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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

LESSON



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一日早いが 誕生日 おめでとう
そして 家族も恙無く 元気にしているということに
ただただ かたじけなく 思っています
1980年10月10日 こんな私達を選んで
この世にうまれてくれた 君に 感謝しています
あれから 34年 たくさんの 思い出が重なって 涙に変わります
この写真を覚えてますか
天拝山の麓にある 武藏寺 の境内ですね
藤棚の下の こぼれ陽のなかで 君達は 天使のように 輝いていました
そして今 私の目の前には そんな君達の子供達の写真が 同じように
天使の顔をして 私を見ています
いつもは そばに居ないから 話したいことは 山程あるのですが
今日は 今 私が受けている “ レッスン ” の話をします
その レッスンとは 「死のレッスン」です
縁起でもないと 怒っているかもしれませんが
大事なことなので まあ 聞いて下さい

私が 一番最初に 死を意識したのは いつだったのか
それは まだ小学生の頃だったでしょうか ある日私は
父が死んだ夢を見ました 目が覚めても 悲しくて やがていつかは
父も死ぬんだと思うだけで 涙がでたのを 覚えています
あれが〈 LESSON1〉でした

そして 〈LESSON2〉は 君達が生まれた時です
なにがあっても たとえ死んでも こいつらは守るぞという
不思議な思いが ありました
このことは君たちにも経験があるでしょうが
私はこの時 幽かではありますが ある種の死を意識したんです
君達が 生まれるのと同時に
私の中で 何かが 死んだのを 感じていました

そして〈LESSON3〉は 私が 脳疾患で 倒れた時です
あの時 私は はっきりと 人はこうやって死んで行くんだと
救急車の中で感じていました 痛みも 執着もなく
ただ そこには 真っ白な世界があるだけでした
臨死体験とまではないにしても すぐ隣に 死があって
あれ以降 今でも あの時の感覚は 身体のどこかで おぼえています

そして〈LESSON4〉は 父と母の死でした
二人とも苦しむことなく 家族に看取られての 穏やかな 臨終でした
悲しみは 「ごめんなさい」という言葉と
「ありがとう」という言葉の リフレインでした
私が学んだことは 親が居なくなったので
もう 私は子供ではなくなったということ と
そして 今度は いよいよ 自分達の番だなという事でした

それから 何度か 友人の死などにも立ち会いました
LESSON は 今でも 続いているのです
死は恐怖でした でも 何回も LESSON をうけるたびに
死はみじかなものに なっていきました
私の身体のなかでも 髪の毛が私を離れ
何処かへ散歩に行って そのまま帰ってこなかったり
目が見ずらくなったり 歯が抜けたりといった 加齢に伴う 老いも
ある意味では 死への LESSON でもあるのです
最近では 日常の中に たくさんの 死 が転がっています
多くの死の LESSON を受けながら 残された時間を 輝きながら生きて行く
そして LESSON の成果が試される 本番では
ウキウキしながら にこやかに笑って
『 それではみんな ありがとう 行ってきます 』
といって 死んでいきたい
そんなことを 考えています
安心しましたか
そのために 気分良く死ぬために それまでに 何をすべきかが
私の今の 最大の課題なのです

最後に 決して受けたくない 「死のLESSON」が一つだけあります
それは 君達が 私より先に 死 を経験することです
願わくば 私と 同じような カリキュラム〈LESSON3を除く)で
この LESSON をうけて くれればと 思っています
それが 一番の 親孝行だと 思ってください

朝夕 寒くなります 身体を大事に。
正月は 三人でまた いい酒を飲みましょう。。


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by nonkei7332 | 2014-10-09 11:04 | 日記 | Comments(0)