ブログトップ

《 磯 良 の 海 》

hisamitsu.exblog.jp

磯良の海に想いを寄せて

鍾馗水仙 (しょうきずいせん) の花



b0325317_14193958.jpg


珍しい 黄色の彼岸花が咲いていたからと
友が写真を送ってくれた
念のためにしらべてみると ヒガンバナ科ではあるが
彼岸花ではなかった

【 和名では「鐘馗水仙(しょうきずいせん)」または別名「鐘馗蘭(しょうきらん)」
ヒガンバナ科リコリス(ヒガンバナ)属・耐寒性多年草(夏植え球根)(花9~10月・草丈30~60cmくらい)日本自生(九州、四国~南西諸島)~台湾、中国に分布する 】

花言葉 は 『 悲しい思い出 』

b0325317_14212477.jpg


鍾馗(しょうき)とは、
中国の民間伝承に伝わる道教系の神様です
日本では 疱瘡除けや学業成就に効があるとされ
端午の節句に絵や人形を奉納したりする
また 鍾馗の図像は魔よけの効験があるとされ、旗、屏風、掛け軸として飾ったり、
屋根の上に鍾馗の像を載せたりする。
鍾馗の図像は必ず長い髭を蓄え、中国の官人の衣装を着て剣を持ち、
大きな眼で何かを睨みつけている姿である。


b0325317_14235041.jpg

《 鍾馗伝説 》

ある時、唐の6代皇帝玄宗が瘧(おこり、マラリア)にかかり床に伏せた。
玄宗は高熱のなかで夢を見る。宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわるが、
どこからともなく大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまう。
玄宗が大鬼に正体を尋ねると、

「自分は終南県出身の鍾馗。武徳年間(618年-626年)に
官吏になるため科挙を受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺した。
だが高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、
その恩に報いるためにやってきた」と告げた。

夢から覚めた玄宗は、病気が治っていることに気付く。
感じ入った玄宗は著名な画家の呉道玄に命じ、鍾馗の絵姿を描かせた。
その絵は、玄宗が夢で見たそのままの姿だったという




b0325317_14275157.jpg


赤や白花の彼岸花の最盛期よりも少し遅めに咲き始める「ショウキズイセン」
実は 白花彼岸花は 紅い 彼岸花 と ショウキズイセン を交配してできた 花だといわれている



b0325317_14285066.jpg


そもそも
彼岸花 (曼珠沙華) が中国から伝わったのは 縄文の時代
毒を持つことで有名だが 実は 飢餓の時の 彼岸花の豊富なデンプン目当てで
多くの人が毒を抜いて食べていたというし
今なお 田んぼの端に群生しているのは その 名残だといわれている
〈曼珠沙華〉 を歌う 山口百恵の清純な横顔の奥に
何か 無垢の怖さ を感じていたのは 私だけだろうか
季節がくると どこからともなく
一面 飛び散る 血飛沫 のように咲き始める
彼岸花

神秘 の 花である







by nonkei7332 | 2014-09-24 14:51 | | Comments(0)