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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

百済の王子 温羅


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法隆寺 百済観音像


百済から 多くの王子が 倭国にわたってきた

百済国最後の王である 義慈王の王子
「豊璋王」と「禅広王」を人質として倭国に滞在させた話は 史実として残っているが
そのほかにも 伝説や伝承として 百済王子の渡来話が 多くのこっている

崇神天皇の頃 岡山の吉備(きび)の里に
『 温 羅 』(うら)という 百済の王子が住んでいた
温羅は名のごとく 温和にして温厚な王であり 里人からは 吉備冠者(吉備火車)と呼ばれていた
この 温羅 を ヤマト朝廷は、凶暴で獰猛な悪鬼にしてしまう 『温羅伝説』という 話があって
あの おとぎ話 「桃太郎の鬼退治」の下敷きになる話なのだ



《 温羅伝説 》

むかし むかし
異国の鬼神が飛来して吉備の国にやってきた
百済の王子で 名を温羅(うら)といい 吉備冠者(きびかじゃ) とも呼ばれていた
目は豹のように輝き 髪は赤みを帯びた異様な姿であった
そのうえ温羅は火を吹いて山を焼き 岩をうがち
人間や猿を食い 美しい女を奪ったりする
そのような 温羅は 人々から大変恐れられていた
そこで 五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)というヤマト朝廷の将軍が
この温羅を退治することになる 五十狭芹彦命が「鬼ノ城」に向かって矢を放つと
温羅の放った矢と途中で食い合って落ち 勝負がつかない
住吉大明神のお告げに従い 一度に二本の矢をつがえて射たところ
一本の矢は途中で食い合ったが もう一本は温羅の左眼に命中した
温羅は大雷雨で洪水を起こし その流れに乗って逃げようとした
川の水は 温羅の傷から流れ出た血で赤く染まった
温羅が雉(きじ)となって山中に逃げるが 命(みこと)は 鷹 となってこれを追う
追い詰められた温羅は今度は鯉に姿を変え 川を下り始めたが
命はすばやく鵜になって鯉を追い ようやく温羅を捕まえた
絶体絶命 温羅はついに命に降伏し 自分の「吉備冠者」の名を奉(たてまつ)った
五十狭芹彦命は吉備津彦命になった
戦いに勝利した命は 温羅の首を串に刺してさらし首にした
ところが不思議なことに この首はいつまで経っても吠え続け
執念を燃やし続けてやまない
そこで命は家来の犬飼建(イヌカイノタケル)に命じて犬に食わせたが
ドクロとなっても温羅の首は吠え続けるのだ 命は釜殿の地下八尺あまりも掘って
その中に埋めたが 13年間唸(うな)りやまなかった
ある夜のこと 命の夢になかに温羅が現れて言った
「阿曽郷にいる わが妻の阿曽女に命じて お釜の神饌(しんせん)を炊かしめよ
幸いあれば豊かに鳴り 禍があれば 荒々しく鳴ろう」と
命がその通りにすると 温羅の首はやっと吠えるのをやめたという


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吉備神社と桃太郎



百済からは 仏教をはじめさまざまな 文化や技術 を学んで 国づくりをした
吉備の豊かな砂鉄資源の開発も 渡来人とその技術に負うところが大きかったと思う
「火を吹いて山をうがつ温羅が片眼を射抜かれた」とされているのは
〈赤い顔〉や〈一つ目〉といった「たたら製鉄」に従事する「鉄の民」の姿である
各地に残る 鉄の民 と 下流の農民 との諍いが この地もあって
そこに 便乗して 吉備の国を我が物にしようとした ヤマト朝廷の調略というのが
真実の姿なのかもしれない
全国に残る 《鬼退治》は このパターン が多い
温羅の祟りを鬼といって 畏れ 神社に祀る 地元の 吉備彦神社 には 吉備津彦命(温羅)が祀られている
神社を建立して これを鎮める それでも だめなら 物語をつくり 後世に残す
私達が知っている「桃太郎」の話は こうやって 伝承されてきたのであろう

鬼の祟りを鎮めるために 多くの神社を建てて これを 鎮める
これこそ 伝統的な日本的なソリューションなのだ

とすると この国で
もっとも 鬼 として畏れられ もっとも 多く 神として 祀られた渡来人は 誰だったのか
それは ( 鉄の民 土師氏 )を 先祖とする『 菅 原 道 真 』だったといえば 考えすぎだろうか


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by nonkei7332 | 2014-10-29 14:14 | 古代史 | Comments(2)
Commented by ぱぴぷぺぽ ぱら at 2014-10-30 11:30 x
こんにちわー( ´ ▽ ` )ノ

先日は突然おはぎ頂いてくださってありがとうございます。ちっとも甘くないおはぎでしたね。日本酒のアテになる言うのが秘密です。←そこまでして飲むか?笑
昨年この鬼ノ城行きましたよ。ものすごく眺めの良いところですが、石畳が瓦を敷き詰めたような状態で雨水が流れながら滑らないのだろうなと感心しましたよ。五分ほど登れば鬼の差し上げ岩というなんとも驚愕の磐座があるのですが、人間の本質を問われるような場所でした。
冬至の頃吉備津彦神社と鬼ノ城は入り陽と日の出のライン。アンテナがピピピッ と反応します(^.^)人の背丈以上のいえ何倍もある花崗岩がゴロゴロしている所です。鉄の民が目を着けるはずです。温羅の血が流れたという近くの血吸い川と言うのは赤い鉄の川という事でしょうか。後世では備前長船の作刀をはじめ備前焼に進化したのでしょう。地元では温羅のお祭りも有るようでこちらが盛り上がるという話です。なんかいい話でしょ。
しかしもかかしもおともだち。近直ここに行く予定なんですよ。で、下調べしていた所でした。こちらで吉備津彦だの温羅だの目にするとは思いもしませんでしたよ〜〜。しかも一緒に行く友達が磯良の海さんのこの記事を教えてくれるし笑
機会があれば晩秋の頃御一献いかがでしょう?
Commented by nonkei7332 at 2014-10-30 13:59
ぱらさん こんにちは
嬉しい コメント 有り難うございました
おはぎ で 日本酒 いいですね。
チョコレートを囓りながら ブランデーという 感じなんでしょうか。
吉備団子 で 焼酎 もいいかもしれませんね。
今年は 春から ずっと 「鉄の民」を追っかけてきましたが
その延長で「鬼」「河童」が気になっていました
私の錆びたアンテナでは なかなか ピピピ~と 反応してくれないのが かなり不満ですが
それはそれ 無いものねだりは しないようにしています。
ぱらさんの博学と行動力には ついていけませんが これからも いろいろ教えて下さいね。
Tさんにも よろしくお伝えください。
はばーないすでい!