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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

早稲田回想



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南門通り 正面が 大隈講堂



私は 早稲田大学の学生ではなかった
なのに 私が 早稲田に住んでいた理由は
何人かの友人 が 近所に 住んでいたからだ
早稲田通りの馬場下交差点の かどに
「三朝庵」という蕎麦屋があって
早稲田大学正門までの道を「 南門通り 」という
当時は両側に キッチンや喫茶店が 並び
多くの学生が行き来する道だった
左手は 民家が坂に沿って建っていて
私の住む アパートはその奥ばったところにあった
三畳一間で 家賃が 4500円 共同の 炊事場とトイレで
住人はほとんどが 学生だったと思う
狭い階段をあがり 部屋の窓からは
南門通りの向こうに早稲田高校の白い校舎が見えた
近くには 銭湯がなく
早稲田通りを高田馬場方面に 上っていく途中にあった
「松の湯」まで 通っていた





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鈴木忠志 主宰の 『 早 稲 田 小 劇 場 』b0325317_17252752.jpg
通り沿いの喫茶店「モンシェリ」の二階にあった
演劇における 小劇場の走りの頃で いつも 若者で賑わっていた
私は 二度 観劇している
一度は 看板舞台女優だった 〈白石加代子〉の
『劇的なるものをめぐって』だったと思う
二度目は つかこうへいの
『戦争で死ねなかったお父さん』
薄暗く 決して綺麗だとはいえない 狭い客席だった
記憶は 薄れているが
狂気女優と言われた 白石加代子の 鬼の形相 や
(天皇陛下万歳) で終わるb0325317_17262980.jpg
『戦争で死ねなかったお父さん』のラストシーンだけが
微かに 記憶として 残っている
主役は 〈平田満 〉だったのかもしれない

当時の 早稲田大学は早稲田騒動と言われる
革マル派と中核派が 一般学生をも巻き込んだ
過激な紛争の日々の ど真ん中の頃で
ピリピリとした空気が 正門付近には 漂っていた
セクトに属していない山口大三郎という文学部 一般学生 が
革マル派のリンチで死亡した凄惨な事件があった
村上春樹の 『海辺のカフカ』はこの事件をモデルにしている

私といえば 詩 ばかりを書いていて
「ユリイカ」「現代詩手帳」や「詩学」などの雑誌に
ペンネームで投稿を繰り返していたが b0325317_17284991.jpg
未熟な故に 選に入ることは 一度もなかった

「早稲田小劇場」はその後 早稲田大学の所有になり
解体され 更地になっていたが
来年の5月『早稲田小劇場どらま館』として 再建されるようだ
早稲田大学は その 設置の趣旨を
・早稲田演劇振興の拠点とする。
・演劇の世界をめざす学生(役者・脚本・演出など)
の登竜門として位置づける
としている
昔の 劇場を知っている 一人として
完成した折には 訪れてみたいと思っている
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by nonkei7332 | 2014-12-23 17:49 | 日記 | Comments(0)