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《 磯 良 の 海 》

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磯良の海に想いを寄せて



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狛 魚




どこの神社でも よく 見られるのが 狛犬 (こまいぬ) です



入り口 辺りに 一対 置かれています



獅子 狛犬 だけではなく 神仏の 守護獣 として



多くの 動物 その役目を果たしています



一般には「神使」といわれています



神の使いですから そこの 祭神と



何らかの縁のある 動物が置かれているわけです



有名なのが 稲荷神社の 〈狐〉であったり



弁財天 〈蛇〉であったり 毘沙門天 〈虎〉だったりします



さて 名島神社 には 全国でも 珍しい



》が あります



ギョ ギョ ギョ~ 初めて見た人は そう云います





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シーラカンス




生きた化石といわれる 深海魚



シーラカンス (coelacanth) によく見ると 似ていますよね



対馬の琴崎にある 胡禄神社の伝承に 海神の姿を



金鱗の蛇 》だという話が残っています



もともと 名島神社は 明治になるまでは 名島弁財天 として



世間に認知されていたわけですから も絡んで 当然です



狛魚 = シーラカンス = 金鱗の蛇 = 海神



名島神社の謎解き こんなところにもありました





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名島神社 の 千木





ところで 名島神社の 祭神はと いえば



宗像三女神 田心姫 ・湍津姫 ・市杵島姫 ) です



ところが 神殿の千木 をみると 男千木 です



もうひとつの



この神社の古祭神 女神ではなく 男神 かもしれません



このパターン いくつか見て来ました



宗像大社 呼子の 田島神社 もそうでした



そこに 隠れて 鎮座する 古祭神 大国主命 でした




神殿の裏に鎮座する 摂社 を見てみると





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妙見宮 (天之御中主神)




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大黒天社 (大国主神)




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恵比須社 (事代主神)




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百嶋系図 より 主の神々




主の神 (ぬしのかみ) の勢揃い ですね



とすると 古祭神は



〈大幡主 = 大若子〉もしくは 〈豊国主 = 小若子 = 豊玉彦) となります



海神といえば 安曇磯良 を思いますが



磯良 もっと 後世の 海人族の主だと考えています



ここでは 豊玉姫の父 豊玉彦 》が 名島神社の 古祭神なのでしょう





名島神社 そうですが 北九州には



神功皇后の伝承 が多く残されています



日本書紀 異様なほど 神功皇后紀 多くの紙面を割かれています



そこには 九州王朝 (神武・懿徳・孝霊・孝元・開化・仁徳)



存在を隠そうとする 畿内王朝の意図を感じます



私的な考えですが 神功皇后の三韓征伐は 作り話だと思っています



『三国史記』にも 史実として 幾たびかの



倭国の新羅への侵攻の記事が書かれていますが



とりわけ 斉明天皇(女帝) 新羅侵攻



だぶらせて 描かれたのではないかと 私は思っています





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本殿四角 の 四神
東 の 青龍


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南 の 朱雀





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西 の 白虎





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北 の 玄武









豊玉彦 別称 八咫烏 (やたがらす) です



同じ 鳥でも カモメ カモメ



海神神社 の中を カモメ達は 自由に 走り回っていました







# by nonkei7332 | 2017-04-26 20:48 | 古代史 | Comments(0)


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名島神社から見える 博多湾





カモメ達が 登っていった後から



最後に 神社の階段を登りました



途中 左手に下り曲輪〉と呼ばれる 土俵のある 広場から



遠くに 志賀島が見える 見晴らしのいい場所があります



そこから 見える海が



〈 磯良の海 〉です



そう 名づけたのは 私 です



今では 100年公園 カモメ大橋 にさえぎられて



能古島 志賀島 隠れてしまいますが



ほんの 50年前迄 は



島影 の美しい 景観だったのでしょう




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博多湾屏風図






博多八景 〉という 博多の町の 景勝地がありました



近江八景 金沢八景 というのは 有名ですので



博多八景 なんて 二番煎じゃないの と思われるかもしれませんが



実は 中国北宋時代 元祖八景〈瀟湘八景〉に影響を受けた



日本での 最初の八景は 博多八景 》だったのです



初代八景は 中世 鎌倉末期



聖福寺の僧 〈鉄庵道生〉(てつあんどうしょう)



