 11:30

ルーツの探求とは 記憶のもっともっと 深い所にある
魂の記憶なのかも知れません
それを 知ること それを 後世に繋げることが
生きている者にしかできない 唯一の 祖先への 弔いなのでしょう
京都の次は 八代 に行きます
八代は 古代史の闇の中にいます 何かが眠っています。
思い出は 必ず 繋がっていきますよ V(^_^)V
まずは 子供達との 楽しい思い出を たくさんつくってあげて下さい。

by ヒサミツ