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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

ボートピープル




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一枚の写真が 全世界に 衝撃を与えました
トルコの海岸へ流れ着いたシリア難民の男の子の写真です
家族4人で過激派組織「イスラム国」が台頭するシリアから逃れ
ギリシャへ 向かう途中に ボートが沈没し
父親以外 全員が死亡したといいます


ボートピープル とは

紛争や圧政下にある地から 漁船やヨットなどの小船に乗り
難民となって 外国に乗り出した 人々のことをいいます
近年においては
北朝鮮・韓国・中国・キューバ・南ベトナム(ベトナム戦争以降)
アルバニア・モロッコ などの国で発生して
香港・USA・カナダ・タイ・インドネシア・オーストラリア
日本・イタリア・スペイン などの国への出国でした
祖国を捨て 命を賭け ヨーロッパをめざした
イラン・アフガニスタンの難民達は 何十万人にもなると
ニュース は伝えています


日本という 平和な国に生まれた事に
感謝せずにはおられませんが
私達の遠い祖先が じつは 渡来人 であったこと
何千キロという 海原 の中を 海流に 命をあずけ
ひたすら 新天地を求めて この豊かな山河に たどり着いた
ボートピープル であったことを 忘れてはいけません


紀元前 1200年頃から
中国大陸は 春秋戦国時代と呼ばれ
多くの小国が 覇権を争っていました
揚子江下流沿岸の江南地区に 〈呉〉 という国がありました
船を操り 稲作文化と金属技術にも長けた
平和な国でした やがて
紀元前473年
〈呉〉は 隣の国 〈越〉に滅ぼされてしまいます
行き場を無くした 呉の民 は 東シナ海 へと 逃げ
ボートピープル (漂流民) となります

生き残った一部は 朝鮮半島へ
そして 一部は 日本の 西九州 に 流れ着き
海辺 に いくつかの 集落をつくり 稲作と鉄器を もって
日本の弥生文化をつくる 倭人と呼ばれる
小国家群 を作っていったのでした

後世 南九州へとたどり着き 太平洋側 へと拡がっていった
古代海人族 は 隼人族 と呼ばれ
北九州へとたどり着き 玄界灘を拠点として 北へ 拡がっていった
古代海人族 は 安曇族 と呼ばれたのでした


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安曇族の聖地 志賀島





祖国を追われ 海へと 新天地を求めた 流民の哀しみが
この国の 魂 として 遠い記憶の淵に 漂っています
2400年という 時が過ぎた 今
地中海の海の底に 沈んでいった
難民船 転覆による 3500人にも 人々の哀しみは
日本という この国の生きる 私達に
何を 教えようとしているのでしょうか

人間の 哀しみの 連鎖は 今 この時間も続いています






by nonkei7332 | 2015-09-15 22:47 | 古代史 | Comments(2)
Commented by あんとん・わたつみ at 2015-09-17 10:56 x
私も難民のニュースを見る度に、自分の奥底の深い部分が痛みます。古代の民族大移動が今なお、続いていて、これからも、それはなくならない。争いがあるかぎり。人は、幸せを求め、豊かさを求め、今ある場所から旅立ち、永遠にたどりつけないでいるようで。今は平和な日本も、いつ民族大移動をやらなきゃいけなくなる日がくるかも。と、妄想してしまう私がいます。でも、もう一方で、いいかげん、目を覚ますので、戦の神々には、おひきとり頂きたいと願う私がいます。もの思う秋ですね。
Commented by nonkei7332 at 2015-09-17 15:58
アントンさん こんにちは (^o^)/

漂流海人 は この国の歴史をつくった人達です
〈呉の民〉〈安曇族〉は 倭国の礎となり古代史の主役を努めてきました
船を操る 海人は 山に入り ひたすら鞴を踏む〈鉄の民〉でもありました
各地の 集落を開墾する為に 鍬 や 鋤 の鉄器 が欠かせなかったからです
そして 鉄器 が 鉄剣にかわり 争いの 繰り返しが 始まり
やがて 安曇の民 は 歴史の表舞台から 消えてしまいます
何千年という時の流れと 地球という星の視点からみてみると
この国も 半島も 大陸も 東アジアという ひとつの 文化圏なのです
歴史を学ぶ者にとって 大事な〈視座〉 なのかも知れませんね
龍神 が 何かを伝えようとしているのでしょうか
龍の国 あたりで 雷が鳴っています。

by ヒサミツ