八つの景観に合わせて 漢詩を作ったのが 初代です





香椎暮雪(かしいぼせつ)


箱崎蚕市(はこざきさんし)


長橋春潮(ながはししゅんちょう)


荘浜泛月(しょうはまはんげつ)


志賀独釣(しかどくちょう)


浦山秋晩(うらやましゅうばん)


一崎松行(いっさきしょうこう)


野古帰帆(のこきはん)





その後 近世 江戸時代 に書かれた『石城志』(せきじょうし)という



博多紹介本には また 違った 八景が 書かれています





濡衣夜雨(ぬれぎぬやう)


箱崎晴嵐(はこざきせいらん)


若杉秋月(わかすぎしゅうげつ)


奈多落雁(なたらくがん)


博多帰帆(はかたきはん)


横岳晩鐘(よこたけばんしょう)


竃山暮雪(かまどやまぼせつ)


名島夕照(なしませきしょう)






余程の 博多通でないと 場所が 特定できませんね



この中で 名島夕照 があります



名島海岸から 見える



島影に沈む 夕陽 朱く染まる海が



絶景だとされたのでしょう






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名島海岸から 落ちていく夕陽を 写していました




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夕陽に 飛び込んできた カモメです



カモメ大橋 から写した



お気に入りの 一枚 です




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カモメ達は



拝殿横の 手水舎 囲んで 清めの作法 を習っていました



飲んじゃダメ ! 口をゆすぐだけ ‼︎



キョトン とした 男の子が 私に云いました



どうして 飲んじゃ ダメなの







# by nonkei7332 | 2017-04-26 06:45 | 古代史 | Comments(0)



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名島神社 二の鳥居




名島海岸 を通り過ぎると



名島神社の入り口 に出ます 二の鳥居です



珍しい 両部鳥居です



道路をはさんで 海岸には 一の鳥居が あります



海岸下手 小さな祠があります




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名島神社 古宮





何も知らない 一人の子が その前で手を合わせていると



ぞろぞろと 後から来たカモメ達が



同じように 手を合わせていきます



何とも 不思議な光景を 私は 見入っていました



祠には 何も書かれていませんが



実は ここは 名島神社の 古宮〉 です




古代より この神社は



島(名島は島だった) の頂上に鎮座していましたが



中世 豊前大友氏の庶流



立花家7代の 立花鑑載(たちばなあきとし)が



立花城の出城として 築いたのが 城の始まりで



その後 秀吉が 筑前を 小早川隆景 に与えると 隆景は



名島城を 改修して 居城に仕上げます




その際 頂上の社を 海岸下手に移動させたのが



この祠の場所だったようです




黒田長政が 名島城を廃城にすると




現在の位置に 社殿は移され 古宮は



昔の面影として 小さな祠が残っているだけになっているのです





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庚申塚




二の鳥居の横には 大小数体の 石碑が建っています



石碑というより これらは 〈庚申塚〉です



庚申塔 とも呼ばれる これらの 石塔は



福岡の町のあちらこちらでも 見られます



庚申信仰 の始まりは 古く 奈良時代だと言われています



その後 平安貴族や 武士階級にも拡がり



猿田彦 地域を護る 塞の神 田の神 地蔵尊とも習合した



道祖神信仰として 民間にも 拡がり



江戸から明治にかけて 大流行します




庚申信仰は 中国の道教が起源です



人の体には 〈三尸の虫〉(さんしのむし) という虫が



生まれた時から 誰にでも 住みついていて



60日に一度 庚申の日の夜 人が眠っている間に



天に昇って 人が行なった 悪事を報告しに行くといいます



それによって人の寿命が短くなったり 死んで地獄に落ちたりするので



だったら その夜は 寝ないで過ごそうというのが



〈庚申待ち〉といわれる 行事です 近所で集まって



朝まで呑み明かすという 行事が 全国的に流行したそうです



庚申待ち 3年続けると その記念に 石碑を建てたといいますから



江戸時代には 町中 庚申塚 だらけになったそうです



明治になって 廃仏毀釈にともない 庚申信仰は迷信だとされ



政府は 多くの 石塔を壊します



それ以来 庚申信仰は急速に衰えてしまいました



まだ 未だ 地域によっては 多く 残っている所も あるようですが



町の景観の変化に いつかは 無くなっていくのでしょうか





名島神社脇の 庚申塚 には



「庚申大福神」「青面金剛」と書かれています



〈青面金剛〉は 仏教系の庚申塔の性格が強いとされる



三尸の虫を抑える 神様です





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神社の階段を


若葉が薫る 木洩れ陽の中を


カモメ達は 翔ぶように 登っていきます


危ないぞ 走るな~‼︎


