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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて




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博多区 青木 の 地禄神社
(空 sofa そら) さんの ブログより




福岡市近郊の神社を調べていると



しきりと出てくる



同じ名前の神社があります



それは 《地禄神社》と 《埴安神社》です




《地禄神社》は 博多区に 5



〈堅粕〉・〈上牟田〉・〈竹下〉・〈青木〉・〈上月隈〉



南区に 4



〈塩原〉・〈向野〉・〈三宅〉・〈井尻〉



早良区に 〈野芥〉地禄天神社



春日市に 〈春日〉地禄神社



大野城市には 5



〈仲畑〉・〈畑詰〉・〈釜蓋〉・〈瓦田〉・〈白木原〉



太宰府市には 〈大佐野〉地禄神社



大小合わせて 17 地禄神社 鎮座しています




不思議なことに 中央区や博多区の都心部には無く



都市部近郊に散らばっています



各神社とも 創建は不詳となっていますが



古くは 67世紀前後の古社もあるのではと思われます



その頃の 福岡は 今の海岸線ではなく 内海が拡がっていて



おそらく 地禄神社 建っている辺りが 海岸線であったようです



人々の住む海岸線に 同じように祀られた 祭神 とは



『埴安神』(はにやすしん) です




埴(はに)とは「和名類聚鈔」に



『土薫而細密日埴』(つちかおりてさいみつなるをはにという) とあります



埴安神 土の神様 であり



田畑の土壌に宿り 穀物の豊作をもたらす神様なのです





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早良区 西 の 埴安神社
(空 dora そら)さん の ブログより





〈埴安神〉を祀った 《埴安神社》も 福岡には 8 ありました



早良区に 2 〈次郎丸〉・〈西〉



西区 2 〈姪浜〉・〈今宿〉



糸島市の野北・中央区の鳥飼・南区の柏原



筑紫野市の杉塚 にも 鎮座しておられます




甘木朝倉一帯に 無格社や摂社を含め 40社近く鎮座する



〈田神社〉がありますが



この祭神も 埴安神 なのだと 知りました




〈埴安神〉とは



博多の総鎮守 櫛田神社 の主祭神 である



《大幡主神》なのです




福岡 地禄神社 埴安神社が多く鎮座する 理由がここにありました





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百嶋系図 部分



百嶋神社考古学系図 によれば



大幡主 (埴安神)の妹が 〈埴安姫〉となっていることも



これを証明しています




〈土〉といえば 神話に出てくる 山幸彦を竜宮城に連れて行ったのは



塩土翁(しおつちおじ) でしたが



百嶋説は 大幡主神 塩土翁 同一人物だとします



もう一つ 〈土〉といえば



埴輪 (はにわ) の神様といわれたのは 〈野見宿禰〉(のみのすくね)です



土師氏の 祖神 といわれていますが



百嶋説 〈野見宿禰〉を



出雲神話における 天穂日命(アメノホヒ)の子供である



天夷鳥命(あめのひなとり) = 武夷鳥(たけひなどり) だとします



そして 天穂日命(アメノホヒ)は 豊玉彦 と同一人物ですので



これによって 博多の祖神 三代にわたる 系図が出来上がります




大幡主神 = 埴安神 = 地禄神 = 塩土翁 (初代)



豊玉彦 = 天穂日命 = ヤタガラス (二代)



野見宿禰 = 武夷鳥 = 土師祖神 (三代)





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埼玉県久喜市 の 鷲宮神社



後世 大和朝廷より 関東開拓を命じられた 河内の土師氏が



下総の利根川の上流 久喜市辺りで 祖神 である



〈天穂日命〉と 〈武夷鳥〉そして 〈大己貴命〉(大国主命) を祀ったのが



「関東最古の大社」「お酉様の本社」といわれる



『鷲宮神社』(わしみやじんじゃ) です



出雲族の草創に関わる 神々 といわれていますが



私には 博多の主の 神々 に見えてきます





博多の主の神々(大幡主命・豊国主命・大国主命)



神武天皇 から 代々 続く 九州王朝 を支えていたのでした







# by nonkei7332 | 2017-05-19 13:10 | 古代史 | Comments(0)



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牡丹が終わると



待っていたように 芍薬(しゃくやく)の花が咲きます




〈肥後芍薬という 和芍薬 です




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西洋芍薬 と呼ばれる 芍薬です




牡丹 と 芍薬 の違いはですね




牡丹 は 木 です 芍薬 は 草 です







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麦仙翁 (むぎせんのう)




〈別名〉アグロステンマ といいます





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柏葉紫陽花 (かしわばあじさい)




葉が 柏の葉 に似ています





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花いかだ (花筏) といいます




葉の上に花が咲きます そして 葉の上に実がなります




なんとも 不思議な花でしょうか




可愛い実がなっています もうすぐ 黒い実に変わります




〈別名〉嫁の涙 (よめのなみだ)




凄い名前デスね












# by nonkei7332 | 2017-05-16 23:57 | | Comments(0)



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母の日に


子どもたちと いっしょに


フラワーペーパー で カーネーション を作りました





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《 ありがとう 》




ありがとう


今日も 私の上にいてくれて


曇っていても分かるよ


宇宙へと 青くひろがっているのが




ありがとう


今日も 咲いてくれて


明日は散ってしまうかもしれない


でも 匂いも色も もう私の一部




お母さん ありがとう


私を 生んでくれて


口に出すのは照れくさいから


一度っきりしか言わないけれど




でも誰だろう 何だろう


私に私をくれたのは?


