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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

『風姿花伝』について 1



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『 その風 (伝統) を得て 心より 心に伝えていく花 』

世阿弥は『風姿花伝』の 書名の由来 を こう 述べています



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世阿弥は 『風姿花伝』の〈序〉で 申楽 ( 能 ) の起源を語ります

『 申楽と呼ばれる 長寿延命の芸能。

その起源をたずねてみる

仏在所(インド) より起こったという説

あるいは 神代より伝わるという説 などがある

しかし時移り代が隔たってしまったので

願初の姿を学ぶことは もはや 叶わない

近年 万人にもてはやされている この 芸能は

推古天皇の御代

聖徳太子が 秦河勝 に命じて 創作させたものである

ひとつには 天下泰平のため ひとつには 諸人娯楽のため

六十六番の演目を構成し 申楽と名付けたのだった

以来 代々の作者 演者たちが 花鳥風月を取り入れ

この 芸能に 息吹を与えてきたのである 』


神代説 は 世阿弥は 『 細男( せいのう) の散楽 』と言っています

「筑紫の風俗が宮廷に献上されたり雅楽寮で宮廷楽舞として

伝承されるようになった 」

と〈続日本紀〉にありますが

九州王朝舞 「筑紫舞」は こうして 宮廷舞として つくられ

今日まで 宮地嶽神社に 伝承されています

その源流は 安曇磯良が 首に鼓を首にかけ 白覆面をして 舞う

『細男舞』『磯良舞』だったのでしょう



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志式神社 磯良舞





世阿弥は こうも言っています

『 もともと 神楽よりつくられた芸なので

「神」と云う文字の偏をとり

旁だけを残して 暦の申でもあったため

申楽 と 名付けられた

すなわち 楽しみを申すという意味であり

神楽から 別れたという意味でもある』


散楽は宮廷舞として 保護されましたが

桓武天皇の頃 散楽土制度は廃止され

申楽 (猿楽) となって 寺社や街頭にその舞台を移し

やがて 全国にひろがっていきます

一部は 観阿弥世阿弥により 〈能) に昇華され

幕府や武士に保護されます

一部は 〈歌舞伎〉 や 〈狂言〉と形を変えていきます

一方 人形を使う からくり は 傀儡によって 各地に広まり

〈人形浄瑠璃 〉や〈文楽〉と なって伝統芸能に なっていきます

現存する あらゆる 芸能は こうして出来上がってきたのですが

その起源が 《 筑 紫 》にあったことは あまり 知られてないようです



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by nonkei7332 | 2015-04-30 15:05 | | Comments(0)

by ヒサミツ