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《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

パラオ の 海




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両陛下が パラオ を訪問された

青い海と 青い空

激戦地 ペリリュー島に向かって

頭を垂れて祈られる 両陛下の白いお姿に

私達は 何を 学べばいいのだろうか


私の世代は

〈戦争が終わって 僕等は生れた 戦争を知らずに 僕等は育った 〉

と 歌に 唄われた

「戦争を知らない子供たち」と呼ばれた 最初の世代だった


そして 私の父は

戦争で死ねなかった 海軍兵士として

日本軍の重要拠点だった ラバウル からの帰還兵だった

パラオのように 敵軍の上陸こそ無かったが

補給が途絶えたので 自給自足を強いられ

多くの兵士が 栄養失調や マラリヤなどの病気により

亡くなっていた と聞いた

私が 小学生の頃 だったが

父は 時々 悪寒を伴う 高熱で 何日も 寝込む事があった

マラリヤ熱の症状が 身体の奥に 潜んでいたのだろう

父の中では あの戦争は まだ終わってはいなかった

陽気な父だったが 戦争に関しては いつも 寡黙だった

『 戦争は二度としてはいかん 』

といつも 酒を飲んでは言っていた


晩年 の父は 土をいじりながら

奈多の海岸 を歩いては

おきゅうと草を拾って来ては

自家製のおきゅうとを作ってくれた


海が大好きだった 父

生きていれば 今年 104歳になる



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奈多の海岸


今年 82歳になられる 陛下のうしろ姿が

奈多の浜から 磯良の海 を眺めていた

在りし日の 父の姿と重なる

両陛下には いつまでも お元気でと

祈らずには おられない









by nonkei7332 | 2015-04-13 11:11 | 日記 | Comments(0)