限りない世界に向かって私は呟く


ありがとう





谷川俊太郎 『子どもたちの遺言』より









# by nonkei7332 | 2017-05-14 02:44 | 日記 | Comments(0)



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六日のあやめ 』という があります


ここでいう 六日というのは


56 今日のことです


時機に遅れて役に立たないこと 》をいいます


55日の 端牛の節供 用いる菖蒲(あやめ)は


六日では もう 間に合わないという意味です




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端午の節供 〈菖蒲の節供〉ともいいます


菖蒲 厄祓い に使うのです


この国では 季節の変わり目に 五節供 』といって


厄祓いの行事をおこなってきました




人日(じんじつ) : 17 七草の節供



上巳(じょうし) : 33 桃の節句



端午(たんご) : 55 菖蒲の節供



七夕(たなばた) : 77 笹の節供



重陽(ちょうよう) : 99 菊の節供





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端午の節供


男の子の祭りという イメージが定着していますが


じつは 古代では 女の子の祭りだったのです


あまり知られていませんね



田植え月である 5月になると 「五月忌み」という行事をしていました


田植えは 早乙女(若い清らかな女性)がするものとされ


田植えの前に 一定の日々で 心身を清める 「物忌み」をしていました


蓬(よもぎ)や菖蒲で屋根を葺いた小屋に一晩籠って 穢れを祓ったのです



その後、武士の時代になると


「菖蒲」が 武を尚(たっとぶ)「尚武」や「勝負」に通じることから


いつの間にか


男の子のおまつりに変わってしまったのでした





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菖蒲の花をみていると やはり この花は 女の子の イメージです


「六日のあやめ」の 主人公は 女の子なのです


そんな 若い女の子の 不安な想いを


さだまさし 名曲 六日のあやめ 』で 詠いました





子供の頃から 遅れて咲いていた


六日のあやめと 笑われて泣いた


遅れまいとしたら 転んで怪我をした


十日の菊と あきらめて泣いた




やっと大人になったのに


変らないのが悲しくて


そうつぶやいたらあなたは


遠くを見ながら笑った




遅れて咲いても 花は花


実らなくっても 恋は恋


叶わなくっても 夢は夢


届かなくっても 愛は愛


ほら 一番星みつけた




子供の頃から 年寄りっ子だった


三文安いと 笑われて怒った


怒るまいとしたら 涙がこぼれた


母だけが笑った 明日天気になあれ




こんな私でもいいですか


変らないけどいいですか


そうつぶやいたらあなたは


また遠くを見ながら笑った




雲にかくれても 月は月


飛べなくっても 鳥は鳥


どこへ流れても 水は水


変らなくっても 君は君


ほら 一番星





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# by nonkei7332 | 2017-05-06 13:10 | 日記 | Comments(0)


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御島神社鳥居 と 立花山




御島 とは 神がいた 神の島でした



〈香椎潟〉と呼ばれる 海岸線があって



万葉集に 三首 詠われています




いざ子ども 香椎の潟に 白袴の袖さへ濡れて 朝菜摘みてむ


6956 大伴旅人(おおとものたびと)




時津風 吹くべくなりぬ 香椎潟 干の浦に玉藻刈りてな


6957 小野 老(おののおゆ)




行き帰り 常に我が見し香椎潟 明日ゆ後には 見むよしもなし


6958 宇努 男人(うぬのおひと)





太宰府の官人達は



香椎宮に詣る ことが 日常であったみたいです



その帰りに 香椎の浜まで来て



遊んだ思い出を詠んだ歌なのでしょう





その 香椎潟 御島 がありました



今は 島の姿はなく そこに鎮座していたであろう



神社の 鳥居 海の中に ぽつんと立っています



その 神社とは 〈御島神社〉です 香椎宮の末社 です



祭神は 綿津見神 です




この神社の由緒が 『八幡本記』には こう書かれています




香椎宮の西、浜男と云ふ所の浜、是即ち橿日浦なり。



ここより八、九町ばかり沖に大岩あり。是を御島と云ふ。



則ち、皇后のいたり給ひて、御髪をすすがせ給ひし処なり。



岩島にて其の上に御島神社の社あり。」




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御島グリーンベイウオーク 全景




香椎潟は 埋め立てや 都市開発で 綺麗になりました



今や 私の お気に入りの ウォーキングコース なのです



最近 名前がつきました 御島グリーンベイウォーク



新緑の 立花連山 眺めながら 2900M のコース






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〈香椎浜北公園〉をスタートして 〈片男佐橋〉を渡り



〈香椎海岸遊歩道〉を歩きます






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海上の人道橋と日本最大級を誇る 〈あいたか橋〉を渡ると



〈アイランドシティ外周緑地〉最後に



〈御島かたらい橋〉を渡ってゴールです




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海岸の欄干に シロツメクサ 作った



髪飾りが掛けてありました




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神功皇后は ここで 髪を洗い 髪を結い上げて



男の髪型にしたという



伝説が残っています 三韓征伐の出発地なのです



女から 男に変わった場所なのです



頭に飾ってあった かずらを外して ここに 掛けたのでしょうか





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今日は 子供の日



戦さなどない



いつまでも 平和な国であって欲しいですね







# by nonkei7332 | 2017-05-06 11:20 | 日記 | Comments(0)