「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

磐之媛 (いわいのひめ) の憂い



b0325317_22381405.jpg
磐之媛稜 に咲く カキツバタ
写真 MOMO




《 秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 いつへの方に 我が恋やまむ 》
万葉集2巻88 磐之媛皇后

《私訳》
秋の稲穂に 朝霧が立ち込めています
霧は やがていつの間にか 消えてしまいますが
あなたへの 想いは 消えることはありません



磐之媛(いわいのひめ) は 16代 仁徳天皇 の皇后になられた方です
父は 葛城氏の始祖といわれる 葛城襲津彦
ということは 祖父 は あの 武内宿禰 になります
筑紫の基山付近を根拠地にしていた 紀氏葛城氏 の 姫 だったのです
葛城氏 と 天皇家 との繋がりは 深いものがありました
16代仁徳天皇 から 24代仁賢天皇まで ほとんどの 天皇が
葛城氏の娘を 后妃か 母としているからです
本来 何不自由もない 磐之媛 なのに
この歌は どうして こんなに 哀しいのでしょうか

実は 韓流ドラマにも 負けず劣らない
天皇の 後継者争い が そこにはあったのでした
15代応神天皇には 三人の後継者候補の皇子がいました

長兄であった 大山守皇子(おおやまもりのみこ)
そして 大鷦鷯皇子(おおささぎのみこ) (後の仁徳天皇)
そして 年少だった 菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)

三人の中で 抜きん出ていたのが いちばん弟であった 稚郎子 でした
稚郎子 は 古代豪族 和珥氏 の血を引く 皇子であり
王朝の中で大きな勢力を持っていました
天皇は 皇太子に 稚郎子を選び 大山守には 山川林野の管掌を任せ
大鷦鷯 には 皇太子の補佐を命じました
その翌年 応神天皇が 崩御すると 不満を抱いていた 大山守 は
稚郎子 を討つべく 兵を動かし 謀反をおこしたのでした
しかし 大鷦鷯 の通報によって そのことを知った 稚郎子は
謀反を治め 大山守を 亡き者にします しかし 何があったのか
兄である 大鷦鷯 こそ皇位を継ぐべきだと言って 即位しませんでした
大鷦鷯 のほうも 亡父の決めたことを破るのは 道に反すると譲りません
こうして 三年もの間 天皇不在の世の中が続いたのでした
そして 遂に 稚郎子は 苦悩の末に 自殺をしてしまいます
( 激しい後継者争いに 追われた稚郎子が死を選んだという説もあります)
臨終の床に駆けつけた 大鷦鷯 に 稚郎子は
「 妹の 八田皇女 (やたのひめみこ) のことを 妃に 」という遺言をのこします
こうした 背景があって 大鷦鷯皇子 は 16代仁徳天皇 となります

天皇と磐之媛 を取り巻く 環境は 決して安定したものではありませんでした
天皇を支えた 葛城氏 と 亡き稚郎子皇子 を支えた 豪族和珥氏の勢力は
水面下で 対立していたのでした
やがて 天皇は 亡き稚郎子の遺言どおり 八田皇女 を妃として 宮廷に迎えます
磐之媛は そのことを 旅先で知りますが そのまま 宮廷には戻らず
紀国 葛城の里の宮に 引きこもってしまいます
これ以上 混乱を避けようとした 磐之媛 の想いは
天皇も理解したのでしょう
それでも 何度も 戻るように 葛城の里に 使いを送りますが
磐之媛 は それを 頑なに 断るのでした 唯一の救いは
磐之媛の長男である 去来穂別皇子(いざほわけのみこ)(後の履中天皇) が
皇太子となった事でしたが 皇子の為にも 宮廷には戻りませんでした
やがて 5年の月日が 経ちます
皇后磐之媛 は 多くの 憂いを 遺して 病で この世を去ってしまいます


《 ありつつも 君をば待たむ うち靡く 我が黒髪に 霜の置くまでに 》
万葉集2巻87 磐之媛皇后

《私訳》
このまま あなたを 待ちます
この黒髪が 白くなったとしても
わたしは ここで あなたを 待っています


《 君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ 》
万葉集2巻85 磐之媛皇后

《私訳》
あなたと別れて もう随分日が経ちます
山を越えて あなたを迎えに行ったらいいのか
それとも ここで あなたを待ったらいいのか
わたしは どうしたらいいのでしょう


磐之媛 の 憂いが 通じたのでしょうか
その後の天皇家 は
17代 履中天皇 18代 反正天皇 19代 允恭天皇 と
磐之媛の皇子が 即位したのでした
八田皇女 は その後 大妃 として 史実に残る事はありませんでした
つまり 天皇との間に 皇子が生まれなかったのでしょうか


古事記 には 嫉妬深き 男勝りの 皇后として

その名を残した 磐之媛皇后 でしたが

万葉集 を 読む かぎり そこには

夫を愛し 子供達を愛しながら 生き抜いた

磐之媛 の 憂い しか見えないのは

私 だけでしょうか。







by nonkei7332 | 2015-06-10 22:47 | 古代史 | Comments(0)

by ヒサミツ