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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

想いも深き「思川」


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白川付近



宝満の山にまします 玉依姫は 水分の神(みくまりのかみ)

この神体山を源とする 清き水は川となり 遠の朝廷 を潤しながら

やがては 磯良の海へと流れていく 御笠川

わが魂の流るる川なのです

古来 地元では この川は 七つの名前で呼ばれていました

山裾の北谷では 『北谷川』

太宰府の三条あたりで 『岩淵川』

連歌屋まで下ると『岩踏川(いわふみがわ)』

そして 五条付近では 『白川』と呼ばれ

藍染川 と 合流して観世音寺あたりで『思川(おもいがわ)』

水城大野城では『御笠川』

博多の町に入ってからは『石堂川』 と。

様々な名前と想いを乗せて 流れてきた この川の畔で

数え切れないほどの 物語が 語られてきたのでしょうね

そんな物語の中から

今日は 『檜垣』と いう 能楽の演目となった お話をします






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能楽 「檜垣」


《 檜 垣 》

平安時代の 承平・天慶(931年〜938年)のころ

太宰府の都に 檜垣 という 白拍子 が 「白川」のほとりに 住んでいました

歌舞にたけ 女流歌人として 広く知られた人でありました

〈檜垣〉というのは

《 檜(ひのき)の薄板を網代(あじろ)に編んで作った垣根 》という意味で

裕福な生活をいとなんでいたのでしょうか

様々な伝説に包まれ、その正体は詳らかでないのですが

〈世阿弥〉は こんな物語にしました


【 あらすじ 】

肥後の国 岩戸と云う山で 霊験あらたな観世音を信仰し

又 この地の美しい景色を楽しみながら三年の間山籠りしている僧がいた

この僧のもとに 何処からともなく 閼伽の水(仏前に供える水)を

両手に手繰る 百歳に近い老婆(前シテ) があらわれ

僧は常々不審に思っていたので、老婆に向かって名を尋ねると

あの 後撰集の歌 に

《 年ふれば我が黒髪の白川のみつわくむまで老いにけるかな》

と詠んでいるのは 自分の歌であると答えた

さてはその昔 筑前の大宰府に庵を結び 桧垣をしつらえて

「あの白川」の畔に住んでいた白拍子、後には衰えて

「この白川」の辺りで果てたと聞いている

その女の霊なのかと 僧はまことに奇異の思いをしたのである

老婆は在りし日 藤原興範(おきのり)に水を乞われた時のことを語り

そのしるしを見たければ

「あの白川」の辺りで わが跡を弔って賜れと 言い置いて姿を消した

僧はすぐに白川のほとりに赴き ねんごろに読教していると

先の 老婆(後シテ)が 再び現れて 弔いを喜ぶように 昔水を汲み

舞を舞った時の あり様を見せ

なおも弔って わが罪を償ってくれと頼み

姿微かに帰り去るのであった


【 あとがき 】

二つの白川が 書かれています

「あの白川」は 太宰府の白川

「この白川」は 熊本の白川でしょう

世阿弥は 「檜垣」を「関寺小町」「姨捨」とともに〈三老女〉と 呼び

能の世界では 最も位の高い 奥義中の奥義 と言っています

単に 老醜をはかなむのではなく

美しかった白拍子のいたましい末路を描き男どもを惹きつけた

その美しさゆえに

死後は 業火の焔に燃え立つ釣瓶(つるべ)を 永遠に手繰り続け

因果の水を汲まねばならなかったという 哀しき物語でした

中に出てくる後撰集の歌ですが


《 年ふれば 我が黒髪の白川の みづはくむまで 老いにけるかな》


訳 : 年が経って私の黒かった髪は白くなり

白川の水を汲むまでに老いて落ちぶれてしまいました


・「みづはくむ」とは水を汲むということだけでなく

腰が屈み老いた姿を「みつわぐむ」といいます。

この二つのことを掛け言葉として使っています


詠みかけた相手は 〈太宰大弐 藤原興範〉ですが

歌集では 〈肥後守 清原元輔〉になっていて

「大和物語」では 〈曲水の宴を始めた 太宰大弐 小野好古〉 となっています

いずれの男も 大物ばかりです

また 鎌倉時代に書かれた『無名草子』には 元輔の娘・清少納言を

檜垣 との間に生まれた子であるかのように記述しています

謎めいた人でもあったのですね



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思川付近


先日 太宰府の姉から 三笠川で「かわせみ」を見たよという

うれしい メールがありました

私が住んでいた 場所は ちょうど 「藍染川」が 合流する

『 思 川 』のすぐ そばでした

そんなに 綺麗とはいえない川でしたが

それでも 息子達と 魚釣りをしたり

次男坊の 〈 K E I 〉が 土手から 河原に落ちて 大騒動になったり

長男の 〈 N O N 〉 は 毎日 土手を通って 小学校に通っていましたし

春には 河原一面に菜の花が咲いていましたね

思い出ふかき 想いも深き「思川」です



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左上に 藍染川の合流している 場所が見えます

藍染川 の 物語については 「太宰府の夏」を
http://hisamitsu.exblog.jp/23039753/

白拍子 については 「旅人の恋」を






by nonkei7332 | 2014-12-27 13:11 | | Comments(0)