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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて

エビス(恵比寿) と クグツ(傀儡子}




大国主命と少彦名命については 前回触れてみましたが

もう一人 どうしても 触れなくてはならない 神様がいました


事代主命 (ことしろぬしのみこと)

〈 別名 恵比寿様 〉



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大黒様




大国主命の子供であって

少彦名命が 常世の国に帰った後を託され

少彦名命の意志を継いだ「託宣の神」といわれた為に

少彦名命=事代主神 のイメージが強い神様です


後世 〈七福神信仰〉の中で「 エビス様 」といわれ

大国主命の「 ダイコク様 」と一緒に 多くの神社の祭神となっています


さて この エビス様 いろんな話がありますが

えびす宮総本社の西宮神社で「十日えびす」を前にした正月五日

人形遣い達の祖神、百太夫神を祭る境内末社

百太夫神社(ひゃくだゆう じんじゃ)で

百太夫神社祭という祭りがおこなわれる といいます


その由来については 西宮市の産所町に 史跡がありました


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〈 傀儡師故跡 〉 

                          
この附近は昔〈産所〉といわれた所で

1690年頃には


40軒程の傀儡師(人形操を業とする者)が住んでいた。 
     

傀儡師(くぐつし) は遠く平安末期に現れ


傀儡師、木偶まわし、人形まわしなどと呼ばれ


諸地方を巡廻興業していたが 室町時代にはいると


その一部がこの産所の地に住みつき


西宮神社の雑役奉仕のかたわら 神社のお札を持って諸国を巡り


お得意の人形を踊らせながらご神徳をひろめた。
    
    
1590年頃には


その人形芸が「えびすかき」又は「えびすまわし」といわれて


全国的に知られるようになり


たびたび京都の宮廷で天覧を受けるまでになった。


さらにその後発展して



淡路の人形屋や文楽人形浄瑠璃芝居へと成長していった。

 
 
しかし1850年頃から


彼らはおいおいこの地からなぜか姿を消してしまった


おそらくは世相の変遷や好みの変化によるものと思われる。

   
   傀儡師らは永らくこの産所の地に住み


祖神を信ずる 百大夫 を崇拝して神社にまつり


守護神としたが


その社は産所の地が1840年頃に衰微するに至った時



すぐ近くの西宮神社の境内に移されて現存している。 

       

   昭和63年3月31日

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傀儡子(人形遣い達)の祖神 百太夫については

平安時代の文人 大江匡房の『 傀儡子記 』には


《 男は馬に乗り弓を持ち、狩猟で生計を立てる。

長剣を持って跳躍し、短剣をもてあそぶ類の者たちである

・・・石を魔術で金銭に変じ、

草木を鳥獣に変え、よく人目を惑わす》


面白いのは 〈石を魔術で金銭に変える〉ということだが

これは 鉄の鋳造技術を持った 鉄の民 であったということであり

そして 〈草木を鳥獣に変えよく人目を惑わす〉とは

からくり人形 を使って 人びとを驚かせたということだろう

また


《 夜は百神を祀りて 鼓を打ち 舞い 喧嘩し

もって福助を祈る》


百神とは 百太夫のことであり

その舞は 傀儡子舞( 細男舞)と呼ばれていることから

傀儡子が祀った神こそ

阿曇磯良 (あづみいそら) にまちがいないようです

傀儡子の魂の在処は、志賀島のようです


少彦名命(海神)の託宣した 事代主命(エビス)を

全国に拡めた 傀儡子(クグツ)

その 傀儡子 が祀る 守護神(祖神)は 安曇磯良(海神) だった

いにしえの魂が繋がったみたいですね (^_^)


次回は からくり人形 について








by nonkei7332 | 2014-09-11 18:55 | 古代史 | Comments(0)