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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

夢十話




夢 の 話 を ふたつ してみましょう。

ただ 私がみた 夢の話では ありません。



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ひとつは


《 夏 目 漱 石 》が自分が見た夢を

十話 綴った『 夢十話 』という 短編小説 の 話。

最近 「夢幻能」の演目をたくさん 読んでいたせいだろうか

一話ごとに 能の舞台を重ねながら 追体験して


みながら 二三度 読んで 遊んでみたが かなり 面白かった

特に 《 一話 》と 《 三話 》には 共通するテーマがある




《 第一夜 》 【 あらすじ 】


『 こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐っていると、

仰向に寝た女が静かな声でもう死にますと云う‥‥‥』


死を看取った女に

「百年経ったら 会いにくるから 待っていて」


と自分は頼まれる。

女の墓の横で待ち始めた自分は、

赤い日が東から昇り、西へ沈むのを何度も見る。

そのうちに女に騙されたのではないかと自分は疑い始める。

その自分の前に、一輪の真白な百合が 咲くのを見る

いつの間にか百年が過ぎていた。




《 第三夜 》 【 あらすじ 】


『 こんな夢を見た。六つになる子供を負ってる。


たしかに自分の子である。…』


田圃道を子供をおぶって歩いている。

子供は盲目である。

あぜ道を行くうち、子供は周囲の状況を次々と当て始め、

恐ろしくなった自分は子供を放り出して逃げることを考える。

道はいつしか山道へと入り、


やがて一本の杉の木の前に辿りついた。

子供が言う、

「 御前が ここで おれを殺したのは

今からちょうど百年前の文化五年の辰年だったね 」

その言葉を聞いて 自分は かつて 一人の盲目を殺した

人殺しだったのかと気がついた

すると 背中の子が 急に石地蔵のように重くなった。



共通のテーマは 「百年」である


二つとも 幻想的で 怪奇的な 話だが

第三話に出てくる (文化五年) は1809年

漱石がこの短編集を書いた1909年 の 百年前になる そして

第一話の夢を見たのが


この短編集を書いた 1909年 だとすれば

百年を過ぎた 今 あの百合の花は

今日 この時間 何処かに咲いていてもおかしくない

百年の 過去と未来を 夢の中で 逍遥する 漱石 は

百年後の 今の世の中に いったい 何を見ていたのだろうか。






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もうひとつの夢の話は

今から 25年前 漱石の 「 夢十話 」をモチーフにして

《 黒 澤 明 》 『 夢 』という 日米合作の映画をつくった 話。

この映画 八つの話がオムニバス形式になっていて

八つの話は 黒澤明がみた 夢 が元になっているという

その中のひとつに『 赤富士 』という夢の話がある





《 赤冨士 》 【 あらすじ 】


大音響と紅蓮に染まった空の下、大勢の人々が逃げ惑っている。

私は何があったのかわからない。

足下では、疲れ切った女性と子供が座り込んで泣いている。

原子力発電所が爆発したという。

愕然として見れば、赤く染まった富士山が大噴火を起こしている。

赤い色は、新技術で致死性の放射性物質を、

目で見えるようにしたものだった。

発電所の責任者や、着色技術を開発した科学者が絶望して自殺した後も、

私は押し寄せる赤い霧を必死に素手で払いのけ続けた…。



黒澤 が見た夢ほど 怖い夢はない

この映画 公開されたのが 1990年

そして 2011年 東日本大震災での 福島原発事故。

今年の 御嶽山噴火。

決して繋がってはいけない

繋がってしまった 夢 がそこには あるからだ。


私は 夢幻能の世界で

『 異界 』と 『 現在 』を 繋ぐ 『 ワキ 』なる存在があることを知った

漱石 も 黒澤 も ワキ人 として

夢の向こうにある 異界の扉を 開けてくれたのだろう




《 遠くのもの 》を 祈ろう


100年 いや 1000年 遠ければ 遠い ほど


その 祈りは 深く 拡がっていくはずだ







by nonkei7332 | 2014-11-22 22:58 | | Comments(0)

by ヒサミツ