ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

侘助(わびすけ)椿 と 寒椿


b0325317_07573286.jpg
寒椿 の 花




晩秋から 早春にかけての 花といえば 椿。
椿は 品種が 多く 山茶花 (さざんか) と 寒椿 の違い など
何度みても なかなか 区別するのが 大変な 花 です。


b0325317_07584490.jpg
右手の花が (山茶花〉 左手の花が (寒椿)




私の 大好きな 京 都 の 街 は 椿の名所 が多いのですが その中でも
『 等持院 の 侘助(わびすけ)椿 』『 鳥辺野 の 寒椿 』が 好きです
その 理由について 教えましょうか



b0325317_08012971.jpg
等持院 の 侘助椿



『 等持院 の 侘助椿 』を歌った 詩

衣笠の 古寺 の 侘助椿の
たおやかに 散りぬるも 陽に映えて
そのひとの 前髪 僅かにかすめながら
水面へと 身を投げる
鏡の まどろみの くだかれて
錦の帯の魚の ふためいて
同心円に 拡がる 紅のまわりで
さんざめく わたしの心
‥‥‥‥‥‥‥‥‥


《 この 詩の景色を 解説します 》

衣笠山の麓にある古寺 〈 等持院 〉 に咲く有楽椿 と云われる 侘助椿を 二人で 見ていました
突然 わたしの 想いは 椿の花となり 彼の前髪 をかすめながら
しなやかに そして しとやかに 夕陽をあびながら まるで 身を投げるように 池の上に 落ちていきました
落ちた椿の花 は 鏡のように 穏やかな 静かな池の水面を 壊して 波紋を拡げていきます
すると 錦鯉が 慌てて 驚いて逃げていきました
同心円に拡がっていく 紅い椿色の 波紋をみながら
わたしの中の 別れの不安は 確信へと変わっていくのでした



b0325317_08033025.jpg
鳥辺野 の 寒椿



『 鳥辺野 の 寒椿 』を 歌った 詩

寂しいからとそれだけで来るはずもない 鳥辺野
山道をゆけば 散り急ぐ様に
遠近(おちこち) に寒椿の紅 道を照らす春まだき
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
前のめりのまま 無造作に投げ出された愛が
季節に追われ ころんだまま
野晒しになっている 鳥辺野


《 この 詩の景色を 解説します 》

今熊野の剣神社から 御寺泉涌寺 までの 山道あたりを 鳥辺野 といいます
平安時代の頃 から この辺りは というより 鴨川を渡った 東側は
北の〈 蓮台野 れんだいの 〉 西の〈 化野 あだしの 〉と並ぶ 東の墓地・葬送の地でした
なので 静かな 寂しい 場所だからといって いつもくるような場所ではないのです
鳥辺野 の 春まだ浅い日 寒椿の紅き 花弁が あっちにも こっちにも 散らばっていて
道を 紅き血 の様に 染めていました
私が 喪くした 薄れゆく二人の記憶を 振り返れば
野晒しにされた 悲しみは 冬の中を まだ 転がっていました
寂しいからというだけで 来たのではなく
喪くした 愛を 葬るために 来た 鳥辺野 でした




b0325317_08054128.jpg
寒椿



《 さだ まさし 》
『 春告鳥 』そして 『 鳥辺野 』という 詩 の 一部 です
『 体 温 ( ぬくもり ) 』を 伝えることが できたら と さだまさし は 言います
詩を作る事 旋律を作る事 すべてが 帰るべき 何かを求める 旅 だとも いっていました

「春告鳥」の収められた アルバム名 『 夢供養 』
夢 を 供養するって いい 響きの 言葉ですね

この アルバム 出来たのが 1979年 (昭和54年)
さだまさし が 27歳 。私 が 28歳 。
私の 年譜 をみると 前の年に 今年 36歳になった 長男が
翌年に 今年 34歳になった 次男が 生まれた年でも ありました。



b0325317_08084168.jpg
寒椿










by nonkei7332 | 2014-11-26 08:09 | | Comments(0)

by ヒサミツ