私の声は 全く 無視されていました









# by nonkei7332 | 2017-04-24 21:20 | 古代史 | Comments(0)


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毎月 2回 土曜日になると



地域の カモメ(子供)達が 〈カモメの城〉(公民館) に集まってきます



私達(ボランティアスタッフ) 支援団体からいただいた



食材で カモメ達の昼食の準備に取りかかります



今回の 献立は 〈ちゃんぽん〉 〈おにぎり〉



私の役目は いただいた りんご の皮むきです



午前中 公民館の講堂で カモメ達は 自由に遊んでいます



卓球をしたり カードで遊んだり ケンカをしたり 大騒ぎです



昼になると 一転 静かに ランチタイム です



食事が終わると 前回カモメ達と 約束させられていた



近くの公園まで ハイキング です



行く先は 近くの名島城址公園です



総勢21 私一人では とても 引率できないので



お母さんスタッフ2人も 手伝ってくれました





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名島海岸 から 湾岸倉庫街を望む

奥が 背振山系




名島海岸に つきます



白砂の海岸です 開発されるまでは




妙見島という島があって



島に伸びる 砂州が 名島海岸になって残っています



この〈妙見島〉今は陸化して 島の面影はありませんが



いろんな 伝承が残っています





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博多近隣古図 (1812年)

妙見島 弁財天 名島城址




「筑前国続風土記」には 神功皇后 三韓征伐 に出発したのが



黒津(名島)だと言われていて その突端にある 妙見島は



船具や武器が収められていた 倉庫だったと 書かれています



中世 博多の豪商 神屋宗湛 が書いた 「宗湛日記」には



秀吉が 博多に来た時には この島で 茶会が催され



名島城主の 小早川隆景 この島で 度々 茶会を行なったと記され



この海岸でも 何度となく 酒宴も行われていたと書かれています



島跡には 今でも 井戸跡が 残っています





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名跡地 太閤秀吉公茶遊井戸跡

右側が 井戸跡です



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昭和31年 名島付近の航空写真



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昭和34年の妙見島の写真




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現在の鳥居跡




古い写真には 建物の横には 鳥居がみえます



今でも その辺りには 注連縄がはられています



かつては この島には 妙見神 が祀られた 社殿 があって



島自体が 聖地 だったのでは ないかと思えます



〈妙見神〉といえば 北極星と北斗七星の御神霊です



宇宙の中心であり 全ての方位や 人間の運命を左右する



根源の神だといわれています



そして この神は



天之御中主命 同一神 だと 言われています



天之御中主命 主の神 白族の女神 菊理姫



博多の主の神 大幡主命 祖母に当たる 天之御中主命



ここで 子孫の 海神達を見護っていたのではないでしょうか





白砂は 多くを語ってくれます



裸足になったらダメだぞ



私の言うことなど 全く無視して 靴を脱いだ女の子が



嬉しそうな顔をして 叫んでいます



だって こんなに気持ちいいんだよ








# by nonkei7332 | 2017-04-24 13:39 | 古代史 | Comments(0)



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卯の花




桜が終わると それが合図のように



四月の中頃から



多くの花々 一斉に 花をつけ始めます



その筆頭が 卯月(4月) の名前にもなった



卯の花 でしょう



万葉集では ほととぎすと合わせた 歌が 21 あります





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つつじ



つつじ(躑躅) もこの頃から 咲き始めます






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白藤



藤棚では 白や紫の 藤の花 も もうすぐ 満開です







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春牡丹



先週の 筥崎花庭園 では 春牡丹 見頃でした







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木香薔薇 (モッコウバラ) です






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名前を調べ中の花です


(わかる人教えてください)







# by nonkei7332 | 2017-04-20 14:28 | | Comments(0)