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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

こころに 残る 音


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観世音寺

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奈多海岸




人は 生涯 どれだけの 《 こころに 残る 音 》というものを
記憶しているのだろうか
私の中では

『 大晦日の 観世音寺の鐘の音 』

『 奈多海岸の 波の音 』

目を閉じて 海馬を震わせると なんの注釈もなく
あの 音達が 聞こえてくる



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観世音寺の天智院には 歌碑がある

《 手をあてて 鐘は たふとき 冷たさに 爪叩き聴く そのかそけきを 》

《 長塚 節 》(ながつかたかし)
歌人、小説家。茨城県結城郡の豪農の家に生まれ、
3歳のときすでに百人一首を暗誦できたとの言い伝えがある。
長じて正岡子規の門下に入り、『馬酔木』『アララギ』に多数の短歌を発表した。
30代前半に東京朝日新聞に連載した小説「土」は
日本の農民文学を確立した作品といわれる。
明治45年(1912年)、喉頭結核治療のため夏目漱石の紹介により、
九州大学病院に入院
この時 観世音寺の住職・石田琳樹と親交を持ち、幾度かこの寺を訪ねている
この歌は、死の前年 大正3年(1914年)の晩秋、
観世音寺を訪れて詠んだ歌
翌年 2月8日 36歳の若さで 亡くなっている

千年もの間 この国の歴史をずっと見てきたこの鐘に
手が触れた時の 尊さ その 冷たさ
そして 爪で叩いて鳴る その幽かな音に
残された 我が生命の日々を 重ねたのだろうか

初めて この歌碑の前に立った時
若き歌人の 哀しみに 私は涙が止まらなかった


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この 鐘の音を 穏やかに そして 深き 哀しみの中で 聞いておられた方がいる

菅原道真公 の 謫居の館は 十条右郭一坊にある南館だった
今の 榎社 のあたりだろう

『 不 出 門 』という 漢詩を遺されている (一部)

都 府 樓 纔 看 瓦 色
( 都府樓は纔かに瓦の色を看 )
觀 音 寺 只 聽 鐘 聲
( 觀音寺は只鐘の聲を聽く )

口語訳 : 近くの都府楼は 毎日わずかに瓦の色を遠くから眺めるばかりで、
観音寺 も ただ鐘の音を聴くだけで訪れたこともない

都での全ての栄華を そして 幼い我が子の 隈麿 までも 無くした
菅公の 御心情は 私には はかりしれない

ただ 時を超え 私の中にある あの鐘の音と
同じ 鐘の音を聞いておられた という まぎれもない 真実だけで
私の魂は 延喜二年(902年) 1113年前の
あの 冷たき 真冬の 榎の住処に 繋がっていく事ができる

今年もあと 三日
観世音寺の鐘の音は 今年も 多くの人々の魂を 癒しながら
百八つの 煩悩を 払っていくのだろう



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観世音寺 の 梵鐘






by nonkei7332 | 2014-12-28 12:02 | 菅公・太宰府 | Comments(0)